【アニシナベに学ぶ】人と大自然のつながり | 特集 オンタリオ大自然と文化を辿る

【アニシナベに学ぶ】人と大自然のつながり | 特集 オンタリオ大自然と文化を辿る

カナダといえば自然が多い、先住民が多く暮らしていた、など先入観は人それぞれあるだろう。特にこの二つをカナダから切り離すことができないのは、それらが紛れもない事実だからだ。先住民は自然に導かれ、自然を信じ、自然とともに生きてきた。彼らは1万年以上前から現在のオンタリオ州に存在し、定住したオジブワとアルゴンキン、クリー民族らは自らのことを「Anishinaabe(アニシナベ)」と呼んだ。

アニシナベという言葉は「何もないところから創られたもの」という意味で、「原始人」を意味する。彼らのように特定の地に定住した先住民たちは「First Nations People」と呼ばれる(メティス族とイヌイット族を除く)。

2016年の統計によるとオンタリオ州に住むFirst Nations Peopleは23万7千人ほど。今では少なくなってしまったがオンタリオの地を誰よりも長く知るアニシナベの人々。彼らから人と大自然のつながりについて学んでいこう。

アニシナベの創造神話

【アニシナベに学ぶ】人と大自然のつながり
©Ottawa-Tourism-Remi-Theriault

先住民というと都会でない、自然の多い地域に住んでいると想像する人も少なくない。政治的な話をすれば、1830年以降イギリス人たちがカナダに渡り生活を始めるため先住民は強制的に特定された場所へ移らされた歴史があることを避けてはならない。しかし先住民はどのような地であれ、ヨーロッパ人が乗っ取るずっと前から自然を大事にしてきた。

アニシナベの創造神話によると人は自然から命をもらった。月と太陽の間に生まれた地球。この「家族」は創造主によって創られた。魚、動物や鳥などは水を資源に生命を持った。創造主は地球にある特別な力(四元素)の火、地、風、水を使って人を創り、その子孫がアニシナベだと信じられている。つまりアニシナベにとって地球は母なる存在(「Mother Earth」)なのだ。

自然の健康は人の健康

昔のアニシナベの人々は狩りや釣りをする傍ら作物をつくった。彼らの生活は常に四元素とともにあり、人と自然との関わりについての多くの信念は先祖からの言い伝えという形で生き残ってきた。地は生き抜くための糧を作る場所だけでなく、独自の文化を伝承する学びの場所。歌や踊り、儀式、神話などが今でも受け継がれている。アニシナベによると、人の健康は自然との関わりによって左右される。神道のように全てのものに精神的な性質または魂があるため、自然を意識し保護することによって自らの健康が良くなると信じられているのだ。

神聖なる水

Lake Superior ©Ontario Parks

アニシナベの文化の中で水は神聖な存在。創造神話にあるように、水は地球の血のような役目で、あらゆる生命を生かしている。水は人間と同等、またはそれより大きな存在だ。命があり、魂がある。水を大事にするということは自らを大事にすること。そして水に危害を与えることは自分自身を危ない目にさらすということなのだ。

さらに、先住民の先祖はその水が育む魚を釣って食べることでその地をよく知ることができ、根を張ることができた。釣りは現代人の多くがレジャーとするアクティビティではなく、アイデンティティを育む儀式のひとつなのだ。

川や湖だけなく、地球がもたらす雨などを糧に成長する植物は先住民の道しるべ。植物はどの時期に、どのように成長するか人間に教えてくれる。そして人間だけなく動物たちの命も豊かにしてくれる。地球にある全ての水は生きるために不可欠なのだ。

女性と水

Mazinaw Rock
Mazinaw Rock ©Ontario Parks

彼らの伝統では女性が水を守る特別な役を果たしており、今でもその視点は変わらずにいる。

これはどうしてかというと、水が地球を豊かにするように女性が体内の水で命を育むことができるからだ。西洋の知識では水を利用するための「資源」と考えるが、先住民の教えでは水は魂を持つ生命だ。そのため水は癒す力や清める力、さまざまなエネルギーを持つ神聖なものだと信じられてきた。

そしてそのパワーの源と共存するにあたって、大地の恵を受け取るからには恩を返すのも重大な責任だと教えられてきた。植民地主義によって消えかけた文化だったが、今でも受け継がれている大事な信念だ。

