「日本ワイン・甲州ワインの魅力に期待」三澤彩奈さんインタビュー|特集「気になるアレコレ、モノコトトコロ」

折り目正しく鮮やかに切り替わる四季、日本の風土で培われた繊細な味わいの感性や丁寧で堅牢な技など、日本の美しさを表現するワイン造りに努めています。
中央葡萄酒株式会社 5代目「GRACE WINE」醸造責任者
三澤彩奈さん

2019年、ブルームバーグが発表した世界のトップ10ワインの一つに選出

ー日本ワインが世界で注目されています。海外における「GRACE WINE」の評価をお聞かせください。

 「GRACE WINE」は、1923年に山梨県勝沼町で創業しました。長い日時の努力を紡いで約一世紀に亘って家業が継がれ、2014年、グレイスワインの甲州は世界最大のワインコンクールで日本ワイン初の金賞を受賞し世界への扉を開きました。2019年には、ブルームバーグが発表した世界のトップ10ワインの一つに選出されました。家族経営の小さなワイナリーですが、現在は生産量の約3割を輸出しています。

ーフランスボルドー大学卒業後に現在の中央葡萄酒株式会社に入社、日本でワイン作りのシーズンが終わると、ニューワールドと呼ばれる南米やオーストラリアの産地に出向き、ワイン作りの修行をされていたそうですね。海外で経験を積んだからこそ得られた知見などを教えてください。

 ヨーロッパと南半球の両方で栽培醸造の基礎を学ぶ機会に恵まれたことは本当に幸運でした。醸造家の中には、実際、日本の降雨量を嘆く方もいらっしゃいます。ただ、私自身海外で実際に修業をしてみて、パーフェクトな産地というのは存在しないことも知りました。

 ボルドーにも秋雨が降る年もあります。南アフリカは、近年干ばつに悩まされています。オーストラリアのハンターバレーという産地は収穫期の降雨という問題を抱えながら、素晴らしいワインを造っていました。

ハンデを嘆くばかりでなく、日本にある財産を大切にしようと思えたことが一番大きいです。

 また、学校や修業先では指導者や同僚にも恵まれました。中でも、最も留学期間が長かったフランスで学んだ、産地特性を大切にする醸造をリスペクトしています。

 「甲州」の持つ穏やかな香りは和食の繊細な香りにそっと寄り添う。ナチュラルな酸が素材の味わいを引き立てる

ー三澤さんが考える〝「甲州」が和食に合う〟その理由とは何でしょうか?どういったところが、他の国のワインと異なる〝「甲州」らしさ〟だとお考えですか?

 私の地元では、お寿司屋さんや天麩羅屋さん、焼鳥屋さんにも「甲州」が置いてあります。そういった環境で育ちましたので、自然と甲州が和食に合うものだと思うようになりました。

 「甲州」の持つ穏やかな香りは和食の繊細な香りにそっと寄り添います。甲州は、オーク樽もほとんど使用しません。アグレッシブではないナチュラルな酸も素材の味わいを引き立てます。アルコールもやや低めのせいか、すっと体になじみ、例えば、日本料理のお椀といただいても嫌味がありません。

 中でも驚くのは、魚卵や山菜との相性です。他のワインだとなかなかこういう相性にはならないのではないかと思います。

ワインカーヴ 事務所
ワインカーヴ 事務所

「甲州」は青魚(鯖)でも全く違和感なく受け止めることができる懐の深いワイン

ーどのようなペアリングが海外では好まれるのでしょうか?北米とアジア、また欧州など地域や気候、人種などによっても好みや味覚が異なるかと思います。これまでのご経験をもとに教えてください。

 2月にロンドンでグレイスワインの「甲州」に合わせるフードマッチングの大会が開催され、勉強になったのでそのことについてお話させていただきます。

 最優秀賞に輝いたのは、鯖のお料理でした。実は、「甲州」は青魚(鯖)でも全く違和感なく受け止めることができる懐の深いワインです。『甲州 菱山畑』というワインに合わせて頂いたのですが、松の実やリエットのコクと相性が良く、ワインの心地よい酸味とエルダーフラワーのジェリーとのバランスも期待できる一皿でした。ヨーグルトを合わせた点も興味深く、何よりも甲州の繊細さの中にあるスパイシーさ(ここではクミン)を感じ取っていただき、完成度の高いお料理に仕上げていただいたことが受賞の決め手になりました。

