【日本マンガの多様性を世界へ発信】MINT TCAF開幕前にトロントで開催 マンガ家と編集者が語る、それぞれの物語と表現

【日本マンガの多様性を世界へ発信】MINT TCAF開幕前にトロントで開催 マンガ家と編集者が語る、それぞれの物語と表現

TCAF(Toronto Comic Arts Festival)2026への参加を前に、Manga International Network Team(MINT)による特別イベント「Alternative Manga Showcase and Reception」が6月4日にジャパンファウンデーション・トロント(国際交流基金トロント日本文化センター、以下JFトロント)で開催された。

山本ジャパンファウンデーション・トロント所長

MINTは、Japan Creator Support Fundの一環で、文化庁・日本芸術文化振興会・出版文化産業振興財団(JPIC)が主催するマンガ分野の人材育成事業。グローバルな活躍を目指すマンガ家や編集者を支援し、日本マンガの多様な魅力を世界へ発信することを目的としている。当日は、MINT育成対象者に選出された6組12名が紹介され、そのうち4名のマンガ家と4名の編集者が登壇。作品紹介や創作への思い、海外展開の現状、そしてTCAFでの活動について語った。

 

松木JPIC専務理事

登壇したマンガ家たちは、日常や地域、家族、歴史、記憶といったテーマをそれぞれ独自の視点で描き続けている。担当編集者たちもまた、そうした作品を国内外の読者へ届ける役割を担いながら、日本マンガの新たな可能性を模索している。MINTが目指すのは、アニメ化された作品だけではない、日本マンガの多様な表現を世界へ発信することだ。本記事では、TCAFを目前に控えたマンガ家と編集者たちが語った創作への思いや作品の魅力、その挑戦の一端を紹介する。

MINTアドバイザーのDebora Aoki氏



MINTウェブサイト https://www.mint-mangaproject.com/

▲マンガ家の御前モカさん(右)と秋田書店の小坂翼さん(左)

『おはよう、おやすみ、また明日。』のマンガ家・御前モカ氏と、担当編集者である秋田書店の小坂翼氏が登壇。自身の経験を作品に生かした創作活動や、専門的な題材を扱う際の心掛け、英語版発売への思いについて語った。

自身の経験を作品に反映

御前モカ: わたくし自身の経験を生かした作品を描くことが多いです。客室乗務員として働いた経験をもとに『CREWでございます!』を描きました。また、わたくし自身ががん患者であり、家族も全員がん患者である経験から『おはよう、おやすみ、また明日。』を制作いたしました。

小坂翼: 御前先生の強みは、貴重な経験値をお持ちであることです。当事者でなければ知り得ない視点や感情が描かれていて、読み応えがあり、学びの多い作品になっています。

正確さとエンターテインメントの両立

御前モカ: 情報や内容の正確さには細心の注意を払っております。特に医療や航空安全のようなテーマは、人の命に関わることもあります。誤った情報を伝えないこと、そして誰かを傷つけたり、つらい気持ちにさせたりしない表現を心掛けております。

小坂翼: 一方で、マンガは読者に楽しんでもらうエンターテインメントでもあります。正確さを重視するあまり作品としての面白さが損なわれそうな場合は、編集者としてバランスを取るよう意識しています。完成原稿になる前、ネタ出しの段階から意見を伝えています。

11月10日の英語版発売へ

▲編集者の小坂翼さん

御前モカ: がんを経験している方やそのご家族はもちろん、孤独を感じている方にも読んでいただけたらうれしいです。人と関わりながら少しずつ前を向き、自分らしい人生を取り戻していく姿を描いております。「自分は一人ではない」と感じてもらえたらと思います。

小坂翼: 当事者の方はもちろん、そうでない方にも楽しんでいただける作品です。ぜひ多くの方に手に取っていただければと思います。

自身の経験を作品へ落とし込む御前モカ氏。医療や航空業界という専門性の高いテーマを扱いながらも、読者に寄り添う物語づくりを大切にしていることがうかがえた。
▲マンガ家の川勝徳重さん(中央)とリイド社のエ☆ミリー吉元さん(左)

