トロント国際作家祭 特別インタビュー 米国「バチェルダー賞」に輝く児童文学作家柏葉幸子さん

 数多くのファンタジー作品を生み出し、子どもから大人まで夢中にさせる児童文学作家の柏葉幸子さん。今年、アメリカで翻訳出版された児童書の中から傑出した作品に贈られる「バチェルダー賞」を受賞し、トロント国際作家祭に参加した。日本を飛び越え、いまや世界中で作品が読まれていることについての思いや、幼少期の本との思い出、そして次回作に込めたメッセージについて話を聞いた。

人の命や時間のことを考えてもらいたいと初めて思った一冊

ー幽霊の女の子とクラスメートの不思議な夏休みを描いた作品、『帰命寺横丁の夏』(英訳『Temple Alley Summer』)でバチェルダー賞を受賞されました。受賞が決まったときのお気持ちはいかがでしたか?

 すごくうれしかったです。アメリカで出版していただいたこと自体がすごくうれしくて、それだけでもすごく満足でした。

 『帰命寺横丁の夏』は、11年前の東日本大震災の年に出版しました。震災でたくさんの命が失われた年に、偶然ですが、命がよみがえるお話の本を出すことになりました。私は普段、あまりテーマなど考えずに物語を書くんですよ。ただ「おもしろい」と思ってもらえれば良いと考えているのですが、この本については、人の命や時間のことを考えてもらいたい、みんな平等に与えられているはずなのに平等じゃない時もあるということを考えてもらえれば、と初めて思った本だったので、私にとってすごく大事な一冊になりました。

 それでも、自分の思ったほど売れなかったんです。「この物語は、日本でこのまま好きな人だけが読んで埋もれていく本なんだろうな」と思ったらすごく悲しかった。そんなときに、今回翻訳してくださったエイヴリ・宇田川さんがすごく気に入ってくださって、英語に訳してアメリカで出版社まで見つけて出版にこぎつけてくださいました。 あの物語が埋もれないで海外の方に読んでもらえると思うと嬉しいです。

ー授賞式で米国に行かれてましたが、印象に残ったことはありますか?

 バチェルダー賞は司書の方々が選ぶ賞で、本を読んでくださった学校や図書館の司書の方々にはお会いしました。アメリカでは、司書の皆さんが自分の気に入った本を学校や図書館に持ち帰って、「これおもしろいよ」と広められるそうです。皆さん大きなリュックサックに本を何冊も詰められている姿を見て、本に対する信頼と熱を感じることができました。

ー翻訳されたことで、世界中に先生の作品が広がっているんですね。

 私の作品は韓国や台湾、中国などアジア圏では出版されていますが、やはり英語となるとさらに読者が広がりますよね。『帰命寺横丁の夏』のドイツ語版も決まりました。来年には、東日本大震災をテーマに書いた『岬のマヨイガ』も英語に翻訳されます。

ファンタジーの世界に魅了された子ども時代

ー海外のファンタジー作品が子どもの頃から好きだったそうですね。

 生まれは岩手県宮古市ですが、父の転勤にあわせて岩手県の遠野や花巻に住んでいました。父が『岩波少年少女文学全集』という翻訳本を1ヶ月に1回買ってくれて、様々なファンタジーに出会いました。おもしろいなと思いました。ほかにもケストナーやファージョンといった作家が好きでしたし、翻訳本で囲まれて育った感じです。

 外国のファンタジー、例えば『メアリー・ポピンズ』とか『床下の小人たち』などがすごく好きでしたが、ありえない世界に連れていかれるというところに興味がそそられていたのだと思います。不思議な世界に行ってみたいと思っていたんでしょうね。

『銀河鉄道の夜』とおばあちゃん

 花巻は私の両親の実家でもあり、宮沢賢治さんの生まれた町でもあるんです。私の家と宮沢家はわりと近く、花巻に引っ越したときにはすでに宮沢賢治さんは亡くなられていましたけど、弟の清六さんはまだいらっしゃいました。

 ある時、清六さんが「柏葉さんのお孫さんにこれを」と言って、『銀河鉄道の夜』をくださったんですよ。当時私は小学3、4年生でしたが、どんな本でも読めると思っていた生意気な子だったと思います。ところが、『銀河鉄道の夜』は全く読めなくて。日本の風土に「カンパネルラ」とか「ジョバンニ」という外国の名前が出てくるのに違和感を感じたんだと思います。

 ところが、私も花巻で暮らしていた20、21歳で作家デビューしてから、変な町にいろんな世界の人たちがごちゃごちゃ暮らしているような、そんな物語を平気で書いているんですよ。小学生のとき『銀河鉄道の夜』が読めなかったのに、なんで私もこういう物語を書くんだろうと不思議でした。

 考えてみると、祖母の影響だろうと思います。私はおばあちゃんっ子でしたが、当時の女学校を出た田舎のおばあちゃんにしては、ハイカラな人でした。田舎の物語は全然話してくれなかったけど、自分が経験してきたことを話してくれました。やはり祖母も外国に憧れていたんだと思うのは、バターやケチャップのようなものが大好きでしたし、外国にはこういうものがあるらしい、ああいうものがあるらしいってたくさん話してくれた記憶があります。

