育児の大変さやチャイルドケアの課題について訴えるアカペラミュージカル「Universal Child Care」(制作:Quote Unquote Collective)が2月、トロントの劇場でワールドプレミア公演を行った。アメリカ、イギリス、カナダ、そして日本の4カ国における厳しいリアルな現状を伝えるミュージカルに、日本人役として出演したのはコンテンポラリーダンサーとして活躍する瀬川貴子さん。踊りだけではなく、英語のセリフや歌で観客を魅了した。
今回がミュージカル初挑戦だったという瀬川さんに、チャレンジを経て感じたこと、そして日本とカナダのアートシーンの違いなどについて語ってもらった。
未経験からのキャスティング
―2週間の公演お疲れ様でした。今のお気持ちを聞かせください。
とてもホッとしている反面、キャストのみんなに会えなくなった寂しさと、毎晩琴線に触れる作品を演じていたので公演が終わってその感情が味わえないのも悲しい気分ではあります。
オープニングから観客の反応も良く、The Globe and Mailのエディターズピックにも選ばれましたし、作品を通して社会にチャイルドケアに関する問題の種をまくことができたのかなと感じました。今後この作品のツアーもバンクーバーやアメリカなどで決まっているようなので、自分が今まで積み重ねて作り上げてきたキャラクターと技術を損なわないようにしないと、と思っています。
―社会問題をテーマにする劇は珍しいですよね。今回ミュージカルを拝見して、4カ国の現状は大変興味深くて考えさせられました。もともとコンテンポラリーダンサーである瀬川さんですが、どういう経緯でミュージカルへの参加が決まったのですか?
ミュージカルは初めてで、チャレンジでした。一昨年の夏にこのミュージカルのオーディションを受けた友人から連絡があって、「アジア人で踊って歌える人を探しているみたいだから、貴子もやるべきだよ」と言われました。普通のミュージカルとは違うと聞いていたし、当時すごく忙しかったのでかなり迷いました。でもおもしろいかなと思って挑戦してみることにしたんです。
パンデミックの時期だったので全部オンライン審査でしたが、英語の歌をアカペラで歌って録音して送ったら合格して、その後セリフテストもありましたがそれも合格してキャストに選ばれました。
―未経験でも合格するなんて素晴らしいです。
合格したことには驚きましたね。歌の経験がないから「音をCでちょうだい」と言われても、Cってどの音ですか?というレベルです。本当にそこから始めたので、練習は大変だし最初はどうしようかと思いました。
コメディ風に育児の問題伝える
―瀬川さん演じる「ユウコ」は、シングルマザーになりたいけれどもなれないという役柄でしたね。日本語で実情を訴えるシーンがとても印象的でした。
もともとダンサーを目指していて、結婚して子どもができたのでダンサーを辞めた女性の役です。夫と別れたいけれども、保育園などの問題で離婚できずシングルマザーになることができないので支援金がもらえない。働きたいけどデイケアを利用できないという日本ならではの問題を伝えました。
日本語のシーンは実際に日本人女性をインタビューした時の音声を使っていて、それに私がリップシンクしています。
―2階建ての4つのボックスが用意されていて、1つのボックスの中で4カ国それぞれ男女カップルとゲイカップルのシチュエーションを通して見せるのがおもしろかったです。
今回4つの国のチャイルドケアシステムをテーマにした理由は、この4カ国が世界の中でも手頃な費用で育児ができない、むしろ最悪だと言われていて、それについて叫び声のような訴えかけをしようというところから始まっています。暗い作品のように聞こえるかもしれませんが、実際はコメディタッチの作品です。
―コメディショーのようにメキシコ人のMCが笑いを誘いつつ、キャスト8人でパワフルなアカペラと踊りで育児の大変さ、男女不平等について訴えかける内容はとても心に響きました。
出産費用の高さや男女不平等の現状など、各国順番にストーリーテリングしていく作品として良いものに仕上がったと思っています。
アカペラとリズムに苦戦
―初めてのミュージカルということで、かなり苦労もされたのでは?
ライブコンサートとミュージカルが融合したような作品でとてもおもしろいのですが、全部アカペラなので苦労しましたね。基本的に全部ハモリがあったんですが、どのタイミングで音を出せばいいのか難しくて自分の音も拾いにくいし、いきなりハモってと言われても音が間違っている可能性があるし、とても苦労しました。振り付けを自分のコーラスに合わせることにも苦労しましたね。コンテンポラリーダンスはリズムよりも感覚で踊ることが多いので、カウントがあって、しかも一定のリズムではないアカペラに合わせるのは難しい課題でした。
一方で、オペラシンガーやミュージカル経験の長い人などそれぞれ背景が違うキャストの集まりだったので、作品を作る上でそれぞれ自分が光るものを提案していくことができたのはとてもおもしろかったです。私はダンサーなので、もちろん踊りの面で提供できることがありました。キャストが意見を交換できる環境が許されていたのは楽しかったですね。
―今までにない環境だったということでしょうか。
今までにない平等性を感じましたし、これがカナダだなと感じました。ここ5、6年のカナダのアートシーンは、LGBTQや個性を活かして尊敬しながら一緒に働くことに力を入れていると感じています。だから言葉には気をつけないといけないし、「She/He/They」のような人称にも気を遣います。また、私のように英語が第二言語の人もいるので、そこも頭に入れて会話をしてくれるなど環境的にオープンになっていると思います。
―日本とカナダの違いも感じますか?
全然違うと感じますね。日本も多様性を受け入れているようで、まだまだなところが多いと思います。
劇中で「これ、決まりですから」という市役所の担当者の言葉が出てきます。その言葉以外に何も出て来ずにそれで話が終わってしまう。「決まりだからじゃなくて、理由を教えてください」と言っても、「すみません、決まりですから」とロボットのように繰り返すだけです。
そういうものが日本にはまだ残っている感じがしますし、日本のアートシーンにもそういった空気があるように感じます。
挑戦し続けることは私らしさ
―今後の目標は何ですか?
挑戦し続けることが私には合っていると感じているので、今後声がかかった仕事には一生懸命取り組み成果を残していきたいと思っています。
9月には今回と違ったダンスシアター公演がトロントである予定です。日本の昔話と西洋の童話をおもしろおかしく描いた作品で、大阪の劇団とカナダのダンスシアター劇団が共同制作したものです。ぜひいろんな方に見ていただきたいです。
―これから新しいことに挑戦しようとしている人へメッセージはありますか?
カナダはとても住みやすく、特に大きい都市では多様な文化への理解も深いです。移民を目指す方には、特に計画的に学校入学や自分のできる仕事への挑戦をし、働くことができたらその後比較的移民がしやすい国だと思います。私のようにアーティストというレアなカテゴリーでも可能性があったのはミラクルですが、カナダはそのミラクルを新たな道として受け入れてくれるような国だと感じています。みなさんにも自分の夢を諦めずに突き進んでいってもらいたいです。
瀬川 貴子(セガワ タカコ)
日本体育大学を卒業後、1998年にロンドンコンテンポラリーダンススクールへ渡英留学。卒業後はロンドン、イタリア、ギリシャなどのダンスカンパニーやダンスプロジェクトで長年活躍。ギリシャで出会ったカナダ人振付師に誘われ、トロントで4ヶ月ダンスプロジェクトに参加。2014年にカナダ永住権を取得し、現在はオタワ在住。2020年、オタワで高知県よさこいアンバサダー絆国際チームのオタワ支部を設立。また、カナダ政府から芸術助成金を受けて自分の作品を手掛けるなど活動の幅を広げている。2024年「Universal Child Care」でミュージカル初出演。