交渉力|バンクーバー在住の人気ブロガー岡本裕明

交渉力|バンクーバー在住の人気ブロガー岡本裕明

 日本で仕事をしていた時は交渉という言葉が仕事のシーンに出てきた記憶があまりなかったが当地に来て交渉を通じたビジネスバトルを日夜繰り返えす世界に放り込まれた。慣れるまでには時間がかかった。今では自ら相手に交渉を吹っ掛け、条件を改変するなどディール好きになってしまったのだが、これも北米の仕事環境だからだろう。交渉力について考えてみよう。

一生の宝となる言葉

 私は今、バンクーバー近郊の不動産開発事業のリゾーニング(土地用途変更)プロセスの最終段階にいる。これが終わると建築許可申請をしてその後、工事着工となる。私の本業は不動産開発業なので生業なのだが、今回の業務はかつてと違い、弁護士やコンサルをほとんど使わず、自分が先頭に立ってやっている点で大きく違っている。

 私は30年前、着任初日から不動産開発のリゾーニングの業務に就いた。当時バンクーバーダウンタウン3大開発事業の一つながら、29歳の若さで担当させられた。弁護士とローカルのコンサルの3人で役所との交渉を進めるのだが、全てが初体験だし、日本のプロセスとはまるで違った。その交渉と取りまとめは全体で5年を要し、途中参戦の私はまる2年、これに費やした。

 コンサルは著名なユダヤ人だったが私が彼から学んだ交渉はあまりにも刺激的で大きすぎた。彼は役所と激論し、時として激高しながらも論理と論理をぶつけ合い、とんでもない変化球の代替え案を提示し、相手に「分かった、そうする」と言わせるまで徹底的に攻めの手を緩めなかった。そんな性格ゆえ決して好かれず、陰で「あいつと交渉するのは嫌だ」という声も聞こえてきたが、いざ交渉のテーブルに着けば説き伏せた方が勝ちだということを学んだ。

 そんな彼は「あまのじゃく」的な性格がある。ある時、社内の打ち合わせで私が意見を言ったところ、異論を述べた。毎度のことだがその時、さすがの私も怒った。「なぜ、いつも頭ごなしに否定するのだ?」と。すると彼の答えは「俺はお前からコンサル料を貰っている。お前の言うことに同意したら俺を雇う必要がなくなるじゃないか。だから異論を言うのだ」と。これは私の一生の宝となる言葉だろう。それ位インパクトがあった。

要所要所を自ら交渉し、歩を進める

 今、私は市役所とリゾーニングの交渉で最終段階を迎えている。既にこの2年の間で市議会で3度、議決に挙がり、賛成多数で決議され、次の議会での最終承認に向けて最後の追い上げ作業をしている。開発の業務なので市役所も都市開発部、技術部、建築部、財務部、法務部、消防署と同時並行で交渉の展開をしてきた。

 今回の2年に渡る交渉で曲がりなりにもここまで到達できた一つの理由は「熱意」だったと思う。当初から自ら役所に乗り込み、担当者や部門のトップとこの開発事業の意義と意気込みを伝え、設計士など担当者に任せっきりにしないで要所要所を自分で交渉し、歩を進めていった。

 パンデミックでメールのやりとりが主体となり、作業がはかどらない日々も続いたが忍耐強く、気を抜かなかったこともあり、最終段階では各部門からひっきりなしに連絡が来て役所全体で作業を進めているような雰囲気にすらあった。

 それは私がどうしてもこの開発事業を一日も早く完成させ、人々に喜んでもらうことを第一義にしているからだろう。

交渉力を鍛えるには?

 交渉力を鍛えるには考える力をつけることが第一歩だと思っている。それは「答えは無数にある」ということだ。皆さんもふとしたことでよいアイディアが浮かぶことがあるだろう。私はトイレとシャワー、通勤で歩いているときなど5分から10分の自分のブレイクタイムにふと名案が浮かぶことは多い。机に向かっていても同じ切り口をずっと見続けることになるがトイレに座っていると後ろからとか、下から見るような感じになる。とにかく見る角度を変えることで考え方のアプローチがいくつも見えてくる。その選択肢が交渉力の戦術のベースになることは多い。

 例えばなぜ1+1=2なのか考えたことがあるだろうか?決め事なのだが、これだって1+1が1にも3にもなる方法はある。0.5+0.5=1.0だが0.5を小数点以下四捨五入にすると1と表示され、1+1は1になる。同様に1.4+1.4は3と表示される。くだらないと思うかもしれないがこれが考え方の第一歩で誰も思いつかないことを提示することで相手の防御策を潜り抜けることが必要なのだ。

大きな武器

 当地で30年間交渉の矢面に立ってきたが、相手側もなかなか手ごわく負けたこともいやほどある。住宅販売で「あなただけに特別サービスです」と言ったらその客が友人を連れてきて「あなた、この人にも私と同じ特別サービスしないとキャンセルする」とか「これが限界の値引きです」といえば「じゃあ、もう1軒買うからもうちょっと負けろ」とか。

 ある意味、ちょっとずるいと思うこともある。だが、これをゲームだと思うと負けてもすっきりで「チクショー!俺の交渉力はまだあまちゃんだったな」と引き下がれるものだ。

 最後に、交渉力というと高い英語力がないとできないとか、マシンガントークで攻め込むというイメージがあるが、そんなことはない。テーブル越しの交渉は最近は少ないのでメールの応酬が主流だ。となればじっくり考えて戦略を練ることもできるし英語も校正できる。必ず覚えておいて欲しいのはビジネスメールは大人の単語、つまりちょっと難しい単語や言い回しを使うことだ。これで相手の教養力が見える。これは大きな武器になるぞ。では幸運を祈る。