トロント大学で相次ぐ 外国人留学生の自殺―メンタルヘルスケアの欠乏、学生デモの行方|特集 トロント大学「U of T」

トロント大学で相次ぐ 外国人留学生の自殺―メンタルヘルスケアの欠乏、学生デモの行方|特集 トロント大学「U of T」

 今年3月、トロント大学キャンパス内の情報工学施設バーヘン・センターにて、同大学のコンピューター・サイエンス専攻の男子生徒が自ら命を絶った。世界的に著名なカナダを代表する総合大学であり、カナダ最古・最大の大学であるトロント大学だが、同学校の学生が自ら命を絶つという痛ましい事件が過去数年相次いで起きている。

 以前から、大学内のメンタルヘルスサービスの向上を望む声が生徒から挙がっていた同大学だが、今年3月の学生の死に続き、大学が事情を公式に説明せず、対応が後手に回っていることを非難する声が学生間で広がった。自殺直後に学生達によるデモが大学内で開催され、生徒達の相次ぐ自殺に関して大学の「危機」であるとして、大学側により真摯にこの問題に向かい合うことを求めた。更に学生達は、SNS上で実際に体験した経験を共有する動きを起こし、大学のメンタルヘルスケアサービスへの不満が浮き彫りになった。

 トロント大学の学生代表者ジョシュア・グローディン氏は、3月に起きた生徒の死について「過去一年内にキャンパス内で起きた自死は3件あり、この建物で起きた自殺は今回で2度目である」と地元紙に述べた。2018年の6月に同大学の生徒が同じバーヘン・センターの8階からメインロビーに飛び降り、救急医療士が呼ばれたが、命は助からなかった。

募る大学の対応への不満

 今年1月には別の学生がトロント大学の寮内で自らの命を絶つという事態が起き、学内に大きな動揺が広がった。同じ寮に住む大学二年生の生徒ジェミマ・ピクルス氏によると、生徒が亡くなった後に「学部長のオフィスは生徒の自殺に関する知らせのメールを校内で送るようなことはしなかった。何が起こったのか詳しくは分からなかったが、何かが酷くおかしいとは感じていた」と雑誌VICEに語った。遺族が公表を望まないという意向であっても大学は個人情報が特定されないよう配慮しながら学内に通知をし、未然に防げなかったことについて遺憾の意は表明すべきだが、ピクルス氏は「大学は生徒達の自殺に関してなるべく事情を公に出さないよう努めている」と述べた。

 トロント大学二年生の学生であるアレックス・フォルゲイ氏は、学生の自死に対する大学の対応について「大学はそれぞれの生徒の死を単独の出来事として扱い、より大きな問題の一部として把握しないことで本質的な変化を起こそうとしていない」と述べた。また、「たった一年の内に3人もの若者が自殺しているが、彼らの死はそれぞれ孤立した事件ではなく、より大きな問題の一部である」とも雑誌VICEに述べた。フォルゲイ氏は「この大学の文化にはより深い欠陥がありそれらの問題は取り組まれるべきだ。ただし、現時点で学校がすべきことは、校内のメンタルヘルスサービスに資金提供し、生徒達を守ることだ」と言及した。

自殺者は全員外国人留学生

 トロント大学のみに限らず、多くの留学生はカナダの質の高い教育を期待し、現地生徒と比較すると何倍にもなる高い学費を負担してカナダにやってくる。しかし、カナダの高等教育後の教育機関は留学生の質的な面における受け入れ体制は十分に整っていないのが現状である。
 
 弊誌がインタビューしたトロント大学の教授助手によると、トロント大学内の過去一年の自殺件数は報道にある3件だけではなく、最低でも4件あり、更に自殺した学生は全員外国人留学生であると述べた。トロント大学は数多くの外国人留学生を受け入れており、現在163カ国から留学生が在籍している。留学生の出身国の人数で見ると、一番多いのは中国(1万1544人)、次にインド(1027人)、アメリカ合衆国(806人)、韓国(582人)、香港(357人)であり、日本人留学生の受け入れ人数は現在192人である。

 「The Ministry of Advanced Education and Skills Development」は2020年までに高等教育後が外国人留学生になると推定しており、留学生受け入れ人数増加の意向を見せている教育機関が多い。しかし、オンタリオ州とアルバータ州の高等教育後の教育機関と提携し、外国人留学生のリクルーターとして過去15年間活動してきたメル・ブロイトマン氏によると、 オンタリオ州とアルバータ州の高等教育後の教育機関は「増加する留学生人数に対して彼らをサポートする為のサービスが追いついていない」とCBC Newsに語った。更に「海外留学生に資金を払って貰いたい」がために留学生を「搾取」しているとも述べた。

 家族と離れ異文化の中で勉強や研究をするプレッシャーにより、生きづらさを感じる外国人留学生は多い。たださえストレスが多く競争的な環境は、留学生にとってよりメンタルヘルスが阻害される傾向があるのは明らかである。また、経済的に厳しい学生ほど精神的ストレスが多く、彼らが精神的ストレスを感じた際にサポートできるシステムがあることは非常に大事であるが、供給が需要に充たないのが現状である。