『痩我慢の説』のマンガ家・川勝徳重氏と、リイド社トーチ編集部の編集者・エ☆ミリー吉元氏が登壇。劇画という表現の魅力や、マンガ原稿を未来へ残すための取り組みについて語った。

世代の断絶を描く『痩我慢の説』

川勝徳重: 私は主に劇画を描いています。また、マンガ家として活動する一方、自ら出版社を運営し、編集者としても活動しています。
『痩我慢の説』は1950年代後半の日本を舞台にした作品です。近代日本の大きな転換点である戦後を背景に、世代間の価値観の違いを描いています。

主人公は戦前にヨーロッパ的な教養を身につけた地方の医師。そこへ戦後の自由な価値観を持つ若い姪が現れます。主人公はその生き方に憧れながらも反発を覚える、そんな複雑な関係を描いた物語です。

タイトルの「痩我慢」は、現代ではあまり使われなくなった言葉で、「平気なふりをする」といった意味を持っています。また福澤諭吉の文章「瘠我慢の説」への返歌でもあります。

私はヴィンテージコミックスの収集家でもあり、昔のマンガから大きな影響を受けています。その思いを込めて劇画を描いています。

マンガ原稿を未来へ残すために

▲エ☆ミリー吉元さん

エ☆ミリー吉元: 私はリイド社トーチ編集部で川勝徳重さんの担当編集をしていますが、今回のTCAFでは編集者としてだけでなく、「マンガ家の家族」としてトークに登壇する機会があります。
父である劇画家・バロン吉元は、現在も月刊連載を続けています。私たち家族にとって大きな課題の一つが、父の膨大なマンガ原稿をどのように未来へ残していくかということです。

私はその問題をテーマに、『マンガ原稿のある暮らし』というエッセイマンガを執筆しています。作中ではマンガ家の家族や関係者に取材を行い、原稿保存の現状や苦労を記録しています。

日本のマンガ界では多くのケースにおいて、生原稿はマンガ家自身やその家族が管理しています。生原稿をどのように保存するのかは、マンガ家やその家族や関係者にとって共通する課題です。
今回のTCAFでは、その問題について国境を超え、皆さんと一緒に考える機会にしたいと思っています。

劇画という日本独自の表現を探求する川勝氏。そしてマンガ文化を支える「原稿保存」という課題に向き合うエ☆ミリー吉元氏。二人の話からは、作品だけでなく、その文化や歴史を未来へつないでいこうとする姿勢が伝わってきた。
▲マンガ家かつしかけいたさん(右)とリイド社の井上樹林さん(左)

『東東京区区(ひがしとうきょうまちまち)』のマンガ家・かつしかけいた氏と、担当編集者でリイド社の井上樹林氏が登壇。作品の舞台となる東東京への思いや、海外コミックから受けた影響について語った。

東東京を歩く3人の物語

かつしかけいた: 『東東京区区』は、私の地元である東京の東側を舞台にした作品です。イスラーム教徒の大学生、エチオピア人の両親を持つ小学生、そして不登校の中学生の3人が街を歩く物語を描いています。

また、マンガだけでなくイラストレーターとしても活動しており、書籍の装画や地域に密着したイベントなどをイメージしたイラストなども手掛けています。

海外コミックから受けた影響

かつしかけいたさん

かつしかけいた: 日本のマンガと同様に、ヨーロッパやアメリカのグラフィックノベルやイラストレーションから強い影響を受けています。
特にフランス語圏のバンド・デシネや北米のオルタナティブなコミックスが好きで、少年時代から読み続けてきました。

井上樹林: 日本ではかなり珍しいタイプだと思います。そうした作品に強く影響を受けながら育ったマンガ家は決して多くありません。

東東京の歴史と変化を描く

井上樹林: 私はリイド社のコミックレーベル「トーチ(torch comics)」で編集を担当しています。私自身も海外コミック文化の影響を受けており、海外作品の翻訳出版にも携わってきました。