 「甲州」というと、和食やオイスター、カルパッチョなどの冷前菜と合わせることが多いですが、こういったウエイトのあるお料理と合わせていただくこともできると思います。

品種のポテンシャルに加え、風土が表現されている『三澤甲州』

ー2014年には『キュヴェ三澤 明野甲州2013』がデカンタ・ワールドワイン・アワードの金賞を受賞しました。さらに2021年11月には『キュヴェ三澤 明野甲州』をリニューアルし、『三澤甲州』を発売されました。ワイン自体はもちろん、ラベルやネーミングも全てリニューアルすること自体、覚悟や勇気がいることだと思いますが、『三澤甲州』にかけた想いをお聞かせください。

 これまで「甲州」ののびしろを信じて、ヨーロッパで行われているような垣根栽培への試みなど、畑で試行錯誤を続けてきました。その中で生まれたのが『キュヴェ三澤 明野甲州』でした。『キュヴェ三澤 明野甲州2013』は、2014年に世界最大のワインコンクールで日本ワイン初の金賞を受賞したワインです。世界に出たことで海外の土着品種の優れたワインと並べられるようになり、何かが足りないと思い、やっとたどり着いたワインが『三澤甲州』です。

 『三澤甲州』には、品種のポテンシャルに加え、風土が表現されています。具体的には、ブドウ畑の土着酵母によってアルコール発酵を行った後、自然に乳酸菌による発酵(マロラクテイック発酵)が起きたことにより、産地に根付く微生物の力を借りて、これまでにない複雑さや「あつみ」が表現できました。

 甲州ブドウは、私が故郷や家族から教えてもらった中で最も尊いものです。

選果の様子
選果の様子
『三澤甲州』は、科学を重んじながらも、テクノロジーに頼らない、いわば日本の風土を生かしたワイン造りが現実となったものであり、私の醸造家としての良心がこめられいます。

 フラッグシップのワインの銘柄やラベルを変えることには覚悟が要りましたが、過去を捨て去らないと前には進めないと思いました。

ーカナダの日本食市場は、この10年でブームを経て本格的な日本食マーケットを確立しました。この秋にはミシュランのカナダ版がトロントで初めて発行されることになり、多くの美食家がより日本食に注目しています。

垣根栽培の様子
垣根栽培の様子

 食のヘルシー化が進んでいるばかりではなく、和食のユネスコ文化無形遺産登録によって、日本食は追い風が吹いていると思います。カナダの市場については勉強不足で恐縮ですが、「和食のあるところには甲州あり」と考えています。

ーカナダワインの印象を教えてください。

 学生時代にはアイスワインのイメージが強かったのですが、最近になり、素晴らしいカベルネフランやピノノワールをいただくことがありました。ピュアでエレガントな印象があり、個人的にとても好きです。

ー国内での需要拡大や海外におけるブランドの認知にはどのようなことが必要だと思われますか?

 信頼でしょうか。マスターオブワインのリン・シェリフ氏が以前おっしゃっていたのですが、スペインのアルバリーニョも、オーストリアのグリューナーフェルトリーナーも、世界から認識されるまで10年以上の月日がかかったそうです。市場が生産者を鍛えることもあります。根気強く品質を磨き、情報を発信していくことが大切なのではないかと思います。

ー個人的にはもっと海外で日本ワインが評価されて良いと思っています。海外経験も豊かな三澤さんから見て課題はどのようなことだとお考えですか?

