カナダの子育て世代の働き方事情 過去、現在、そして未来|特集「TORJA創刊150号」

カナダの子育て世代の働き方事情 過去、現在、そして未来|特集「TORJA創刊150号」

日本で女性の社会進出が進んでいるように、この40年でカナダでも子育てをしながらキャリアを諦めず仕事を続ける女性が大いに増えた。国の「Labour Force Survey (LFS)」の調べによると、年齢が20歳から49歳で3歳以下の子供を育てる女性が仕事を続けた率は1976年には33.5%と低かったが、2022年には77.1%にも上っていたことがわかった。
 過去40年の間に国全体と各州の産休と育休制度が充実し、出産後または養子で子供を迎えた家族が働きやすくなった。しかしまだまだ男性の育児休暇取得率は低く、人種によっても子持ち女性の働き方は異なる。カナダの子育て世代は時代によってどう変わってきたのか?これからどのように変わっていくのか?じっくり見ていこう。

変わりゆく女性の働き方

1976年、「LFS」がカナダ人の働き方について研究を始めた当初には子供を持つ専業主婦が150万人ほどいた。英語でいう「Stay-at-home Parent」の97%が女性のことを示し、わずか3%が男性だった。だが2015年には子持ち専業主婦は44万1千人と大幅に減少していたことがわかった。女性が出産後もキャリアを続投することがより当たり前になったと言える。

2009年と2019年の産前産後休暇または育児休暇を取得した女性を比べたデータによると、2019年の対象グループの方が年齢も学歴も高かったことがわかった。大学卒業者は31%から51%に増加。同じ職場で働き続ける人が増え、同時に給料も上がっていた。その10年間で子供を持つ女性医療従事者は13%から19%へアップ。しかしビジネスやファイナンス、マネージメントなどのオフィスワークにつく女性は6%減った。そしてカナダ以外の国で生まれた女性は17%から27%へ増え、移民人口増加と関係があることも考えられる。10年間、子持ち女性の家族環境に多くの変化は見られず、9割がカップルで1割がシングルマザーだった。

男性の育児休暇取得率

2017年に行われた「General Social Survey」によると2012年から2017年の間、カナダでは男性社員10人のうち7人が育児休暇を取っていたというデータが明らかになった。
2022年の統計ではケベック州で最も高い男性育児休暇取得率を保持し、国の平均7.3% を上回る11.7%だった。
ケベック州では2006年から独自の制度が導入され手厚い補償を得られるので他の州に比べ女性も男性も産休・育児休暇の取得率が以前から高いことで注目されている。

一般化した「Stay-at-home Fathers(専業主夫)」

カナダでは子持ち専業主婦が減少傾向にあるが、同時に子持ち専業主夫が増加傾向にあることが分かっている。70年代以降、国の全ての州で「Stay-at-home fathers」が増え、特にニュー・ブランズウィック州やニューファンドランド&ラブラドール州、ノバ・スコシア州、プリンス・エドワード島州などがある「Atlantic Provinces」と言われる東海岸で多かった。

「LFS」による長年の調査では1歳以下の子供を持つ父親の育児休暇取得率は2007年以来ずっと9%にとどまっており、家で育児に専念する男性は圧倒的に少ないと思われていた。しかし子供の年齢を制限せずに調査をすると、1976年から2015年の間「Atlantic Provinces」の州では昔に比べて15%も増えていた。子持ち専業主婦が最も少ないケベック州では13%上昇、反対に最も多いことで知られるアルバータ州でも6%増えていた。

人種で異なる産休・育休事情

カナダの人口は白人が圧倒的に多いが、世界のさまざまな国から移民してくる人が多いため人種や移民ステータスはニュースや統計を見る際に欠かせない情報だ。一般的なデータを見ると、働く女性は国や州の産前産後休暇と育児休暇制度が年々充実するごとに活用し、なるべく長く休みを取ったのち職場復帰するようになったと思われる。しかし、人種ごとに分けて見ていくとそのパターンに当てはまらない女性たちもいることがわかってきた。

