映画の新常識|特集「ハリウッド・ノース-カナダと映画」

映画の新常識|特集「ハリウッド・ノース-カナダと映画」

 新型コロナの感染拡大は、もちろんカナダの映画業界にも影響を及ぼしている。しかし、そんな中でも制作会社をはじめ、映画に携わる企業や人々は様々な工夫を凝らしながら制作活動を続けている。今回は、そんな映画界における「ニューノーマル」をいくつかの事例や対策を通して見ていきたい。

撮影現場での感染対策として見られる主な取り組み

 多くの撮影現場や制作会社が行っている感染対策の共通点としては、

  • ①現場やセットにおける人数制限や物理的距離の確保
  • ②出演者およびスタッフ用に防具の準備
  • ③清掃などのためのスタッフの雇用

などが見られた。

 ブリティッシュコロンビア州のとある撮影現場では、なんと撮影スタッフ一人一人に一台ずつ自動車を支給するという大胆な取り組みを行っていた。新型コロナウイルスの感染拡大以前では考えられなかったことかもしれない。しかし、感染のリスクを最小限に抑えるためにも、人と人との間の接触を可能な限り減らすために取られた徹底した感染対策と言えよう。また、新型コロナの感染拡大ですっかりおなじみとなった「非接触」も撮影現場に導入。勤怠管理などの事務的な作業を全てデジタル化することにより感染拡大を徹底的に防止しているという。

 また、ウィニペグの制作会社では、撮影方法だけでなく作品自体の内容を変更することで感染対策を徹底。キスシーンや大勢が集まるシーンなど、感染のリスクを伴うシーンを脚本から抜くことにより、出演者の感染リスクを最小限に抑えている。また、同制作会社では、出演者やスタッフなど関係者への食事の提供方法も変化。撮影現場などでよく見られるビュッフェは感染拡大のリスクが高いと考え、代わりに個別に包装された食事を用意。撮影の最中だけでなく、常に気を緩めない姿勢が見て取れる。

 このように、新型コロナの感染拡大により映画の制作現場は様々な変化を強いられている。前述の例からも分かるように、これらの変化はコスト面においても制作会社に負担を及ぼしている。そんな中でも、カナダ国内で映画やテレビの制作に携わる関係者は喜びをあらわにしている。ある制作会社の関係者はCBCのインタビューに対し、「ロサンゼルスのプロデューサーはいまだに制作を再開できていないというから、仕事ができていることを心から幸運に思う」と述べていた。

カナダで制作を行うアメリカの制作会社は今

 ハリウッドをはじめとしたアメリカの制作会社の多くは、撮影現場としてトロントやバンクーバーなどのカナダの都市を撮影現場として選ぶ。理由としては、ニューヨークなどのアメリカの主要都市と似ている風景がありながら、撮影許可が取りやすいことや、撮影料が安いという点が挙げられる。国境を越えて撮影を行っていたアメリカの制作会社にとっても、アメリカとカナダの国境封鎖をはじめ、新型コロナによる打撃は大きい。

 しかし、感染拡大が徐々に落ち着いてきていることを受け、トロントをはじめとしたカナダの各都市ではハリウッドの制作会社に対して撮影許可を再び出し始めたという。アメリカでの感染拡大が落ち着かない中、新たにカナダでの撮影を選択する制作会社が増えることも予想される。しかし、そうした制作会社に対しても感染拡大対策の徹底は要求されている。撮影のためにアメリカからカナダに入国する制作関係者は他国からの旅行者同様、①新型コロナの症状がないことと②カナダに入国してから14日間隔離をすることなど、条件を満たさなければ撮影に携わることはできない。

州政府による映画制作再開への支援

 コロナ禍で大きな打撃を受けている映画制作会社。そんな中、ケベック州政府は7月中旬に映画業界の関係者を支援すべく、一時的な経済策を打ち出す旨を発表した。『デイ・アフター・トゥモロー』(2004)や『ナイトミュージアム2』(2009)をはじめ、多くの人気作品が撮影されてきたケベック州。州にとっても経済的、そして文化的に重要な役割を果たしている映画業界を金銭的に支援することが今回の経済策の狙いだ。

 具体的には、州政府が5100万カナダドル(およそ40億円)を映画業界へ投資。3月中旬に発せられた緊急事態宣言を受け、補償が少ないながら撮影や制作の中断を余儀なくされた業界を刺激することが期待されている。この経済策を受け、ケベック州の映画業界からも歓迎と感謝の声が寄せられているそうだ。

撮影現場の感染対策をビジネスチャンスに

 映画業界の中には、新型コロナの感染拡大を逆手に取り、新たなビジネスにつなげた企業もある。バンクーバーに拠点を置くとある企業は、コロナ以前は主に映画の特殊効果をメインビジネスとしていた。しかし、新型コロナの感染拡大後、ビジネスの機会は激減。その後、徐々に感染拡大が落ち着いてきたカナダでは様々なビジネスが営業を再開。そんな中、必要とされていたのが撮影現場をはじめとする広い場所や空間の「消毒」だったという。映画の特殊効果として「煙」や「霧」の機械を扱っていたこの企業は、中身を消毒液に変えるなど試行錯誤をしながらそうしたニーズに応えていたという。

 そんな企業に転機をもたらしたのは、アメリカの企業が制作する「照明」だったという。アメリカの企業が手掛けていたのは、殺菌効果が認められている「紫外線」の照明だ。これを見たバンクーバーの企業は、この照明をアメリカの企業から取り寄せ、カナダの企業に提供するビジネスをスタート。映画の撮影現場ではもちろん、その他多くの業界からも需要があるという。

 7月の初旬に「第3ステージ」に入り、映画撮影も徐々に再開しているブリティッシュ・コロンビア州。「映画の撮影現場は特殊な環境」であり、こうした感染拡大対策はとても有効だそうだ。この照明を扱うバンクーバーの企業関係者は、このビジネスを通して「みんなが安心して仕事場に戻れるように願う」と語っていた。

映画鑑賞の新しい形

 コロナ禍を受けて変化を強いられたのは制作現場だけではない。完成した映画を鑑賞する「形」も感染拡大を抑えるべく、変化しつつある。トロントなどでも広がりつつある「ドライブインシネマ」に加え、バンクーバーでは「フローティング・シネマ」が話題となっている。

 「ドライブイン」では各々の車に乗りながら映画を楽しむのに対し、「フローティング」では各グループがボートに乗りながら映画を楽しむのが特徴だ。一つのボートにつき8名まで乗ることが可能であるため、大家族でも十分楽しめる。これからさらに新たな映画館の「形」が生まれることが期待される。

自粛期間中に製作された映画たち

 緊急事態宣言を受け、世界各国同様カナダではロックダウンに伴う「自粛期間」が長期間続いた。自由に外出が出来ず、制作活動の中止を余儀なくされた映画監督のために、Toronto Queer Film Festival(TQFF)の運営チームは「Queer Emergencies」という名の基金を設立。LGBTQ+の映画監督が自粛期間中でも制作活動を続けられるように、そして金銭的に支援するために、という理由で設立されたという。

 これを受け、「自粛期間中に制作された映画」として話題になっている作品もいくつかある。中には2週間という限られた期間の中で作られた作品もあり、これらの作品はオンラインで配信された。いつもとは異なる環境で制作に挑んだ映画監督たち。自粛期間中だからこそ「自分を振り返る時間」が増え、それが作品に反映されたと言う監督もいたそうだ。