『東東京区区』は、東東京という地域に焦点を当て、その土地の歴史や現在の姿、人々の変化を描いた作品です。かつしかさん自身が調査を重ねながら制作しており、「グラフィック・トラベローグ(Graphic Travelogue)」という言葉がよく似合う作品だと思います。

ライフワークとして続く作品へ

井上樹林: 「かつしか」という名前も東京東部の葛飾という地名に由来しています。
『東東京区区』はデビュー作であると同時に、かつしかさんのライフワークでもあります。5年後、10年後も描き続けられる作品になればと思っています。

地元・東東京への愛着と、海外グラフィックノベル文化からの影響。その両方を土台に生まれた『東東京区区』は、一つの街の歴史や変化を見つめ続ける長期的なプロジェクトとして歩み始めていることが伝わってきた。
▲マンガ家の小日向まるこさん(中央)とヒーローズの山口侑紀さん(左)

『あかり』のマンガ家・小日向まるこ氏と、ヒーローズの山口侑紀氏が登壇。英語版が刊行された『あかり』や新連載、海外展開について紹介した。

祖父との記憶から生まれた『あかり』

小日向まるこ: このたび『あかり』の英語版がGlacier Bay Booksより刊行されました。

『あかり』は、妻と死別したステンドグラス職人と孤独を抱えた少女が、ステンドグラス作りを通して心を通わせていく物語です。

祖父がステンドグラス職人だったこともあり、その頃の記憶をもとに描いた作品でもあります。制作にはペンや水彩などを使用しています。

新連載『わたしはおばけ』への挑戦

▲小日向まるこさん

小日向まるこ: 先月からKADOKAWAの『月刊コミックビーム』で『わたしはおばけ』の連載を始めました。

自分自身の経験や、制作に協力していただいている方の体験をもとに、性加害や親との愛着の問題をテーマにしています。

重いテーマではありますが、しっかり向き合いながら描いていきたいと思っています。

言葉を超えて伝わる表現

小日向まるこ: マンガ以外にも、絵本や児童書の装画などを手掛けています。

また、セリフや文章を使わず、絵だけで物語を伝える作品にも挑戦しています。子どもから大人まで、そして言語の異なる人たちにも伝わる表現を考えるのがとても楽しいです。

海外へ広がる『あかり』

▲山口侑紀さん

山口侑紀: ヒーローズでは『ULTRAMAN』をはじめさまざまなジャンルの作品を刊行していますが、『あかり』のようなグラフィックノベルスタイルの作品にも力を入れています。

『あかり』はこれまでに英語、フランス語、韓国語、中国語、スペイン語、アラビア語などで刊行されています。

フランスではアジア賞の最終候補にも選出されており、大きな反響をいただいています。英語版についてもAmerican Manga Awards 2026にノミネートされたので、ぜひ手に取っていただければと思います。

祖父との思い出から生まれた『あかり』、そして新たな挑戦となる『わたしはおばけ』。小日向氏の作品からは、人の心の痛みや孤独に寄り添いながら、言葉や国境を越えて物語を届けようとする姿勢が感じられた。

MINT事務局、JPIC国際事業課の岡真里代さんコメント

ーー今回のTCAF、JFトロントでのイベントを終えて、MINTが目指す「日本マンガの多様性を海外に伝える」という目的は、どの程度手応えを感じられましたか。特に、海外の読者や関係者の反応で印象に残った場面はありますか。

MINT育成対象者に代表されるオルタナティブなマンガ作品に対し、現地では非常に高い関心が寄せられていることがうかがえました。
JFトロントやTCAFの来場者からは、「日本からこの種のアート性の高い作品が紹介される機会はあまりなく、今回の紹介は非常に有意義だ」との評価や、「今後さらに多様なジャンルや表現の日本マンガに触れてみたい」という期待の声が多く聞かれました。