2022年、カナダに住む黒人女性の産休または育休取得率は77.4%と白人以外のどの人種よりも高かった。同じ調査では中国人と南アジア人が共に73%。だがアラブ人女性は最も低い48.4%で、もともと職についていなかったか、妊娠を機に退職せざるを得なかったかのどちらかの理由が考えられる。そして1歳以下の子供を持つ男性の産休・育休取得率もカナダ生まれの人では7.9%、移民の場合6.4%と低く、生まれ育った環境と文化が産休・育休取得率に影響しているのではないかということが少しずつ分かってきた。

見過ごされつつある移民女性のスキル

移民には子育ての文化的な違いの他にも、言葉の壁や学歴が低いなど色々な偏見や差別が付きまとう。しかし近年、研究者らの懸命な調査により移民女性はカナダ生まれの女性に負けないくらいの行動力を持っていることが証明され、理解されつつある。
移民女性はカナダに入国後、すぐではないがゆっくりと時間をかけて職につく傾向があることが分かってきた。管理職やハイスキルな職につく割合は少ないが、それは決してスキルがないからではない。カナダでは国内で培った職歴や経験を重視するため、例え移民が外国で素晴らしい経歴を持っていたとしても簡単に職を見つけることができないからだ。

実は移民女性の方がカナダ生まれの女性より学歴が高いことも2016年の研究で明らかになっていて、フル活用されていない本当に必要な人材は移民たちの間に眠っていると捉えても良いのではないだろうか。

先住民の就職事情

未来のカナダを考える上で今最も注目されているのは移民の増加だが、もう一つ大事なのは先住民人口の増加だ。2012年ごろからすでに先住民人口はどの人種よりも増えており、今では他の人種の2倍のペースで増えている。働き盛り世代が最も多いが、実は最大の失業率を経験しているグループなのだ。2015年の調べでは、先住民の失業率は平均12.4%にも上った。この数字は先住民以外の人種の失業率の平均の2倍だった。特にブリティッシュコロンビア州と東海岸の州では先住民失業者が目立ったが、反対に少なかったのはマニトバ州とアルバータ州だった。

完全に失業している人では女性に比べて男性が多かった。女性は失業というカテゴリーに当てはまらず、ほんの数時間のみパートに出る人や子育てをするために育休中の人が多かったという。1歳以下の乳児を育てる20歳から49歳の女性の産休また育休取得率を見ても、居留地に住んでいないFirst Nationsの人では60.3%、Metisでは61.1%だった。この数字は移民女性の69%よりも低く、カナダ生まれの女性の76.3%よりはるかに低かった。

自分の未来を自ら変える先住民女性たち

失業が先住民族を貧困に追いやり、健康も気力も失う人が後を絶たない。彼らの間では若い年齢での妊娠や出産、そして一人親家庭も珍しくない。子供が多ければ多いほど、母親が正社員でなくパートでしか働けない確率が高くなると言われている。しかし先住民女性はまるでこのようなスティグマを消し去るかのように学位取得に励んでいる。
2011年以来、先住民女性は先住民男性に比べてはるかに多く働きに出ており、最終学歴も男性に比べて高いことがわかっている。将来、先住民の労働力を牽引していくのは女性たちかもしれない。

コロナで変わった育児専念後の働き方

コロナ禍、リモートで働く子持ち社員への配慮や気配りが当たり前になった時期もあった。だが2022年の夏以来、コロナ対策緩和によりテレワークのオプションが減りつつある。コロナ前の、人のプライベートに無関心な職場ムードが少しずつ戻りつつある中、子育て世代はこれからの働き方に不安を持っていることが調査されている。
子供がいる自宅でのリモート勤務にストレスを抱える人もたくさんいるが、育児もこなしながら仕事もできるというプライドも大事だと専門家は言う。

