【新年号特別インタビュー】日本的な考え方を超えて見つけた自分らしさ Daily Dose Coffeeオーナー岩田和希さん|2024年新年号特集|アイデンティティーの交錯「カナダ人であり日本人であるということ」

【新年号特別インタビュー】日本的な考え方を超えて見つけた自分らしさ Daily Dose Coffeeオーナー岩田和希さん|2024年新年号特集|アイデンティティーの交錯「カナダ人であり日本人であるということ」

三菱商事カナダやスコシアバンクなどの大手企業に勤め、退職してコロナ禍にカフェを開いた女性がいる。生まれてすぐに家族と共にカナダに移住した岩田和希さんは、家や日本語学校で日本の文化に多く触れてきた、日本人としての一面を強く持つ日系カナダ人だ。良い大学を出て良い会社に勤めることが良いとされてきた日本の考え方に影響を受けつつも、最終的にはビジネスを始めるという自分の道を見つけた和希さん。
カフェを開くまでにどんなストーリーがあったのか。これまでのキャリアや日本とカナダで感じる文化の違いなどについて語ってもらった。

2つに分かれたアイデンティティー

Daily Dose Coffeeオーナー岩田和希さん

―何歳のときからカナダに住んでいるのですか?

当初、両親はカルガリーに住んでいました。母が妊娠8〜9カ月の頃に出産の為に日本へ帰国、私は、千葉県で生まれ、生後6ヶ月で母親と共にオタワで父親と再会。2歳の時にトロントへ移住してきました。

―生まれてすぐカナダにいらっしゃったんですね。ご自身のアイデンティティーについてはどう考えていますか?

私は日本とカナダのハーフであり、2つに分かれているという感覚でしょうか。家ではもちろん日本語を話すし日本のドラマもたくさん見てきました。幼稚園から高校卒業まで毎週土曜日は日本語学校にも通って日本語を話す日本人として育ちました。だから私の仕事に対する倫理観や価値観、モラルはとても日本的で、その点では伝統的な日本人とも言えると思います。

その一方で、表現の仕方や感じ方、感情という面では西洋的だと思います。だから私は日本人でもありカナダ人でもあります。一方でおもしろいことに、私は日本に行くと「外人」です。でもカナダでは日本人とみなされる。だからこそ、子どものころはとても混乱しました。私は誰だ、私のホームはどこだと、常に日本人とカナダ人の間で揺れ動いていました。

―そのような複雑な思いを抱えつつ、日系カナダ人として大変だったことはありましたか?

差別のようなものも受けたことはないですし、私は幸運だったと思います。大学に入るまで友人にほとんどアジア人はいませんでした。そもそも私が小さい頃はアジア人自体が少数でしたからね。今はアジア人はどこにでもいますしアジア系の看板や広告もたくさん見かけますが、それはごく最近始まったことです。昔はアジア人であることは一般的なことではありませんでしたが、私は周りから受け入れられていると感じていました。

伝統的な考えを持ちつつ求めた「何か」

カフェの店内の様子

―カフェを開かれる前は銀行員をされていたと伺いました。

15年ほど銀行で働きましたが、大学を卒業してすぐに就職したのは三菱商事カナダです。マーケティングコーディネーターとして4年ほど働いた後に転職し、BMO、スコシアバンクなど金融機関系で働きました。その後4年間ほど世界中を旅行し、もう会社には戻りたくないという気持ちがあったので自分でカフェを開くことにしました。

―なぜ最初は日本企業で働こうと思ったのですか?

私は日本人でもありますし、最初は良いかなと思って入社したんです。私の両親はある意味で伝統的な日本の価値観を持っていて、例えば三菱商事や銀行などの企業はちゃんとした会社で安定的だし、親からすると安心ですよね。両親は良い大学に行って大企業に入ることがベストだと私に言い聞かせてきたので、それが私の道なんだと思って生きてきたんです。しかし実際に働いてみて、会社勤めというものは私には合っていないと気づきました。

―始めはご両親の影響が強かったということでしょうか。

価値観やモラルといったものは、非常に親からの影響を強く受けていると思います。両親は伝統的な考えを持っているとはいえ、そもそも日本を離れて海外移住していますし、日本という国が合わなかったという点では典型的な日本人とは違うと思います。私は親の考え方をある意味では普通だと思いながらも、いつも心の中では常に何か別のものを求めていたんだと思います。

―銀行での仕事を辞めた際、どうして「会社にはもう戻りたくない」と思ったのですか?

銀行で働いていた際、自分はある地点に到達したと感じたことがありました。自分はあとどれだけ成長できるか、あとどれくらいプロジェクトを成功させればいいのか。そういったことを考えていくうちに、これ以上やりがいを感じられなくなったんです。新しいことを始めようとしていたわけではありませんでしたが、このままここで止まってしまうのにはまだ若すぎると思いました。もっとチャレンジして学んで成長したいと思ったので、後悔しないためにも自分でビジネスをするという道を選ぶことにしました。

排他的に感じた日本の文化

開店日の様子

―カナダと日本の文化や社会の違いについて、どう感じていますか?

どちらの文化・社会にもそれぞれの美しさがありますよね。日本文化は深い伝統に根ざしていますが、対してカナダは歴史が浅いので文化としてもとてもフレッシュな側面があります。だからこそ異なる文化や異なる民族を受け入れる寛容さを持ち、オープンマインドで世界中の人を受け入れる良さがあると感じます。

でも日本の文化はとても閉鎖的だと感じています。私が日本に行った際も私を受け入れてくれていないように感じて、排他的だと感じる瞬間も多々ありました。

本当は大学を卒業したら日本に住んで働きたいと考えていました。ですが、実際に企業で働くにつれて自分には無理だと気づいたんです。

例えば、女性は出世できない雰囲気があったし、自分の考えを表現できない、意見を言えないといった空気があるので、企業内でキャリアアップするのに時間がかかります。

でもそれも全て日本の伝統ですよね。ある意味で美しさもありますが、全てを失うことなく一部の伝統を残すためにはどうしたらいいのか、バランスを取ることは難しいです。

それでも、古い考えは変えていくべきだと強く思います。

―日本の企業風土が肌に合わないと感じたとはいえ、学んだこともありますか?