メインストリームに留まらない、日本の多様なマンガ表現に対する潜在的ニーズの高さも感じました。

ーー「オルタナティブなマンガ」の海外での受け止めについてお聞かせください。今回参加されたマンガ家の皆さんは、バトルマンガやアニメ化作品とは異なる、日常・人間関係・作家性の強い作品が中心でした。北米のグラフィックノベル文化の中で、こうした日本マンガはどのように受け止められていると感じましたか。

かつて幼少期に日本のアニメに親しんだ世代が成人したことで、北米でも大人が日本マンガを受容する土壌が既に成熟しており、従来の枠を超えたさらなる多様な作品へのニーズが高まっていると感じました。

特に、日常生活や人間関係の葛藤、内面的な悩みをテーマとした作品は、国籍や人種を超えて深い共感を呼んだり、北米の「グラフィックノベル」にはない日本独自の価値観や思考様式が、現地読者に新たな価値観で捉えられたりしているように思いました。こうした点に、今後の海外展開における大きな可能性が見出せました。

ーーMINTではマンガ家だけでなく、担当編集者も同行されています。海外イベントにおいて、マンガ家と編集者が「チーム」として作品を語ることには、どのような意義があると感じていますか。

編集者とマンガ家が協働で作品を作り上げていくスタイルは、日本独自のマンガ制作文化です。
海外イベントにおいて、作品の制作背景をマンガ家と編集者が「チーム」として発信することは、日本マンガの創作に懸ける熱量や葛藤(苦労)を直接伝える貴重な機会となっています。
単に完成された作品を届けるだけでなく、その舞台裏にあるドラマを共有することで、現地読者の作品に対する理解と愛着をさらに深めることができると考えます。

ーーTCAFは一般読者やコミック関係者との接点、ジャパンファウンデーションでのイベントはより文化交流・ネットワーキングの場という印象があります。今回、この2つの場はMINTにとってどのように機能しましたか。

TCAFでは、グラフィックノベルやコミックファンである一般の来場者や、現地の出版関係者との交流を行うことができました。一般の方々から作品への感想を直接伺えたことは大きな収穫であり、出版関係者へも英訳出版に向けた作品紹介や対話を対面で実施できたことは大変有意義でした。

一方、JFトロントでのイベントにおいては、大学関係者や日本貿易振興機構(JETRO)など、アカデミックやビジネスの専門家層との交流もありました。
トロントおよびカナダの社会的背景を基に、日本マンガ(特にオルタナティブなマンガ)の需要についてお話を伺うことができ、TCAFとはまた異なる多角的な視点から、貴重な知見をいただく機会となりました。

ーー今回の経験を踏まえて、日本の多様なマンガを海外に届けていく上で、今後の課題は何だと感じていますか。翻訳、流通、権利、読者との接点づくりなど、特に強化すべき点があれば教えてください。

日本では日々、数多くの多様なマンガが発行されているにも関わらず、それらの作品を適切なタイミングで、適切な北米の出版社へ紹介しきれていない現状に課題を感じています。

北米圏での需要は確実に存在するからこそ、今後は情報を確実に届けるための仕組みづくりや、契約締結から発行までのスピードアップを海外出版各社には求めていきたいところです。これらを整備していくことで、より多くの素晴らしい作品を北米市場へ届けることができると考えています。

MINTプロジェクトは、単なる海外プロモーションに留まらず、次世代を担う「クリエイターおよび編集者の育成事業」としての重要な側面を持っています。
今回の海外派遣を経験したマンガ家や編集者が、この経験を糧に今後自立的に海外展開へ挑戦し続けることで、日本の多様なマンガ文化が北米をはじめとする国際市場へ深く浸透していくことが期待されています。
一過性のイベントで終わらせるのではなく、育成対象となった人材が核となり、世界の読者に向けてさらなる大きな潮流(ムーブメント)を築いていくことを心より願っております。