アルゼンチンから南極へ(3) ―ドレイク海峡を渡る|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第79回

南極大陸のどこへ行く?

南極大陸と日本の大きさの比較、および日本の基地の 場所が示されている (外務省サイトより)

アルゼンチンのウシュアイアを出発し、ビーグル水道から船はドレイク海峡(Drake Passage)の荒波に突入、3日間の航海ののち南極地域に入る。氷に覆われていても地図上で陸のない北極と違い、南極は氷に覆われた大陸だ。

英国南極調査研究所(BAS: British Antarctic Survey)によると棚氷域を含んだ大陸の面積は日本のおよそ37倍、そしてカナダがすっぽり入る広さで平均標高2126m、海面下2870mの山岳地帯でもある。

南極横断山脈を境に東と西に分かれていて、一般客が行けるのは西がわに突き出る南極半島だ。その半島も北海道から九州がすっぽり入ってあまりある(地図参照)。

南極に行くのにパスポートは必要?

ドレイク海峡を渡って南極地域に入った船

1961年発効の南極条約(The Antarctic Treaty)で南緯60度以南の南極地域は平和的利用、科学的調査の自由と国際協力、領土権の凍結が定められている。つまり南極地域はどの国にも属していないので、パスポートはいらない。

ただしアルゼンチンから出発するならアルゼンチンに入国するためのパスポートは必要だ。日本はこの条約締結の12か国の原署名国の一つという名誉な位置にある。原署名国はアルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、チリ、フランス、日本、ニュージーランド、ノルウェー、ロシア、南アフリカ、UK、USAだ。2018年の記録では締約国が53に増加し(カナダは1988年)、およそ30か国が約80の研究基地を持っている。

航海中のアクテイビティー

セミナーでイギリスの南極観測基地の体験を語る歴史家のデウード氏

日程の約半分を海上で過ごすのと、天候で上陸予定が変更になることが多いことから船内イベントが多い。初日は緊急時の救命具着用の練習、船長とクルー、エクスぺディション・リーダーの紹介がある。このリーダーたちは生物、地球環境、自然保護、天文、健康、写真、アウトドア、歴史等の専門家たちで構成されていて、南極に関するセミナーを交代で提供。講師の一人、英国の南極基地で長年研究生活をしてきたデウード氏の体験はとても面白かった。

マッサージ、ヨガ、ジムなどのレクリエーションルームもあり、前もって登録しておけばカヤックや写真のチームに入れる。私は写真チームに、ルームメイトのパディはカヤック組に入っていた。

赤の他人とする集団生活

筆者とルームメイトのパディ

一人で長いグループ旅行に参加するとき、私は色々な人と食事のテーブルにつくようにしている。May I sit here?とかMay I join you?と言われて断る人は誰もいない。いつも一定の人とだけ食事をしたり、キャビンに閉じこもっていると新しい情報が流れてこないので集団生活をする特典を逸してしまう。

全く赤の他人で文化も個人的な趣味やバックグラウンドも違う人たちと偶然に集まった中で唯一共通なのは一緒に旅行をしている、という事実だけ。その共通性を軸に話を広げると意外な別の共通点に気付く。毎日船内ですれ違って笑顔で雑談できる人が増えるのは楽しい。

ルームメイトのパディともお互い自由行動をとっていたので、一緒になったときさらに会話が弾み笑い転げてお腹をよじらせることもあった。身長170㎝、魔女のようなもじゃもじゃヘアーがトレードマークの彼女、こんな偶然でもない限り知り合いになることはなかっただろう。

初めてみるペンギンコロニー(生息集団)

アデリー・ペンギンの生息集団
アデリー・ペンギンの会話が聞こえてくるようなシーン

4日目に南極半島を横切り、デビル島の近くで船は止まった。ゾディアックボートに乗り換えるが上陸できる場所はなく、クルージングのみで水の上からコロニーを観察する。感動を抑え切れず、揺れるボートの上からバチバチとシャッターを切る指が止まらない。

餌は小海老に似たオキアミ(Krill)で、そのせいかコロニーはピンク色のフンに染まっている。顔が真っ黒で目の周りが白いため表情が可愛いアデリー・ペンギンは即私のお気に入りとなる。日本のJR Suicaカードのマスコット的なペンギンは実はこれだ。2、3匹が氷山で遊んでいることもあり、その仕草から会話しているように見える。

これを書いている今、友人が北海道の旭川動物園でペンギンを見ている頃なのだが、私はもう動物園というところには行けないような気がしてきた。