もちろんです。職業倫理や労働倫理など特に両親から教え込まれました。家族の価値観、時間を守ること、「おもてなし」の心も全て小さい頃から教わってきたように思います。

私のカフェではお客様に友達のように感じてもらえたら嬉しいし、日本のおもてなしの心を感じてほしいと思っています。常連客の名前も犬の名前も覚えるようにしていて、お客様に気軽にまた足を運んできてほしいと願っています。それも日本のおもてなしの一部だと思いますし、これこそ日本人だと思っています。

起業家だった父に抱いた憧れ

カフェで販売している食べ物

―もともと起業に興味があったのですか?

実は亡くなった父が起業家だったんです。父はとても知的で率直で大胆な性格だったので、日本のサラリーマンという環境には向いていなかったんだと思います。

両親は、1970年にバンクーバで移民申請をしてビザを習得。そして父は、HY’s STEAK-HOUSEの社長とパートナーシップを組み、鉄板焼きレストランをバンクーバーに、神戸ステーキハウスをホノルルにオープンしました。そして、さらに新しいパートナーとは、オタワ、カルガリー、エドモントンではジャパニーズ・ヴィレジ・ステーキハウスを設立しました。

その後モントリオールオリンピックの年1976年に父は、新しい挑戦として、トロントとニューヨークで毛皮の卸 と製造会社を作り、ファッション系の起業家としての地位を確立しました。

そんな父の姿を近くで見ていたので、私は父自身にも、父 の起業家精神にも大きな刺激を受けたとともに、憧れを抱いてきました。

―なぜ「カフェ」を選んだのですか?

個人的にホスピタリティーをいつも楽しんでいましたし、コーヒーも食べ物も好きだったからです。勉強などの目的で街の小さなカフェに行くのが好きだったという理由もあり、コロナ禍で大変な時期ではありましたが2022年2月にカフェをオープンすることになりました。

―和希さんのカフェの魅力はなんだと思いますか?

ドリンクを作る和希さん

お客さんに合わせて飲み物をカスタマイズできるところだと思います。

例えばアメリカーノを作るとして、コーヒーの濃さはどのくらいが好きかお客様に聞いてお湯の量を教えてもらうようにしています。マキアートの場合はエスプレッソショットにフォームのミルクを足しますが、1スクープが好きな人もいれば3スクープが好きな人もいますよね。飲み物というのは、一人一人好みが違います。お金を払うわけだから、自分の好みの味にしたいじゃないですか。お客様が求めるものをきちんと聞いてから提供したいです。

居心地の良さを感じてもらう場にしたい

―カフェを経営する中で大変なこともあったのでは?

開店したばかりの頃は、肉体的にきつかったですね。毎日朝5時半から夜7時まで1人で働いて、300日間1日も休まずに働きました。

それ以前の私の仕事といえば、スーツを着てオフィスでパソコンを使ったものだったのに、カフェでは毎日14~16時間、最高で18時間立ちっぱなしで働かないといけませんでした。家に帰る頃には眠くてしょうがなかったです。

会社勤めの時と完全にライフスタイルを変えなければなりませんでしたし、体重も大幅に減ったくらい大変でした。最初は誰も雇えず本当につらかったですが、どうにかアドレナリンで乗り越えました。

―このカフェがお客様にとってどんなカフェになったらいいなと思っていますか?

あるお客様がカフェのレビューの中で、「お店に行くと、友情のようなものを感じる」とコメントしてくれたことがありました。その言葉をとても気に入っています。店に入ってくるみなさんに歓迎されていると感じてほしいです。フレンドリーで居心地の良い、清潔で快適な雰囲気を感じてもらいたいと常々考えています。

―夢はなんですか?

私の夢は、ビーチに行って二度と働かないことです(笑)。正直、働くことは私の夢ではありません。でも、チャレンジし続けることが好きなんです。それに仕事は楽しいですよね。

よく「あなたの夢が叶ったお店なのね」などと言われますが、働くことは私の夢そのものではありません。今は、働かなければいけないのでそれなら自分のやりたい事を自分のやり方でやって行きたいと思っています。

―カナダでビジネスを始めようとしている人たちへメッセージをお願いします。

良いメンターを探すといいと思います。ある年齢に達すると、人というのは誰かを成長させたいと感じるものです。もしコーヒーショップを開きたいというような夢がある人がいれば、私はビジネスプランもお店の開き方も教えることができると思います。ビジネスを学ぶには、メンター的存在の人を見つけてその人から学ぶのが一番です。ぜひメンター探しをしてみてください。

【プロフィール】
岩田和希(いわた・かずき)
千葉県生まれ。両親は、日本人。生後6ヶ月でカナダ・2歳でトロントに移住し、幼少期は現地のフランス語の学校に通いながら日本語学校にも通う。
ウェスタン大学卒業後は三菱商事でマーケティングコーディネーター、BMOやスコシアバンクなどの銀行でイベントマーケティングを担当。計19年勤務した後に退職し、世界旅行などをした後2022年2月にカフェ「Daily Dose Coffee Bar」をオープン。カフェは平日午前7時半~午後5時、土曜午前8時半~午後5時、日曜午前9時~午後5時。オズグッド駅から徒歩5分。