 そう言っていただき、ありがとうございます。私が留学していたボルドーのお話をすると、ボルドーには最高品質のワインを生み出すワイナリーが8シャトー(ワイナリー)あると言われています。それぞれのシャトーがおよそ2万本〜20万本生産しています。あれほどのクオリティーのワインが100万本以上、毎年世の中へ出ていることになります。生産量の少ない日本ワインが世界的にワイン産地として認知されるようになるまでには、長い時間がかかると考えています。

ーあるインタビューで「求められるワインではなく作りたいものにこだわる。あえて寄らない」と答えていらっしゃったのが非常に印象的でした。おそらく、日々ぶどうや土、木と向き合われているからこそ、そのように感じられたのではないかと想像したのですが、三澤さんがワイン作りで大切にしていることはどのようなことでしょうか?

 「自分のワインがどのように見られるか」ということよりも、ワイン造りの本質に迫っていったほうが造り手として幸せだと思っています。造るワインにぶれない一貫性があることも大切にしています。

ワインが日本を表すということが、とても尊いことだと感じられたとき

ー日本国内でも女性醸造家の方は少ないようですが、目指したきっかけやキャリアをスタートした頃の気持ちはどんな感じでしたか?

 幼少期は、日本には女性の醸造家は存在しておらず、私自身もワイナリーでのお手伝いというと、瓶詰めやラベル貼りが多かったので、正直現実味を帯びていませんでした。祖父や父が人生を賭けたワイン造りにロマンは感じていましたが、弟が小さなころから「将来はワイン屋になる」と言っていましたので、彼が継ぐものとばかり思っていました。

 きっかけは、20歳前後にイベントのため招待されたマレーシアで出会ったあるご夫妻の一言でした。ご旅行中にもかかわらず、「グレイス甲州」を飲むために、三日三晩一つのレストランに通ってくださっていた外国人のご夫婦が「このワインは日本を象徴しているようね」とおっしゃったのです。ワインが日本を表すということが、とても尊いことだと感じられました。

 その後ご縁をいただき、ボルドー大学に留学するのですが、20代の頃はワイン造り以外に興味が持てるものがありませんでした。コロナ禍も経験し、あの頃より少し大人になれていると思いたいですが…ワイン造りに対する真っすぐな思いは今も変わっていません。

ー着実にキャリアを積まれ、日々ワインについて研究を続けられていると思いますが、今後はどのようなワインを作っていきたいとお考えでしょうか。展望などをお聞かせください。

シャルドネ
シャルドネ

 ものづくりの命は細部に宿ると思います。細部を広く理解いただくことは難しいと思いますが、簡単には理解されないものの方が魅力に感じるようになりました。ブドウ(本質)へのこだわりを大切にしていきたいです。また、時間はかかると思いますが、山梨がワイン産地として認識されるよう地域と協力していきたいです。

ーワインを通して日本のみならず世界で様々な経験をされた三澤さんが考える、「世界で活躍するために必要なこと」とはどのようなことだと思いますか?

 とても難しい質問だと思います。世界で活躍するために必要なことというのは、私自身よく分かっていないと思うのですが、ワインは国境がない飲み物ということは言えます。実家のワイナリーで栽培醸造家となり15年目を迎えました。これまで以上に批判に耐えていく勇気と覚悟が必要ですね。

三澤彩奈(みさわあやな)

 1923年創業の中央葡萄酒・グレイスワインの5代目、栽培醸造責任者を務める。ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業、「フランス栽培醸造上級技術者」の資格を取得、南アフリカ・ステレンボッシュ大学大学院へ留学。2007年に中央葡萄酒の醸造責任者に就任。2014年に世界最大のワインコンクール「デキャンター・ワールドワイン・アワード」の金賞を日本で初めて受賞。

中央葡萄酒株式会社・グレイスワイン

 1923年、山梨県甲州市勝沼で創業。日本固有の品種「甲州」を世界に向けて発信し、数々の賞も受賞している日本を代表するワイナリーで、甲州種を中心にワイン醸造を行う。2002年に日照時間日本一の明野地区に三澤農場を拓き、垣根栽培に取り組む。代表的ブランド「グレイスワイン」は、海外からも高い評価を受けている。
https://www.grace-wine.com/