マーベル:世界一のキャラクター出版社|世界でエンタメ三昧【第76回】

マーベル:世界一のキャラクター出版社|世界でエンタメ三昧【第76回】

日本で売れていないマーベル作品

 第75回でマーベルの設立から2008年までの動きを追ってきましたが、今回はディズニー買収後のマーベルについて語ります。もはや日本でも知名度を確立したマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)は2時間分の映画22本構成からなる、2008年の『アイアンマン』から始まり、2019年『アベンジャーズ/エンドゲーム』『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』でPhase3が終わった、いまだに続いている映画シリーズです。22作合計21・7ビリオンドル(約2.4兆円)、1作品「平均」で1千億円を超える数字は、映画史上において『スターウォーズ』も上回る最高額に到達した前人未到の数字でもあります。

 では果たして、このMCUがどこまで日本でインパクトをもったでしょうか。もちろん名前は聞いたことがあるという人がほとんどでしょうが、実はこれをきちんと全て見終わったという知人友人は私のまわりでも片手におさまってしまう。1本2時間強で50時間以上に及ぶこのシリーズ、1本1本が『鬼滅の刃』『千と千尋の神隠し』の数倍規模で売れているということについてちょっと違和感があるというのが、一般的な感覚ではないでしょうか?『アントマン』が500億以上、『ソー』や『ガーディアンオブギャラクシー』が800億以上と聞くと、ちょっと実感がわきません。

 さもありなん、日本市場で全22作品の興行収入は約400億円、全世界の合計1.7%を占めるに過ぎないのです。もちろんこれだって1作品10~20億円ではみられてはいます。人数にすれば100万人は超えている。ですが、世界的知名度に比べればまだまだ足りないでしょう。最も観客が多かった作品で2019年『アベンジャーズ/エンドゲーム』(アベンジャーズとしては4作品目)で、興行収入61億円、観客動員数400万人です。

中韓に完全にビハインドの日本、徐々に盛り上がり

 世界で年間4.6兆円強にもなる映画市場において、米国1.2兆円、中国1.0兆円に対して日本は世界3位の2600億円市場です。第61回特集でみたように日本の映画史上はなかなかのものです。ただ市場シェアも6%でありながら、MCUは世界売上の1〜2%しか日本では獲得できていない。相対的にみると、日本の半分以下しかない韓国映画史上におけるMCUの売上は驚異的です。韓国市場で全22作品の興行収入は約950億円、全世界でみた平均は4%、1作平均でも40億を超えています(ちなみに中国市場は約3千億、で全世界の13%、1作平均130億円!)。

 つまりマーベル最強ともてはやされても、ディズニーからみた優先順位でいえば、米国3割、中国2割、そのほか、英・独・仏・韓・墨・伯・印・豪あたりが2〜3%ずつで2割、日本はその他の3割に入ってしまうような状況なのです。ではもはや成長停滞国の日本映画市場は無視されるレベルなのかというとそれも違って、図1でそれ以外の映画でみると『アナと雪の女王』でいえば日中逆転して米国3割の400億、日本2割の250億で中韓は足しても100億強、ハリウッド版『Godzilla』も日本7%、『スターウォーズ』は日本5%といったところ。つまり、ハリウッド作品のなかでも日本受けするものと、欧米+中韓受けするもの(MCU)で結構分かれてしまっているのです。

 なぜかMCUが受けない日本でも、もちろんこれだけ映画が上映されていれば効果もあるもの。2008〜11年は本当に苦戦していたものの、総集編である『アベンジャーズ』は1(2012年)の35億から2(2015年)26億、3(2018年)34億、4(2019年)55億と、これを基軸に『ドクターストレンジ(2016年)』や『スパイダーマン(2020年)』など人気のあるキャラクターは世界シェア2.5%のところまでよく売れるようになってきています。

子供に支持されない映画は映画館に集まらない

 映画は子供から流行します。それは配信時代においてあえて映画館という場で勝負する体験が、より共感型・体験型になっていくほど、今後も強くなる傾向だと考えます。エンタメ娯楽への感度がどんどん衰える大人にとって(音楽なんかは特に10代のころの音楽しか聴き続けなくなる…)、「子供と一緒に過ごせる場」としての映画は、重宝するエンターテイメントです。個人的にはMCU作品も学問的に興味ありますし、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『約束のネバーランド』など自分で見たいものが結構あるのですが、妻子供を置いて1人で映画館にいくのは休日ゴルフ並みにバツの悪い。個人の趣向性のある映画は配信で個別に視聴しつつ、映画館体験に優先されるのは子供が楽しめて、なおかつ自分もまあまあ楽しめるもの。そうなると以前はジブリでしたし、最近はコナンやクレヨンしんちゃん、そして天気の子や鬼滅です。

 日本では1990年代からジブリが家族の映画館習慣を導いてきました。第66回でみてきたようにその資本構成を変えながら、ジブリは20年間にわたって、毎年家族で視聴する何か、に対して大きな役割を担ってきました。その習慣は春休み・GWといえば映画という〝自動変換〟を可能にし、2014年の『風立ちぬ』以降にほかの映画作品の繁栄を手助けすることにもなります。

 子供向け春劇場映画の3作品、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」「名探偵コナン」は明確に2015年以降に興行収入を増やします。これはいわゆるジブリロスで、家族で視聴する何かを求めてこの3作品に転化していった結果だと思っています。

 では子供に刺さるMCUが日本で実現できるのか、というと日本にはヒーローものが過当競争にありすぎる、というのが難しい理由だと思っています。前述のようにすでに多くの国民的キャラクター、ヒーローが大量にある日本映像業界では(特に日本映画の年間上映本数は米国900本、中国900本に対して、日本1200本!10分の1にも満たない市場パイを、大量の映画が食い合っている状態です)、なかなか付け入るスキがない、というのが実情でしょう。マーベルヒーローの主人公は基本的には「おっさん」であり、外国人。アンパンマンから戦隊、ライダー、そして鬼滅の刃とヒーロー像をたどってきた子供たちに、いきなりその新しい消費を飲み込ませるのは難しいなと感じます。

 でもカナダでもシンガポールでも、いざハロウィンでもある日には子供たちが確実に着替えるのはキャプテンアメリカやスパイダーマン。そしてアイアンマンの鎧のようなコスプレを誇らしげに5歳、6歳といった子供たちが誇らしげに着こなします。30人子供がいれば少なくとも2人・3人はキャラかぶりのマーベルキャラクターを着ているものです。でも日本に帰ってからというもの、ほぼマーベルコスプレを見たことはありません。この国だけが、子供たちが違うものを味わい、違うものに惹かれ、そのまま育っていくのだなと思います。

 ただ映画が映画館のものではなく個別消費が可能なモバイル・タブレット・スマートテレビに派生していったとき、そのコンテンツの作り方はずいぶんと多様かつセグメント化されたものになってくることでしょう。