『バドライト』の 不買運動、 世の中は振り子|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第60回

『バドライト』の 不買運動、 世の中は振り子|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第60回

先日、トロントの夏の風物詩とも言えるPRIDEパレードが開催され、今年も大盛況のうちにPRIDEウィークが終幕しました。自分の感覚では、LGBTQ+の人たちが訴える諸々の権利は、基本的人権として当たり前に認められるべきであり、ついでに言えば、日本で論争を起こしている選択的夫婦別姓に関しても当然の権利として認められるべきであり、かといってリベラルかと言うと、そもそも他人の価値観に口をはさむような野暮なことはせず、各々自由に生きようぜ、というような楽観的な人生観で生きています。

「バドライト」が広告にトランスジェンダーのインフルエンサー、ディラン・マルバニーさんを起用

しかし、世の中にはそんな考え方とは全く相容れない考えを持っている人たちも大勢います。

トロントでのPRIDEの盛況ぶりに反して、先月、アメリカではこんなニュースが報じられました。それは、ビール業界世界最大手のアンハイザー・ブッシュ社が販売する「バドライト」が、アメリカでの売上トップの座を奪われたというニュースです。「バドライト」は、多様性と共に歩むというメッセージをこめて、広告にトランスジェンダーのインフルエンサー、ディラン・マルバニーさんを起用したところ、それに大きな不快感をしめした保守派の消費者が不買運動を展開し、過去数週間「バドライト」の売り上げは毎週、前年比25%前後の落ち込みを記録していました。そしてこの度、ついに売り上げ首位の座をメキシカンビールに明け渡したということです。

同社は、保守派からのボイコットだけではなく、保守派に対して毅然とした態度をしめさなかった、とLGBTQ+サイドからも批判を受けています。若年層を取り込もうとするレガシー企業が取った、今どきの多様性に乗っかったPR活動は、それに保守層の既存客の反発と企業側のもやっとした対応が数字として表れた結果になりました。経営者の端くれとして、全方位のマスを相手に商売をしなくてはならない大企業の立ち位置の難しさを感じます。

社会的平等と権利の拡大に見る反発とうねり

それにしても、今回の件しかりアメリカでの妊娠中絶の問題しかり、リベラルな考え方が東西の都市部で広がっていきその存在や声が大きくなる一方で、内陸部での保守層の反発も同様に大きくなっているようです。アメリカだけでなく、世界中で多様性の意義が叫ばれ、LGBTQ+のみならず、あらゆるマイノリティの権利や人権を守る動きが出てきたり、今まで世の中に表面化してこなかった問題が、テクノロジーや社会の進歩とともに明るみになりやすくなったと感じる一方で、前述のような反発もまた大きなうねりとなりやすくなっているのでしょう。

世の中とは振り子のようなもので、一方に大きく振れれば、それだけ大きな揺り戻しがあるものなので、当然と言えばそうなのかもしれませんがその振れ幅の大きさがいわゆる「分断」だとすると、何においても世界は変わったと実感する一方で、常に反対のエネルギーが溜まっていくのだと認識しなければいけないのかもしれません。

実際、アメリカ最大規模の人権団体「HRC(ヒューマン・ライツ・キャンペーン)」は先月、1980年の設立以来はじめて、非常事態宣言を発表しました。これは2023年になって、保守層の支持が強い州の議会を中心に、各地で525を超えるいわゆる反LGBTQ法案が提出され、そのうち75以上の法案が成立したことを受けての対応ですが、この可決された法案は数で言うとすでに昨年の倍以上になっています。

もちろん、LGBTQ+差別を法律で禁止する州も多く存在し、また多くの企業が、「HRC」が展開する「反LGBTQ州法案に反対するビジネス声明」に署名しています。誰もが生きやすく、自由と権利が保障される社会を次世代に引き継げるのか、僕たちはいま、そんな時代を生きていると強く感じます。