メンタルヘルスサービスの圧倒的不足

 今年3月に起きた生徒の自殺の直後、100人以上のトロント大学の学生達がメンタルヘルスサービスの向上を要求するサイレントデモを大学内で起こした。デモはトロント大学の学長であるメリック・ガートラー氏の事務所と運営審議会が開かれた医学部の建物で行われ、数多くの生徒が「メンタルヘルスは身体の健康と同様に重要だ」など、メッセージボードを持ち廊下に静かに座り込む姿が見られた。

 学生を自殺に追い込んでいるのは資金不足による校内のメンタルヘルスサービスの圧倒的な不足であると彼らは訴え、デモに参加した学生達が問題点として上げたのは、大学でメンタルヘルスケアサービスを受けるまでの順番待ちリストの長さ、そして受けられるサービスの限られた選択肢である。デモ参加者の一人は大学の事務官にメンタルヘルスシステム改善のため、21の変化を求める手紙を書いたそうだ。21の項目の中には、健康管理スタッフの人数の増加、待ち時間の短縮、試験期間中の営業時間の延長などが含まれていると地元紙に述べた。

 デモに参加した政治学科3年生の生徒、シェルヴィン・ショジェ氏は、去年彼が校内で精神障害の治療を求めた際に「システム登録にまず1ヶ月から2ヶ月程度掛かり、更にセラピストとの予約を取るために2ヶ月掛かった」と地元紙The Starに述べた。合計3ヶ月から4ヶ月の間待たされるというのは、精神障害を持つ者にとって相当大変なことだとは予想がつく。同生徒は予約を取った後は週に一回、セラピストとの45分のセッションを受けることができたが、それまでの過程は辛いものだったと同紙に述べた。彼が体験した経験は「決してユニークなものではない」と述べており、数多くの学生が同じ経験をしていると述べている。
 
 同大学の他学生は、ツイッター上で「二年生の頃にヘルス・ウェルネスセンターと連絡を取ろうとしたことを覚えている。その頃は人生で一番辛い時期だった。センターの営業時間中に電話をしたが、自動音声にメッセージを残すように言われた。メッセージを残したけれど、連絡は一度もなかった」と述べた。

精神障害に苦しむ若者の全国的な増加

 トロント大学の生徒のみに限らず、今日カナダの若者の多くは精神障害に苦しんでいる。2016年の「National College Health Assessment」の調査データによると、オンタリオ州の高等教育後の教育機関の学生全体の46%が鬱病の症状を抱えており、「正常に活動することが難しいと述べている。全体の65%の学生が耐えきれない不安を経験したことがあり、2.2%の学生が自殺未遂を起こしているとデータを明らかにした。

 メンタルヘルスケアサービスへの資金が不足しているのは教育機関内のみではなく、カナダ全体として言えることである。カナダの医療制度はメディケアと呼ばれる国民皆保険制度を採用しており、原則として患者の自己負担が一切なく全てを税財源で公的に負担しているが、カナダ医療事情はメンタルヘルスケアの資金が不足しており、それが最大の問題点であると言われてきた。「Canadian Mental Health Association(CMHA)」の調査によると、カナダ市民の85%が「ヘルスサービスの中でメンタルヘルスサービスへの資金が最も足りていない」と述べている。

トロント大学の施策とそのネガティブな影響

 昨年6月、トロント大学の運営審議会は学内で協議した結果「学生の精神状態が本人と他者、そして本人と他者の学業にリスクを与える可能性がある場合は、強制的に生徒の退去を命じることができる」という施策を実行した。この新しい施策が通過した直後に、「Ontario Human Rights Commission」は施策に関して「学生が一番助けを必要としている時に退去を命じるというのは、〝生徒に害を及ぼすことを防ぐ〟という目的に反している」とトロント大学に注意喚起していたが、ポリシーの変更は行われなかった。ちなみに、昨年6月に起きた同大学の生徒の飛び降り自殺は丁度この施策が実行された直後である。関連性があるかは不明だが、精神障害に苦しむ者にとって、このような施策が周りに助けを求めることを阻害するということは明らかだ。

 3月のデモに参加した同大学の学生達の中には、この施策に関して「精神障害に苦しむ生徒達が名乗り出ることができない環境を助長する」として反対の意を表している。施策に関して「このような過失によって酷い校内環境が作り出された」と学生達は地元紙に述べており、学業を優先するあまり、学生達が精神障害に関してオープンに話すことができない環境を作り出しているとデモにて訴えた。

募デモ後の大学の対応~変化は期待できるか?

 トロント大学の校長メリック・ガートラー氏は、デモ後に校内のメンタルヘルスサービスの向上の為にメンタルヘルスサービスを慎重に調査する特別委員会を設置し、さらに今後委員会のメンバーを積極的に増やしていくと大学ウェブサイト上で公表した。

 また、大学外の健康管理機関と提携し、精神障害を抱える生徒達を委託することで、彼らが特別な治療を受けいれるようにするとも述べた。そして、オンタリオ州政府に高等教育後の教育機関に資金提供を増やすよう要請するとも述べ、トロント大学はオンタリオ州の大学の議会と共に「In It Together: Taking Action on Student Mental Healthy」の精神障害を抱えた生徒達を擁護する活動を継続していくと述べている。

取材・文= 菅原万有
企画=TORJA

Canada Suicide Prevention Service
電話番号:1-833-456-4566

Kids Help Phone
ライブチャット用電話番号: 1-800-668-6868

University of Toronto Health & Wellness
電話番号:416-978-8030
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