「旅」のかたち|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第49回

アルバータで娘とトレッキング
アルバータで娘とトレッキング

 謹賀新年。カナダにもCOVID-19のワクチンが入って来たことで安堵感が漂いはじめた。気分転換的なドライブや散歩に限られた生活ももう少しの辛抱だ。新年は過去を振り返りながらもうすぐ行ける新しい「旅」を考えてみよう。

「旅」は行く人との思い出づくり

新潟のホテルで母の車椅子を押す娘
新潟のホテルで母の車椅子を押す娘

 母と私と娘の女3世代で旅をしたのがつい先日のようだ。父の生まれ故郷新潟や母の田舎埼玉県秩父に行った。日本は殆どの駅にエレベーターがあり、車椅子用の傾斜板は駅員に頼めば持ってくるし、下車駅でも待っていてくれる。旅行は無理、と自信をなくしていたあの日の母の喜ぶ顔が私の勲章になった。娘がモントリオールに落ち着く前の年、二人でアルバータを旅した(2017年11月号)。真っ青な大空の下、揚々とハイウェーを飛ばす娘。山を歩き、濁流を渡り、馬に乗った。あのキラキラした夏。夫は足が悪く、夫婦で彼の故郷ニューファンドランドを車で巡り、毎日シーフード三昧に明け暮れた(2017年8月号)。家族で行く旅は目的地そのものよりも、時間の共有に意義があると思う。やっておいて悔いはない。

ニューファンドランド島で取れたロブスター
ニューファンドランド島で取れたロブスター

「旅」は未知の世界の入り口

標高4000mのボリビア高原を走るSUVの点検
標高4000mのボリビア高原を走るSUVの点検

 ペルーのマチュピチュへ行こうと誘われ、私の行きたかったボリビアも加えて二人で出発した。チチカカ湖、ウユニ塩湖や海抜4000mのボリビア高原、そんな未知の環境に自分をおいて世界を見てみたかった(2016年12月号)。運転手とガイドを入れ4人で何時間も荒原を突っ走る。政治の話からお客のタイプまで車中の話題は尽きない。砂漠のトイレは岩陰。別れぎわに笛を吹いてくれたガイド君。悲しい響きだった。私たちをホテルで降ろした後、また夜通し何時間も走って家族の元に帰るのだ。本の中で輝いていたあの場所は、決して裕福でない現地の人と交わることによって深い疑問を投げかけた。

トーンガット・マウンテンに立つ筆者
トーンガット・マウンテンに立つ筆者

 ラブラドール先端のトーンガット・マウンテンへ行く機会をずっと狙っていた。ニューファンドランド島のセント・ジョンズ港から夢を叶えるアドベンチャー・カナダの客船が出航する。氷山を避け、行きつ戻りつフィヨルドをなめ尽くし船が錨を下ろすところはトーンガット・マウンテン。上陸の感動もつかの間、道なき道を必死に登ったあの日(2018年9月号)。ホープデール村では若者達がヤマハの4輪バギーで行き場のない村内を乗り回していた。若いイヌイットの女性の案内で村巡りをする。ひとり旅のいいところは相手から近づきやすいと思われることだ。船に戻ったら彼女からメールがきていた。

4輪バギーを乗り回すホープデールの若者たち
4輪バギーを乗り回すホープデールの若者たち

本当に行きたいところは一人でも行ける

 自分発見でも未知への憧れでもいい。安全体制ができていればひとり旅は超オススメだ。お金の心配?不思議なことにお金はあとからついてくる。目標が決まれば自然に自分の経済活動が変わって行くからだ。時間は自分で作らないとできない。留学後、私はトロントで就職し日本に帰るための大旅行の資金を貯めた。カナダから米国、ヨーロッパ、イラン、インド、香港経由で日本に到着。実家の前に立った時の手持ちはわずか数百円。この1ヶ月間のソロ旅が後々の私の人生に与えた影響は大きい。2年前、待望のイタリア滞在も5週間無事果たすことができた。COVID-19の感染が始まる前のことだ。先送りにしないでよかった。人間はその気になればなんでもできるはずだから夢は諦めない方がいい。チャンスがきたら掴める状態でもありたい。

スマート・スペンデイング(賢いお金の使い道)

 行動経済学で著名なキャス・サンスティーン氏(Cass R. Sunstein 1954-)が言ったスマート・スペンデイングの考え方の一つはこうだ。私の和訳で失礼すると『物やサービスは入手後しばらく経てばその価値も色褪せる。それに比べ、〝新しい経験〟は記憶の中で価値を失うことなく生き続け、趣のある人生の基盤となるだろう。2週間の旅行は長い人生の中ではかなり短いが、それが最高の旅なら一生涯影響し続けることになる。』