知っておきたいトロントの先住民の今|特集「トロントで 暮らし始めて vol.1」

 カナダの先住民族の歴史の始まりは1万年前とされる。カナダに住んでいると、ロジャーズセンターで行われるトロント・ブルージェイズのホーム戦の始まりや、イベントやビジネスのウェブサイトなどで「Land Acknowledgement」という言葉を耳にしたり、目にしたりすることがあるかもしれない。これは、「このイベント(またはビジネス)は先住民族の地で行われています」と認め、感謝と敬意の気持ちを表している。彼らの長い歴史には白人の植民地主義によって土地、文化、経済、そして健康までも失われてきた暗い過去がある。イベントやビジネスに関わる人たちが「Land Acknowledgement」をすることによって植民地主義が存在し、今でも現在進行形で影響し続けていることを認めている。悲惨な歴史の事実を受け入れ、和解に向けて動く姿勢を示している。

現在トロントにはおよそ7万人の先住民が住んでいる

 2016年の国勢調査によると、トロント市内に住んでいる先住民の人口は3万6995人から4万6315人に増えたという。それ以来増加傾向にあるが、住所不定やホームレスの人口を細かく把握できていないため、あくまで推定である。7万人という数はオンタリオ州の人口のおよそ2.4%を占める。カナダ全土を見ると、把握できている全先住民族の22%がオンタリオ州に住んでいることになる。オンタリオ州にはファースト・ネイションズ、メティス、イヌイットに属する人たちが暮らしていて、一つより多くの民族の血をひく人も少なくない。トロントの先住民の数が増加傾向にある理由は、10年前に比べると先住民への偏見が少なくなっているからだという。アクティビズムなどによる彼らへの理解が広まったため、自らのアイデンティティを公表することを誇らしく思えるようになったという。

トロント在住の先住民族の90%が貧困層

 トロントの先住民人口が増えつつある中、そのうちの90%以上が低所得者だという厳しい現状がある。およそ7万人の15%がホームレスだという。屋外に暮らすアウトドア・ホームレスの人口のうち23%が先住民だそうで、ホームレスシェルターなどで暮らすインドア・ホームレスの数も年々増えている。アウトドアでは独り身の場合が多いが、インドアでは家族の場合が多いという。先住民ホームレス人口を男女で2018年と2021年を比較してみると、男性は64%から60%に減っているが、女性は27%から32%に増えている。トロントで住民がホームレスになる最大の理由は所得の低さと家賃の高騰にある。そのほか大家とのもめごと、アルコールやドラッグの中毒、メンタルヘルスの不調、パートナーからの暴力や居住エリアの危険さなどが挙げられている。

「Truth and Reconciliation(真実と和解)」への道のり

 カナダで「Land Acknowledgement」の次によく目にするワードは「Truth and Reconciliation(真実と和解)」だ。先ほど説明した「Land Acknowledgement」がまさに「Truth and Reconciliation」へ向けての活動なのだ。なぜ今この活動が重視されているかというと、カナダにおける白人の先住民への暴力は文化的にとどまらず、心身的で精神的なものだったことが近年のニュースで公になったからだ。

 最近では2021年5月にカナダの先住民の子供たちが強制的に入れられた寄宿学校の跡地数カ所で大量の遺骨が見つかったことが大きなニュースとなった。その遺骨は生きて実家に帰ってこられなかったこどもたちの遺骨だった。

 1876年に成立された「インディアン法」により、先住民らは政治体制を持つこと、文化儀式を行うこと、教育を与えるなど、コミュニティーとして存在する権力を失い、カナダ政府の支配下となった。のち1884年に改正された際、同化政策の一環として139の寄宿学校(Residential School)がカナダ中に設立された。政府の資金によってカトリックやプロテスタントらの教会が学校を仕切り、少なくとも15万人の4歳から16歳の先住民の子供たちが拉致されてまでも強制的に通わされていたという。学校で自身の民族語を話すことはもちろん、信仰や儀式も禁止された。容姿や名前までもが変えられた。教育はおろそかで、強制労働を強いられ、食事もまともに取らせてもらえなかった。栄養失調や病気、身体的暴力と性的虐待などによりたくさんの死者が出た。139あった寄宿学校は1996年に最後の一校が閉校された。今までに正式に数えられている遺体の数は4130体だが、実際の数は1万に及ぶという。トロントに一番近くあった寄宿学校は西に100㎞ほど離れたBrantfordにあり、そこでも発掘調査が進められている。

 言うまでもないが、先住民が生き抜いてきた辛い過去は彼らの今の生活に支障をもたらしている。彼らは居場所や家族、文化、習慣、言葉、発言の自由までも失ってきた。メンタルヘルスの崩壊に影響される貧困やドラッグやアルコールの中毒は以前から深刻な問題になっている。移民の多いこの自由な地で一番肩身狭い思いをしているのは先住民なのではないだろうか。

トロント住民は先住民の歴史についてもっと知りたいと感じている

 2020年に「Myseum of Toronto」が18歳以上の住民にアンケートを取ったところ、75%の人が先住民族の歴史についてもっと知りたいと答えたという。そして83%がトロント全体の歴史をもっと知りたいと感じていた。カナダ全土の学校で先住民族の歴史が教えられているが、カリキュラムの内容や正確さを見直す必要があると批判する保護者は少なくない。植民地主義の影響や寄宿学校への強制入学など、若い世代に教えるべき課題はたくさんある。だが、残念ながらオンタリオ州は2018年に先住民族の歴史を教えるカリキュラムを見直すプロジェクトを中止している。このためオンタリオ州知事ダグ・フォードはたくさんの批判を浴びることとなったのは記憶に新しい。