『だれも知らない小さな国』『木かげの家の小人たち』との出会い

ー物語を書き始めたきっかけを教えてください。

 学生時代に、佐藤さとる先生の『だれも知らない小さな国』という物語と、いぬいとみこさんの『木かげの家の小人たち』という日本のファンタジーを2冊読みました。「日本でもこういう物語が成り立つんだ」と、目から鱗が落ちたような状態になりました。それで、私も書こうと思いました。書いてみてすぐに講談社の文学賞に応募したのですが、最終選考には残ったものの佳作にも残りませんでした。それでも佐藤先生が「この子はおもしろいから、また書いてみるように伝えてください」とおっしゃってくれたようで、編集長が「諦めないで書き続けてください」とお手紙をくださいました。そして翌年に講談社児童文学新人賞をいただくことができました。

ーデビュー当時は東北薬科大学に通われていたとのことですが、理系脳と創造性には関連があるのでしょうか?在籍していて、理系ですよね。

 案外ファンタジーは理屈っぽいんですよ。メルヘンはふわふわして終わりますが、ファンタジーは理屈がしっかりしていないとだめです。私の師匠の佐藤先生も建築学科を卒業されていて、「ファンタジーは土台がしっかりしていないと上にいるものがぐちゃぐちゃになる」といつも言われていました。ファンタジーを書く私としては、理屈が全て自分の中にはあるんです。

東北大震災と『岬のマヨイガ』

ー東日本大震災をテーマにし、昨年アニメ映画にもなった『岬のマヨイガ』への思いを教えてください。

 震災から3年という時期に新聞で連載を始めた作品ですが、初めて「私はこういうことを書いていかなきゃいけない」と思った作品です。そう思い始めたのは、震災のあとからです。被災地に向けて、「みんな心配しているよ」という思いだけでも伝われば良いと思いました。そんなテーマがこもっていても、やはり読み終わった時に「ああ、おもしろかった」と感じてもらいたい気持ちはありました。癒しになったかは分かりませんし、今もきっとあのような話を読みたくないと思う人もいるでしょう。

 物語には、避難のため神奈川県に引っ越した「かなちゃん」という女の子がいます。『岬のマヨイガ』を書き終わった後、今度は彼女の物語を書こうと思っていました。親に連れられて、ふるさとから引き離されて遠くに行った子どもの話です。それで、実は短編をいくつか書いて朗読劇にして東北沿岸を回ったことがあります。「よかったです」と言って泣かれた方もいた一方で、「こういう話は他の町でやってほしい」と言う方もいました。私の思いは、まだこの大変な土地には届かないんだなと痛感しました。

 それでも新型コロナによるパンデミックで、若い人がふるさとに帰れなくなったというニュースをみて、かなちゃんが「ふるさと」に帰りたくても帰れないというのが、今の若い人と同じだと感じたんです。やはりあの物語を書きたいと思い、私の生まれた宮古市を舞台に『人魚姫の町』というお話を書きました。これが『岬のマヨイガ』の続編です。主人公は、震災後に親に連れられて遠くの町に引っ越していった男の子です。

ーコロナも重なり、今がタイミングだと思われたわけですね。

 そうですね。震災のあと、「ふるさと」はどういうものなのか、どこが「ふるさと」になるのかについて考えるようになりました。仕事も家もなくなっても、被災地に残り頑張って生きていこうとする人もいれば、そこから遠く離れて違う場所に移り住む人もいるわけですよね。「ふるさと」から遠く離れて暮らしているとしても、最後には今住んでいるところも「ふるさと」だと思ってもらいたい、「ふるさと」を2つ持っているんだと思えるような子になってもらいたいと思い描いています。

子どもの頃から本があるところが大好き。トロント・オズボーンコレクションが素晴らしい

ートロントの印象はいかがでしたか?

 18年前くらい前に、娘と一緒にナイアガラの滝を見に来たことがあるのですが、今回はジャパンファウンデーションの方にオズボーンコレクションを案内していただきました。図書館が好きな私にとっては、本当におもしろかったです。 オズボーンコレクションにはいろいろな本の原型みたいなものや、『赤毛のアン』の貴重な本もありました。本にまつわる色々なお話も聞けてとても好奇心を湧きたててくれる図書館でした。

ートロントにいる読者をはじめ、世界中にいるファンにメッセージをお願いします。

 とにかく私は、物語を楽しんでいただきたいと思っています。「ああ、おもしろかった」と感じていただきたいです。海外の人たちには、日本人はこんなふうにしているんだ、日本の習慣はこうなんだ、というように興味を持ってもらえたら良いですね。私が子どものころに海外の本を読んで、「え、そうなんだ!」と思ったみたいに、私の本から感じてもらえたら嬉しいですね。

オズボーンコレクション
住所: Lillian H. Smith Branch
   (239 College Street), 4th floor.
  https://www.torontopubliclibrary.ca/osborne/
日本人職員の方により日本語でのツアーも可能
柏葉 幸子 カシワバ サチコ
 1953年岩手県宮古市生まれ。東北薬科大学卒。大学在学中に『霧のむこうのふしぎな町』で講談社児童文学新人賞を受賞し、1975年にデビュー。翌年に日本児童文学者協会新人賞。2010年『つづきの図書館』で小学館児童出版文化賞、2016年には『岬のマヨイガ』が野間児童文芸賞を受賞。同作は2021年にアニメ映画が公開された。児童文学に限らず、数々のファンタジー作品を執筆し続ける。岩手県盛岡市在住。