日系文化会館が贈呈する最も栄誉ある「桜アワード」を受賞 トロント総合病院 呼吸器外科准教授 安福和弘 先生 インタビュー|カナダの時の人に迫る

日系文化会館が贈呈する最も栄誉ある「桜アワード」を受賞 トロント総合病院 呼吸器外科准教授 安福和弘 先生 インタビュー|カナダの時の人に迫る

2006年に肺移植を学びにトロントに渡り、世界トップと称されるトロント総合病院の呼吸器外科の医師となった安福和弘先生。その間に肺移植に携わるだけでなく、EBUSなどの紹介や超音波気管支鏡と縦隔鏡という二つの手術法の直接対決の臨床試験を行うとともに技術開発の手腕が評価され、2008年には日本人としては初めてとなるトロント総合病院での正式採用が決定し、現在は医師として手術に臨むだけでなく、肺がんを中心とした臨床研究や基礎研究に日々励んでいる。

 安福先生は今年、その功績が高く評価され日系文化会館(JCCC)から最も栄誉ある桜アワードを贈呈されるとともに、JCCCとToronto General & Western Hospital Foundationによって共催された桜ガラでは100万カナダドルの募金が集まった。

 本誌では桜アワード受賞を受け、授賞式を終えた心境や感想、チームへの思いを始め、現在の研究内容やロボット手術の取り組みなどついてお話を伺った。

肺がんなど呼吸器系の病気にロボット手術と先進的研究で立ち向かう

ー桜アワードの受賞、おめでとうございます。およそ1年半をかけて準備した桜ガラでは100万ドル(約1億円相当)というものすごい大きな募金が集まったそうですね。

 ありがとうございます。受賞はもちろんですが、募金がこんなにもたくさん集まったことがとても素晴らしいと思います。ボランティアや寄付の精神が根付いているカナダだからこその募金額と言えるのではないでしょうか。

 今回集まった募金の半分は日系文化会館(JCCC)、残りの半分はUHNでの研究に使用される予定でおります。集まった募金でこれからさらに有意義な研究ができるという事をとても嬉しく感じています。

自分一人で何かを成し遂げることは決してできず、チームの仲間と家族の支えがあるからこそ。そしてそれは何事にも通じることだと思う。

ー授賞式ではチームの仲間や同僚への感謝を多く語られたことが印象的でした。その想いについてお聞かせください。

受賞したことに感謝を述べる安福和弘先生

 ある意味当たり前のことだと思うのですが、賞を頂けたのも一人でやってきたからではありません。呼吸器外科には9人の外科医がいるのですが、9人で行う野球の話に例えてスピーチをさせてもらいました。私たちの科は野球界でいうとメジャーリーグ最高峰のチームで世界一とよく例えられる、ニューヨーク・ヤンキースのような位置付けなのです。

 野球ではメンバーが4番バッターやピッチャーしかいないようではうまくいきません。色々なポジション、それぞれの強みがあるからこそチームが成り立ちます。そういうチームを作っていかないと発展していかないのですが、この呼吸器外科は長い歴史の中で的確なチーム作りがなされてきました。全員に役割があり、意志があるからこそ最高の医療を提供し続けられるのだと思います。なので、あの場では自分の話ばかりをするのではなく、チームや今の環境への感謝を伝える場にしたかったのです。

 そして何と言っても家族への感謝の気持ちです。トロントに来てからひたすら仕事に邁進してこれたのは、家族の深い理解と愛情があったからこそだと思います。

ー安福先生は海外生活も長いですが、JCCCや日系コミュニティーについてはどのように捉えていらっしゃるでしょうか。

 日本人としてのアイデンティティーをもつことは重要だと思います。ある意味日本にずっと住んでいる日本人よりも日本に対する想いが強かったり、日本の良さが分かっていたりすると思います。そしてそのような気持ちが強いだけに、JCCCのような日系コミュニティーはとても大きな意義があると思います。JCCCは文化継承などを大切にする場所ですが、会員のほとんどがカナダ人と聞きます。JCCCのような日本のルーツがあって日本文化を継承していく場所がないと日系コミュニティーは消えていってしまいますし、それだけに大きな存在意義を持っていると思っています。今回の桜ガラを通して色々な人と前よりも関われるようになり、日系コミュニティーに貢献している方がたくさんいらっしゃると分かりました。

桜アワード受賞の一幕

ー安福先生は肺がん治療におけるロボット手術のパイオニアでもありますが、もう少し詳しくロボット手術について教えていただけますでしょうか。

 カナダでは2011年に私が初めてロボットを肺がん手術に使いました。ロボットの導入に関してもとても高額の費用が発生するため、その道のりも決して平たんな道のりではありませんでした。

 ロボットの購入に至っては、トロントで不動産業等で材を成されたドナーが寄付してくださいました。それが基になっていますが、ロボットにもランニングコストが掛かりますし、メンテナンスには車以上にお金が掛かります。その上、手術をするには専用の高価な機械が必要となり、それも10回使ったら使えなくなってしまうほどです。実はこういったロボットに関わる費用というのは当初は国はもちろん病院も誰も援助してくれませんでした。