環境汚染の被害拡大や住宅建設ラッシュが止まらぬ今、オンタリオや先住民が暮らすカナダやアメリカの地域では先住民の伝統や信念を尊重すべきだと訴える声が多い。この訴えを裏付ける環境学などの研究論文も多く発表されている。

自然に刻まれた先住民の暮らし

カナダには先住民ピクトグラフ(壁画)を見られる場所が500以上存在するという。ロックアートとも呼ばれる壁画とペトログリフ(岩面彫刻)はオジブワ族やクリー族、アルゴンキン族などが自然に残したメッセージだ。

アニシナベは壁画や岩面彫刻に神話の動物を彫ることで言い伝えや重要な出来事を伝承してきた。

例えば、First Nationsでは北アメリカはカメの背中にできた土地だと言われている。大きな洪水の後、カメが背中を人間に貸したと言い伝えられたため「Turtle Island(カメの島)」という名称がある。その他にも伝説の生き物サンダーバードは守護や勢力、ヘビは導く者などあらゆる動物に意味が込められている。

人のような形をした絵の頭の部分から線が生えるように描かれている場合、それは「Medicine Man(伝統医療師)」を表している。

タリーマーク(ものを数えるために書く線)は彼が薬草を必要としているサインだと考えられている。自然に残された印は人々の暮らしを支えていたことがよくわかる。

全ての命はつながっている

地球が全てのものに息を吹き込む「母」ならば、地球上全てのものに彼女の魂が存在する。この地に育つ植物や穀物にとどまらず、人の日頃の行いや子供の育て方、人との共存する姿勢などにも「母なる地球」の魂が宿っているのだ。

このアニシナベの信念が昔から人と大自然をひとつにしてきた。自然との関わりはスピリチュアルな観念だけでなく身体や感情、メンタルの健康を支える柱なのだ。先住民でない人からは「信仰」や「スピリチュアリティ」と一括りにされがちな関係だが、アニシナベの人たちにとってはそれよりもっと複雑な「生き様」のようなものだという。

アニシナベが考える「良質な人生」

アニシナベの「Giikendaaswin」という言葉は教えや情報、言い伝え、理論、その同じ意味の言葉全てを意味する。この教えは先祖から代々伝わるものだけではなく、自分自身の経験も大事な要素だ。命を与えてくれる自然への恩返し、敬意を表すこと、関係を育むこと、責任を持って果たすこと、振り返ること。この全てが地球で生きていく上で必要だと言われている。

アニシナベの人にとって「良質な人生」とは周りにあるもの全てが繋がっていることを受け止めること。自分を包む環境に耳を傾け、心を開き、体全体で感じることで自分なりに自然や祖先の教えを受け入れ、理解し、行動に移すことができるのだ。

先住民文化と自然をつなぐ観光

冒頭で伝えた通り先住民はヨーロッパ人の占領により土地を奪われ、移住を余儀なくされた。以来、先住民の人権は長いあいだ傷つけられ、この国で弱者となってしまったトラウマから今でも抜け出せずにいる。だが少しずつ力を戻しつつある面もある。それが先住民観光だ。

「Indigenous Tourism(先住民観光)」という言葉は1990年代から存在しており、先住民による先住民文化を広めるビジネスとして進化を遂げてきた。2015年にはIndigenous Tourism Association of Canada(ITAC)というNPO団体が結成され、今では観光地を1800件に増やすこととその事業での先住民雇用を4万人に増やすことを目標にしている。

町おこしと先住民文化の持続、そして先住民を雇用することで生まれる経済力とメンタルヘルスの向上、これらはアニシナベ文化における「全ての命はつながっている」というアイデアにかなっていると言っていいだろう。

アニシナベ文化が学べる
オンタリオ州の先住民観光スポット

オンタリオで活躍している先住民観光ビジネスの多くは都心から離れた大自然の中だ。夏から秋にかけて州立公園や農場、先住民の領地などでイベントやツアーがたくさん開催される。もちろんキャンプが好きな人にはもってこいだが、そうでない人はキャビンやホテルもあるので安心。夏場は特に観光客が増えるので州立公園への入場券やキャンプ場スポットのオンライン予約を早めにしておくのがおすすめ!少し足を伸ばして体験してみては?

