福井県ってどんなとこ?(1)|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第60回

ウィズ・コロナ

 一抹の安全圏に入ったといえるコロナ禍。蜜を避け、マスクや手消毒を欠かさずの生活を続けつつも気分転換をしようと3泊4日の旅を友達と計画した。何処にする?そうだ福井県なんかどうだろう。昔高校の修学旅行で行った東尋坊と永平寺は福井県だっけ。でもそれと原発が多いこと以外ほとんど知らない。小浜に行ってみたいという彼女の希望をベースに東京を出発し、敦賀から県入りすることになった。待っていたのは青空と共演する日本海―旅の始まりだ。

悠久の美―三方五湖(みかたごこ)

395mのソファから眺める五湖と日本海
395mのソファから眺める五湖と日本海

 レンタカーのナビを頼りに日本海に突き出るレインボーライン山頂公園へ。五つの湖が見えて、頭に〝みかた〟と名前がつく二つの町にまたがっている場所なので三方五湖という。日本遺産、ラムサール指定湿地に指定され、梅丈岳(395メートル)からの眺めは水の〝ぐるり〟絶景だ。

 2020年に「三方五湖に浮かぶ天空のテラス」としてリニューアルされ、ゴンドラの終点にはトイレや茶屋、足湯、花園、散策スペースがあり、ゆったりとしたソファも。陽が落ちるまでずっと座って自然に溶け込みたい、そんなところだ。五湖と共に360度の視界に入る日本海を眺めながらアイスクリームを舐める時間は至福の時そのもの。やっと腰を上げ、旅程をこなすため山を下り海岸沿いに一路小浜へ。

「海のある奈良」小浜(おばま)市

 大きな鳥居をくぐって小浜市に入る。夏なら水泳客で賑わいそうな小浜ビーチの前に私たちのホテルはあった。温泉館のロビーにはオバマ大統領の絵が飾ってあったが名前は書いてない。あと10年後、この絵をみた若者は誰の顔だかわかるだろうか、とそんなことをふっと思ってみたりする。夕食は外食を予定していたがどこも想定外の水曜定休。人づてにポツンと光る小さな居酒屋を発見。カウンターには地元の職人風の人たちがテレビを見ながら食べていた。テーブル席に座った私たちは渡されたメニューよりも壁にペタペタと貼ってある手書きの一品料理に惹かれる。私の注文したアジフライの美味しかったこと、東京のそれは一体なんなのだろうと思わせるほどプリプリして口の中でフワッと広がった。形も違う。友人も安くておいしいサバ刺に舌鼓をうち、やっとありついた安堵感を隠せない。食後は夜の砂浜を小浜港まで往復した。おぼろ月と街明かりで色彩豊な小浜湾の優しい海模様が〝よく来たね〟と歓迎しているようだった。

日本海、小浜湾の静かな暮れ
日本海、小浜湾の静かな暮れ

 歴史を辿れば小浜地域は奈良時代、全国に点在する〝御食国〟(みけつくに:朝廷へ献上する食物の産地)の一つだったといわれ、ことにサバは重宝された。有名な「鯖街道」ができた所以でもある。文化も栄え花街が生まれ、人口あたりの神社仏閣数は日本一。「海のある奈良」もうなずける。

 織田信長の姪に当たるお初の菩提寺、常高寺もここにある。参道をJR小浜線が横切る不思議な佇まいだが小高い寺の入口からは線路越しに小浜の街並みが見える。

身代わり猿を飾る三丁の千本格子の建物
身代わり猿を飾る三丁の千本格子の建物

 有名な「三丁町」の昔の家々は紅殻格子、千本格子の木造建物に代表され、黒格子に真っ赤な身代わり猿の人形が映えている。時代劇のロケ地かと思うほどレトロ感たっぷり。木工職場の明かりに惹かれて覗いてみた。二百年前の格子を新しいものに作り替えているところだ、と話してくれた高齢の職人さん。次回来たらレンタサイクルでゆっくり巡り、昔と今をうまく生きている小浜の人々にもっと触れてみたい。

2百年前の格子を作り替えている職人さん
2百年前の格子を作り替えている職人さん

福井の養浩館庭園

数寄屋造りの座敷から池を楽しむ
数寄屋造りの座敷から池を楽しむ

 レンタカーを小浜駅で乗り捨て、小浜線と北陸本線に乗り福井駅へ出る。養浩館は駅から近い。かつて福井藩松平家の別荘だった御泉水屋敷(おせんすいやしき)を復元したもので数寄屋造りや全方向から池を見渡せる回遊式林泉庭園で知られ、建物が池に浮かぶ感じにできているのが養浩館庭園だ。コロナが収束していれば、ここでお茶を立てていただくこともできる。福井市民の憩いの場として公開されているが私たちもしばし街の騒音を離れ、池の鯉と戯れながら静かな憩いの時を過ごした。

回遊式林泉庭園作りの松平家旧別荘地
回遊式林泉庭園作りの松平家旧別荘地