『世界一のレストラン』が閉店する理由|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第56回

『世界一のレストラン』が閉店する理由|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第56回

この仕事は持続不可能である

今年のはじめ、デンマークにある世界一とうたわれたレストラン「Noma」が、2024年をもって閉店するというニュースが報じられ、飲食業界を震撼させました。創業者の一人であり、あらゆる名声と栄誉を手にしたシェフのレネ・レゼピは、コスト的にも精神的にも、経営者としてもひとりの人間としても限界だったと閉店の理由を語り、「この仕事は持続不可能である」と業界の本質的な問題をも指摘しています。

また、諸々のいかんともし難い理由が絡みあった結果であることは想像にたやすいものの、「週4勤務で、従業員が不安や恐れを感じることなく、クリエイティブな力を発揮できるレストラン」という明確な理想をかかげ、しかし、「問題は、その理想を実現しながら、従業員が家族を養い、車と郊外の家を買えるだけの給料をどうやって払うかということ」と、シンプルがゆえに困難な課題をレゼピはあげています。

飲食業界に長く身をおくものとしては、薄々気づいていた構造の問題を、はっきりと俎上にのせてくれたという感謝にも似た複雑な気持ちを抱くものの、やはりその問題の深さを思うと、沈んだ気持ちにのまれそうになる感覚も否めません。

テクノロジーの進歩によって週15時間労働は可能か否か論

ここで問題解決の糸口を得るために100年前に時を戻してみます。それは、経済学者のケインズが語った、20世紀末までに、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されるだろう、という予測です。

言うまでもなく、彼の予測は現実のものとはなっていません。それは、消費が大幅に上昇した、つまり、労働時間を減らすか、娯楽を増やすかという岐路に立った時、人々は常に後者を選んできたという理由が挙げられてきました。

しかし近年、デヴィッド・グレーバーは、たしかに仕事は増えたのだが、寿司やiPhone、おしゃれなスニーカーの生産や流通にかかわる仕事はわずかで、書類を埋めるだけというような、価値の創出とはほど遠いクソ仕事が膨大になったのでは、という論を展開しました。そして、週15時間労働はテクノロジーの進歩という観点からすれば、十分に達成可能であると明言しています。

これは、テクノロジーの活用と、価値の創出に重きをおいた筋肉質な組織体制においては、週15時間労働は達成しうるかもしれないという示唆です。

飲食業界に必要な改善と変革

飲食業界において、週15時間労働はビジネスモデル的に難しいものの、この示唆は、冒頭にあげたレゼピの課題解決のヒントになりえます。それは、テクノロジーの更なる活用と、価値創出のためのリソースの集約ということになりますが、食材を調理して付加価値をつけて売るという古典的なビジネスだけに、幸いまだまだ業務改善の余地が残されているのは明白です。

テクノロジーの活用という点においては、サプライチェーンを含めた業界全体の変革が必要なのでもう少し時間が必要です。また、リソースの集約という点では、マネージメントやマーケティング、経営のスリム化と現場への統合、といった打ち手が残されています。どちらにしても、感覚的にはここ5年くらいが勝負ではと踏んでいます。

それともう一つ。レゼピの言う、車と郊外の家と家族、というステレオタイプの幸福観が果たして現代的な幸福観に見合っているのかという問題です。彼の発言を否定する気は全くありませんが、もはやマイホーム、マイカーで家族と幸福を築くという昭和の価値観こそを見直し、より主体的に、消費に依らない幸福の築き方を模索するタイミングなのかもしれません。