Indigenous Plant Medicines Trail,Royal Botanical Gardens

Hamilton, ON
トロントから車で約1時間

Royal Botanical Gardensはアニシナベとホデノショニ連邦の地域両方をまたぐ。敷地内には先住民の植物の利用法をよく知る研究者とMississaugas of the Credit First Nationの長老らが監修しているIndigenous Plant Medicines Trailというトレイルがある。そこでは散歩しながらアニシナベ文化特有の植物を観察することができる。アニシナベの人たちは一年中狩りや釣りを通して季節の自然の恵を受け取った。植物は薬として使われ、物々交換もよくされていた。彼らの教えでは植物は人間にどうしてその場所に生えているのか、何に使ったら良いのかを自ら話しかけている。人間の役目はその言葉に耳を傾けること、なのだとか。ここに行くと植物の見方が変わるかもしれない。

Petroglyphs Provincial Park

Petroglyphs Provincial Park
©Ontario Parks
Woodview, ON
トロントから車で約2時間15分
©Ontario Parks
©Ontario Parks
©Ontario Parks
©Ontario Parks

この州立公園はカナダで一番多くの先住民ペトログリフ(岩面彫刻)が密集している場所。カメ、ヘビ、鳥、人、などが岩の表面に彫られており、先住民の信仰を物語っているため「Teaching Rocks(教えの岩)」という名称がついている。アルゴンキンの人々が900年から1100年の間に彫ったと言われている。この州立公園全土が神聖な場所なので写真やビデオ撮影は固く禁じられている。今でもオジブワの人たちにとって大切な巡礼地だ。7月から8月の間、夕方にペトログリフについて短編映画を観てからガイドツアーに参加できるプログラムもある。ここでは宿泊できないため日帰り旅行にちょうどいい。運営時間を確認してから行こう。

Mādahòkì Farm

Mādahòkì Farm
©Madahoki-Farm
Nepean, ON
トロントから車で4時間半
Mādahòkì Farm
©Madahoki-Farm
Mādahòkì Farm
©Madahoki-Farm
Mādahòkì Farm
©Madahoki-Farm

ダウンタウン・オタワから車で15分にあるこのファームはアグリツーリズム(旅行者が農場や農村で休暇を過ごすこと)と先住民観光を掛け合わせたまだ新しい事業。季節を祝うフェスティバルやこの地でしか育てられていないオジブワのスピリット・ホースと呼ばれている珍しい品種の馬がいることで有名。

Mādahòkì Farm
©Ashley-Fraser-Photography

年中空いているのと、子供向けのプレイエリアもあるので家族連れには嬉しい。毎年6月にはSummer Solstice Indigenous Festivalが行われ、6日には音楽アワード、21日は Indigenous Day Celebration、22日から23日にかけては Education Days、そして締めくくりに様々な部族が参加するCompetition Powwowが開かれる。

Mādahòkì Farm
©Ashley-Fraser-Photography
Mādahòkì Farm
©Ottawa-Tourism-Mark-Gorokhovski

Manitoulin Island

©Wikwemikong-Heritage-Organization
Manitoulin District, ON
トロントから約6時間

マニトゥーリン島はヒューロン湖の中にあり、淡水湖の中にある島としては世界最大だ。オジブワの言葉で「魂の島」を意味するこの島 へ辿り着くにはLittle Current Swing Bridgeを車で渡るか、Chi-Cheemaun Ferry(5月から10月のみ運行)で渡ることができる。この島はアニシナベがカナダで初めて住居を構えた地であり、のちにヨーロッパ人が初めてカナダで占領した場所でもある。マニトゥーリンは先住民がヨーロッパ人またはカナダ政府に法的に受け渡さなかった土地で、今でも「Unceded Territory(未譲渡の地)」で6つ先住民グループが住んでいる。

©Wikwemikong-Tourism
Manitoulin Island
©Objibwe-Cultural-Foundation

Manitoulin IslandとKillarneyで先住民観光を牽引しているのがWikwemikong Tourismというツアー会社だ。文化を学べるツアーからグルメ、ハイキングなどバラエティに富んだ経験ができる。島にはたくさんホテルもあるのでゆっくり宿泊しながら観光できるのが良いところ。

Lake Superior Provincial Park

©Ontario Parks
Municipality of Wawa, ON
トロントから車で約9時間5分

この州立公園ではスペリオル湖とそのビーチ、川と河谷、滝、森林、丘など幅広い景色が見られる。カヌールートとやハイキングコースが盛りだくさん。暖かい季節には釣りが人気だが、秋になると紅葉を楽しめる。キャンピングカーとテントでの宿泊の他にバックパックキャンプ(Backcountry Camping)のスペースも150ヶ所以上ある。