「Robert Half Canada」という大手人材会社が2023年上半期に行った1100人を対象にしたアンケートによると、子供を持つ女性会社員の57%は2023年に入ってから新しい就職を探していると答えた。
そのうちの82%はリモート勤務とオフィス勤務を合わせたハイブリッドワーク、またはリモート勤務のみを希望している。
26%の女性社員は働き方の柔軟性を転職希望の理由としている。アンケートでは女性が対象になっていたが、子持ちの男性社員も育児休暇からの職場復帰のペースを決められる柔軟性や、1日の仕事始めや終わり時間を自分で決められる自由さを求めていることがわかった。

これから何が変わる?カナダの働き方世代を影響するかも知れない3つの注目点

$10-a-day 保育プログラムの導入

連邦政府はこれから徐々に保育料を減らし、2026年までには一日10ドルまでに引き下げると公約している。トロントエリアでは家賃ほど高い保育料だが、このプログラムの導入により金銭的な子育てのストレスが減るのではないかと期待されている。心配されるのは現在建設予定中の保育所の数でも将来的に足りないことと、保育士不足。教育大臣スティーブン・レッチェ氏のリーダーシップが懸念されるだろう。

昨年5月「CP24」に掲載された記事によると、一日10ドルの保育所が実現するとオンタリオ州だけでも10万人の女性が社会復帰すると見込まれている。成功すれば保育現場で就職者が増え、母親の社会復帰も可能になるため、ウィンウィンを期待してもいいのではないだろうか。

週4日勤務が身近なものに

以前から注目されていた「4-day work week(週4日勤務)」。この新しい働き方では勤務時間を減らすことで仕事の効率を上げることが目標だ。
2022年の6月から12月までアメリカとイギリスの研究者チームらが行った実験では2900人の39%がストレスをあまり感じなくなり、ストレスよりひどい「バーンアウト(燃え尽き症候群)」の兆候は71%の人が感じなくなったと答えた。

もしカナダでも一般的に導入された場合、職場によって1日の勤務時間の長さが変わってくるので、8時間の人もいれば10時間になる人もいるという。転職を考えている人は気をつけたい点だ。
あと、1週間の勤務日が決まると簡単に変えられない可能性もある。自分の都合で「今週はこの日を休みたい」と自由に決められるまで「4-day work week」は成功しないのではないかという声も上がっている。

求められる職種の変化

人材会社の「Randstad Canada」は2023年の初めに、カナダの最も需要の高い職業を発表した。トップに輝いたのはソフトウェアの制作を手がけるデベロッパー。その後にはHRマネージャー(人事課長)、メカニカル・エンジニア、溶接工、簿記と続く。ITの仕事がトップなのはデジタル社会において何の驚きもないが、カナダではこれから住宅や施設の建設ラッシュがさらに増えることが予想されている。そのためエンジニアや溶接工の他にも大工や電気工事士など「Trades」での仕事の需要が高まっている。

移民や失業者、専業主婦・主夫などでこのような職人スキルを持っている人たちがいればいいのだが、国内でも若者にこの職種に興味を持ってもらうため政府が工夫している最中だ。しかし、変わらず人気のある接客業務やデータ入力も需要が高いため、カナダでの仕事経験が浅い人でも採用のチャンスがあると見てもいいのではないだろうか。

おわりに

筆者はこの記事を書くにあたって過去40年のデータを読み漁ったが、考えれば40年前と今では働き方だけでなく女性の社会的地位もテクノロジーの存在も全く異なる。テレワークが当たり前になったのはほんの数年前のこと。これから10年、いや、5年だけでも働く上での「当たり前」がまた変わっていくかもしれない。

パンデミックや自然災害、教育者のストライキ、生活費の高騰など、現在の子育て世代には限りないチャレンジがある。減りつつあるテレワークを求めて遠くへ移住する人も出てくるかもしれない。またはこれから専業主婦・主夫が増える可能性も否定できない。どれだけテクノロジーが人の生活を便利にしても、人は「自由」や「お金」、常に何かを求めて変わっていくのではないだろうか。カナダが全ての人が平等に、自分らしく働ける国であってほしい。