(日本を知る)三重県の熊野古道 ―伊勢路、伊勢神宮|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第66回

伊勢神宮と出雲大社-どうつながって、どう違うか

天照大御神を祀る伊勢神宮のハート、内宮の正宮。階段を上り切ったところで参拝する。
天照大御神を祀る伊勢神宮のハート、内宮の正宮。階段を上り切ったところで参拝する。

 出雲大社(2021年6月号記)に行ってから気になっていたのが伊勢神宮だ。伊勢神宮は天照大御神(アマテラスオオミカミ)が祀られ、神話では彼女の弟にあたるスサノオが追放されて下った場所が島根県の出雲だ。後にスサノオの娘婿、大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)が出雲大社の源となるが、天照大御神に国を譲ることになる。伊勢神宮は太陽神が宿る宮とされるが、出雲大社は八百万の神々が集うところであって天皇も中に入ることができないそうだ。神話が歴史となって建立された出雲大社の方が伊勢神宮よりもはるかに古いのだが伊勢神宮の方が格が高いといわれるのは陽が上る東にあって天皇の始祖とされるからだろう。

伊勢路ってどこ

「伊勢国」と「紀伊国」の国境だった伊勢路の中でも有名なツヅラト峠。世界遺産に入っている。
「伊勢国」と「紀伊国」の国境だった伊勢路の中でも有名なツヅラト峠。世界遺産に入っている。

 そして世界遺産の熊野古道(2022年4月号)を歩いて気になっていたのが伊勢路だ。伊勢神宮から南に伸びて和歌山県の熊野古道―中辺路につながる全長約170㎞の参詣道で三重県の大きな観光スポット『熊野古道伊勢路』だ。世界遺産はその中の断続的な32㎞の部分で私が行くツヅラト峠もそれに入る。

 伊勢市から一番近い出発点、JR梅ヶ谷駅裏に駐車し、咲き始めた桜に見送られて歩き出す。澄み切った青空に雑木に混じって立つ柚の木が重そうに実をつけていた。起伏の多い全長9.5㎞のツヅラト峠コースの中間に山頂がある。ここを通過した昔の人は375mの眼下の部落や海を眺め、「伊勢の国」から「紀伊の国」へ入る感動をかみしめたに違いない。南紀の熊野古道と違ってアクセス手段が限られるためか、人に会ったのは見回りにきた人だけだった。

伊勢神宮―外宮(げくう)・内宮(ないくう)

 日本人なら一生に一度はお伊勢参りをする、のだそうだ。誘った友達もお参り済み、結局行ったことのない私は一人でお伊勢参りすることになった。

 伊勢路と違ってさすがに神宮界隈は参拝客でごった返す。神様中の神様、天照大御神が祀られている内宮にコロナを生き抜けた感謝の祈祷をささげに来ているのかもしれない。外宮には食べ物の神様、豊受大御神(トヨウケノオオミカミ)が祀られていて、参拝の順番はここから。何で外宮があるのか。それは天照大御神が一人では食事をしたくないので豊受大御神を呼び寄せたからだとか。

水防に功績があるとされる外宮の別宮の1つ、土宮。小ぶりの神明造り。
水防に功績があるとされる外宮の別宮の1つ、土宮。小ぶりの神明造り。

 両宮の距離は車で約20分。どちらもメインの正宮と目的の異なった別宮がそれぞれ敷地内に数個あり、規模としては小振りの神明造り。大きめの両宮の正宮の社は近づくことができず、距離をおいた門の外から参拝する。中には御神体の一部とされる八咫鏡(やたのかがみ)があるそうだが寺院と違って建物の中には入れない。

社殿も神々に捧げる宝物も 年おきにリニューアル

五十鈴川にかけられた俗世と神域をつなぐ宇治橋。これを渡って内宮へ。
五十鈴川にかけられた俗世と神域をつなぐ宇治橋。これを渡って内宮へ。

 神宮近くに美術館、農業館、徴古館等の伊勢神宮博物館グループがある。明治42年にできた徴古館は東京赤坂の迎賓館を手掛けた片山東熊氏によるもの。伊勢神宮の「式年遷宮(しきねんせんぐう)」と呼ばれる1300年続く伝統により、外宮、内宮の社殿は全て20年おきに再建造され鳥居、宝殿、宇治橋もリニューアルだ。それと同時に装束や宝物も人間国宝級の巨匠による新品が調達される。

明治42年に建てられた徴古館は20年のお勤めの終わった装束や宝物が展示されている。
明治42年に建てられた徴古館は20年のお勤めの終わった装束や宝物が展示されている。

 最近の遷宮は2013年、次は2033年で一回の費用は約550億円。建築に要する1万本ものヒノキが一番高級なのだとか。準備から終了まで約12年を費やす超大事業は神道が日本人の信心の真髄にあることの象徴であり、またこの古いしきたりは日本の伝統工芸技術が失われずに後世へ伝えられていく手立てとして大きな役割を果たしているわけだ。

歩いて楽しい「おはらい町」

内宮の参道は江戸、明治を再現した飲食店、土産物店で賑わう。「おかげ横丁」もここにある。
内宮の参道は江戸、明治を再現した飲食店、土産物店で賑わう。「おかげ横丁」もここにある。

 伊勢参りで楽しいのは五十鈴川に沿って宇治橋へ続く800mの参道「おはらい町」だ。約4000坪の敷地内に江戸から明治の商いを再現した飲食店、土産物屋が参拝者を虜にする。カニ天を頬張りながら雨にも負けずそぞろ歩く私。有名な「おかげ横丁」はその中程にあって神話体験のできる神話館や懐かしい玩具の店などもあり、参道はお伊勢参りの一大魅力ともいえる。コロナの規制が緩み始めたこの時、人々の顔に笑顔が戻ってきた。