南太平洋に思いを馳せて|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第53回

のどかな沖縄の夕日を楽しむ観光客
のどかな沖縄の夕日を楽しむ観光客

 延々と続くパンデミック。日本に行く予定がまた狂ってしまった。そのかわり日本にいたら誘惑が多くて出来ないことをしている。学生に戻ってcoursera.comの大学講義を聞いたり、本をネットで注文したりと。旅行ができない今、太平洋戦争の激戦地、南太平洋諸島に思いを馳せているのはいま読んでいる本Unbroken(Laura Hillenbrand著)のせいだと思う。(注:世界的に広がった第二次世界大戦中、日米が太平洋で繰り広げたのが太平洋戦争)

戦争はサメも視野に

3年続いた洋上戦争の後で何が流れ着いたのか?
3年続いた洋上戦争の後で何が流れ着いたのか?

 本で知ったのは欠陥だらけの米軍爆撃機B-24(あだ名は飛ぶ棺桶)がB-29の誕生までかなり使われていたこと。著者によると訓練中に事故死した操縦者は約3万6千にものぼる。1936年のベルリン・オリンピックの長距離走者だった主人公ルイ・ザンペリーニ氏(Louis Zamperini)はナウル島の日本基地を爆破、反撃されてボロボロになったB-24でフナフティ島基地に無事帰還。数日後には仲間の遭難者の捜索に別機で駆り出されるがエンジン不調で案の定、墜落。11人中ルイを含む3人が助かりサメで充満した南太平洋の海に放り出され想定外の生存戦を余儀無くされる。何度も捜索機が来ては遠のく。下の合図に気づいたのは日本の戦闘機。繰り返す旋回でラフトを狙撃してきた。命は助かったもののラフトの穴の修理とサメとの戦いの同時進行がなんとも奇怪で気の毒なのだ。餓死寸前、鳥が島と間違えてラフトにとまる、ルイが捕まえ、引きちぎって嫌がる仲間にも食べさせる。骨を釣り針に工作して魚を釣り刺身で食べる。サメは小さいのが来たら殺してレバーを食べるサバイバル叡智。墜落場所から3200㎞漂流してやっと陸を見たのは46日後。

こんなだった日本の支配地図

1942年時点で日本の支配下にあった地域The National WWII Museum New Orleansより
1942年時点で日本の支配下にあった地域The National WWII Museum New Orleansより

 日本軍はアジアの制覇者精神と資源確保にかられ1942年までに(参:地図)広範囲に南太平洋地域を占領していた(日本の真珠湾攻撃は1941年12月)。連合軍の度重なる降伏で強気の日本軍は離島に次々侵略、勝利の旗を挙げていった。ルイたちが漂着したのはマーシャル諸島の日本領、殺りく島と呼ばれたクエゼリン島。連日の虐待、懲罰行為、人体実験に苦しむ捕虜生活が始まる。のちに本土の大船、大森、直江津収容所(全国で130)へ送られる。赤十字の支給品や食料も彼らに回ることは殆どなく骸骨のような体で強制労働を強いられていた。日本が敗戦する前に捕虜全員処分という極秘の軍命令が出ていたという(欧米人捕虜は15万人)。日本軍が敵の本土上陸を遅らせるため沖縄を捨て石にしたイメージと重なる。

零(ゼロ)戦ってなに?

由布島上空、雲の間から南洋へ向かう零戦が見えたかも
由布島上空、雲の間から南洋へ向かう零戦が見えたかも

 正しくは「零式艦上戦闘機」。長距離飛行の性能は抜群で図体の大きいB-24の周りに蜂のように群れて襲撃しどこまでも追いかけてくる、というのが米軍の飛行士が恐れた理由だ。でも貧弱な素材の構造で一度狙撃されたら海水直下、サメの餌だ。日本軍は捜索隊など出さない。戦死は誉、捕虜は恥、と洗脳されて来た日本人戦死者の中にはサメの餌食になった兵も多いと思う。零戦の優秀な元パイロット坂井三郎氏の自叙伝的戦記「天空の侍」を読んだことがある。南国のある島で米軍の攻撃にあい、零戦があるのに燃料がなくて反撃に飛べない悔しさが記されていた。零戦はアメリカ各地の博物館で見られるほど有名な日本の戦闘機だ。

外からみる日本

カマスのような魚の群れが海面近くに見える
カマスのような魚の群れが海面近くに見える

 日本の歴史教科書に戦時下の日本の詳細は載っていない。しかしアジア人も欧米人も私たちよりもっと戦争の歴史を学んでいる。ドイツ同様、日本を語らずして戦争の歴史を語ることはできないほど日本軍は南アジア諸国に侵略し誰もが恐れた脅威の覇者だったからだ。私はカナダに留学して外から戦争の多くを知った。連合軍側から見た情報も今は簡単に得られる。戦争だから仕方がない、の一言で済ますことなく自国の過去を知っているとより有意義な交流ができるのではなかろうか、と思う。コロナ禍は日本の歴史を知るチャンスかもしれない。あのルイ氏は1998年長野冬季オリンピックに招待され聖火ランナーとして直江津(上越市)を通過した。

いくつもの海流が交差する危険な南太平洋
いくつもの海流が交差する危険な南太平洋