カナダ初の肺がんに対するロボット手術の様子

 さらにはロボット手術の費用は保険が適用されないため、政府などからの補助が出ないのが実情です。このコストを患者さんに負担してもらうということは、私の心情に反するのでやっていません。今回のようなチャリティーもそうですし、日々のファンドレイジングなどのおかげで患者さんにロボット手術を提供することが可能になっています。

ロボット手術は外科医の能力を100%ではなく150%発揮させてくれる

ーロボット手術との出会いを教えてください。

 元々興味がありました。医療用ロボットを作っている会社が次世代ロボットを開発するというプロジェクトがあり、トロントに来た頃に手伝って欲しいと声が掛かりました。ダヴィンチという医療用ロボットが臨床応用され始めていたので、その時から肺がんの手術でもロボットを活用したいとずっと思っていました。

 また、私がやっている研究も低侵襲手術の開発やイメージングを手術の中に盛り込んでいくという内容なので、ロボットとの親和性がとても高かったのです。

 ロボット手術は非常に繊細な手術ができるからこそ患者さんへの負担も少なくすみます。さらにロボットによって一人の外科医の能力を100%ではなく150%発揮できます。三次元で見えますし、拡大もできる上、指を動かすと動きが全て細かく先端に伝わるので自分の手で行うよりも数段パフォーマンスが高くなります。

 私が医者になった1992年はまだ胸腔鏡手術というのが始まったばかりの頃でした。肺がん患者の多くは早期であっても開胸が普通でしたので、大きな傷も残りますし痛みもすごいため、皆さん1、2週間は入院を余儀なくされました。今ではロボット手術が増え、先日も肺がんの患者さん2名をロボット手術したのですが、2人とも24時間以内に家に帰ることができました。

Asian Heritage Month2018にも安福先生が選ばれた

ーロボットの取り組みとともに研究にも力を入れていると思いますが、どのようなテーマで取り組んでいるのですか。

 主に取り組んでいるのは肺がんの研究です。低侵襲手術の技術開発、イメージングを使うImage Guided Surgery(IGS)、様々な手術方法や機械の開発、気管支鏡の診断法や治療法の開発、ナノパーティクルを使った肺癌の診断と治療、そして患者さんから取った検体を使った肺癌の高度な診断や開発という6つが柱になっています。

過去5年間で集めた研究費用はおよそ850万ドルにもおよぶ

ー大変な苦労をされてでも導入する価値がロボット医療にはあるということでしょうか?

 そうですね。胸腔鏡手術という手術方法があるのですが、この方法ではできないことがロボットだとできるということが一番大きいです。患者さんにも体の負担をかけませんし、傷もほとんどつけないのです。そして何よりロボットは医師のパフォーマンスの何倍もの向上に役立っていると言えます。

 新しいことをやろうとすると、病院からはそんなお金は無いという所から大体始まります。なので、新しいことを始めるには様々な方にアプローチし、お金を引っ張ってこないと話が進みません。そうしてお金を集めて必要なモノや人材を揃え、成果を上げ、新しいやり方がコスト面でも患者さんにとっても良いという事がわかれば、やっと補助金などももらうことができます。病院がお金を出してくれるのを待っているとどんどん医学や技術の進歩から遅れていくので、常に考えて自ら動いていく必要があります。

 研究もロボット手術と同じくお金が掛かります。特に私は様々な研究をしているため、機材や人材も必要です。それを賄うためにチャリティーなどもそうですが、助成金に申請し取ってくることになります。

 助成金を得るにもとても競争が激しく、提出した申請書の内5〜10%くらいしか通りません。こういった助成金に応募するのは我々のような臨床医だけでなく、研究だけに取り組んでいる研究者も多いです。私たちは研究だけでなく医療現場と常に向き合っていなければなりませんので、当然医師の仕事のウエイトの方が大きく、研究者に助成金の獲得で勝つというのはとても大変なことなのです。

臨機応変に対応していくことで初めて物事は動き出す

ーお話を聞いていて先生のように、先のことを見据えて行動していくということは現場で学ばれたのでしょうか?

 臨機応変に対応していかないと、何も進まないなというのは職業に関わらずなんでもそうだと思います。ずっと同じやり方に固執するようでは進歩がないでしょう。

 また、この病院ではMemorandum of Agreement(MOA)という契約書に業務内容等が書いてあります。その内容を3年後に評価され、ちゃんとやっていないと正式な雇用に至りません。だからこそMOAにある目標に向けて何をやればいいかという事を考えることが自然と当たり前になっていました。もちろんそれを達成してきたのは、全てが自分の力だけではなく周りの力と助けもとても大きかったです。

健康管理が海外で頑張る人、成功したい人への鍵

ー海外経験が豊富な安福先生から海外で活躍している日本人や頑張ろうとしている方々へのアドバイスはありますか?

 頑張っている人は大体みんなちゃんと目標を持っていますよね。カナダに来ている人は日本ではできないことにチャレンジしに来ているのだと思います。そういう気概を持っている方へのアドバイスをできるほどではないのですが、海外に行って成功したけど病気になってしまったというのはしょうがないので、いかに健康管理をするかということを大事にしてほしいです。健康管理ができないと今までやってきたことは水の泡。なのでしっかり体力をつけて持続してやっていく環境を作ることが重要なのではないでしょうか。