ハイキングコースが盛りだくさん! ©Ontario Parks
Lake Superior
©Ontario Parks
Lake Superior
©Ontario Parks

ここで一番有名なのは5月中旬から9月中旬にかけてスペリオル湖が穏やかなときにだけ見られる「Agawa Rock Pictographs」という赤オーカー(赤黄土)で描かれた先住民の壁画。徒歩でのアクセスが可能な壁画はオンタリオ州でほんの数カ所しかないので特別だ。

Point Grondine Park

Point Grondine Park
©Wikwemikong-Tourism
Killarney, ON
トロントから約4時間
Point Grondine Park
©Wikwemikong-Tourism
Point Grondine Park
©Ireva-Photography

ここでもWikwemikong Tourismが大活躍している。特に学生グループや一般グループ向けのツアーが流行っている。先住民文化を学べるツアーはManitoulin IslandからKillarneyまでゆっくりクルーズで見回ってから宿泊施設への案内まで全てパッケージになっているのが魅力。

©Dustin-Peltier
©Wikwemikong-Tourism

Point Grondine Parkではカヌーやカヤック、ハイキング、キャンプもできる。ハイキングを楽しみたい人はアニシナベガイドがついた「Guided Hike」も申し込めるが、日数が限られているので早めに予約しておきたい。

Point Grondine Park
©DestinationOntario
Point Grondine Park
©Wikwemikong-Tourism

Endaa-aang Cabins

Endaa-aang Cabins
©Endaa-Aang-Tourism
Little Current, ON
トロントから車で約5時間半

オンタリオ本土のSudbury地域からマニトゥーリン島に入る途中にあるのがLittle Currentというエリア。自然を感じられるところに行きたいけどキャンプは苦手という人におすすめなのがここのコテージレンタル。Endaa-aang Cabinsは湖のそばの静かなロケーションの上、ベッドとシーツ、テレビ、キッチンなどの設備が整っているのでとても便利。

もうひとつのユニークなポイントはティピー(先住民の移動用住居)をレンタルしてキャンプができること!Little Currentを拠点にしているAundek Omni Kaning First Nationのパウワウ(集会・祭り)を6月初めに見ることができるのも楽しみだ。近くにもSheguindah First Nation Powwowが7月、Whitefish River First Nation Powwowが8月に開催されるので伝統的な祭りを見てみたい人はこのエリアがおすすめ。

Bon Echo Provincial Park

Bon Echo Provincial Park
©Ontario Parks
Cloyne, ON
トロントから車で約3時間5分

Bon Echo Provincial Parkではハイキングや釣り、バードウォッチング、水泳などが楽しめるが、ここで一番有名なのはMazinaw Rock Pictographsだ。Mazinawとはアルゴンキン族の言葉で「絵」や「書きもの」を意味する。

Mazinaw Rock
Mazinaw Rock ©Ontario Parks

Mazinaw Pictographsは南カナダで最大の先住民ロックアートで、カナダの歴史登録財にも指定されている。

Bon Echo Provincial Park
©Ontario Parks
Bon Echo Provincial Park
©Ontario Parks
Bon Echo Provincial Park
壮大な岩肌をじっくり眺めたい ©Ontario Parks
©Ontario Parks

ピクトグラフは2km近く及ぶ岩面に描かれており、湖をカヌーしながら見られるのが楽しみの一つ。
横に長いだけでなく、岩面の高さは100メートルにも及ぶので迫力満点。260以上ものピクトグラフを見ることができる。

Cape Crocker Park

Neyaashiinigmiing, ON
トロントから車で約3時間15分

先住民観光は夏に盛んになるが、一年中を通して先住民文化を学べるところを探しているならここを要チェック。Neyaashiinigmiing(Cape Crocker)では伝統的な芸術、植物を使った治療や儀式、アニシナベに伝わる神話などを学ぶことができる。トレイルを歩くガイドツアーもある。この地域にはメープルシロップを作る伝統があり、2018年に生産が再開されて今では町おこしに貢献している。キャンプグランドは7つあり、キャンプサイト数は315ヶ所。暖かい季節に何度も訪れたい人にはキャンピングカーを置いたままにできる「Seasonal Camping」というシステムがあるので便利。キャビンを予約することもできるので、ベッドで寝泊まりしたい人に向いている(シーツとライトなどのキャンピンググッズは持参)。