一度は富士山を見に行こう – 河口湖の昔と今 |紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第51回

大石公園から見た富士山(秋景色)
大石公園から見た富士山(秋景色)

 世界文化遺産(2013年)に指定された富士山―信仰と芸術の源泉―は周囲に富士五湖を従え日本の最高峰として君臨する。中でも一番富士山に近い電車駅のあるのが河口湖だ(河口湖駅)。東京から約2時間、昭和に全盛期を迎えた古い観光地だが今も日帰りや一泊で気楽に行ける。一周17キロメートルの湖はレンタサイクル、車、周遊バスで巡れる。富士山ばかりでなく河口湖周辺には家族や一人旅でも楽しめるところが多い。

皇族方のリゾート地

 ここは天皇皇后両陛下や皇族たちが避暑に来ていたところだ。高層ホテルから距離を置いて彼らの宿泊施設『河口湖ホテル』が今もある。古く貫禄のある木製の扉を押して入ると格調高い天井の黒い梁に上から迎えられる。白黒写真に写った皇族方の顔が今も黒ずんだ額に収まって廊下に鎮座する。客と接するのは男性スタッフのみ、というのは昔も今も変わらないらしい。残念ながら近年はメンテが行き届いておらず客室も外見も寂れた状態にはなっていたが予約しておいたので荷を降ろす。ロビーでイケメンスタッフに「コーヒーいかがですか」と声をかけられる。

ホテルから見た河口湖畔
ホテルから見た河口湖畔

河口湖大橋~北河口湖

河口湖ホテルで特産フルーツデザート
河口湖ホテルで特産フルーツデザート

 駅から徒歩20分程で湖だ。湖畔を直進すれば遊覧船や土産物屋が連立する昭和チックな商店街。逆方向には河口湖ホテル、そして『山梨宝石博物館』がある。山梨県は宝石の研磨加工技術で名高い。世界の原石がフロアいっぱいに展示され、アクセサリー・ショップは手頃なものから高級品まで販売している。『河口湖音楽と森の美術館』は河口湖大橋を渡った北側にありオルガンホールにはタイタニック号に載せるのに間に合わなかったオルガンや、パリ製の骨董品で幅13メートルのダンスオルガンが左右の壁の踊る人形と一緒に時間になると音楽を奏でるショーがある。大仕掛けの自動オルガンを初めて見た。敷地内には欧風の6つの建物、池、バラ園、レストラン、カフェがあり、そこから遠く富士山も拝める。日本は外国の村を模倣するのがうまい。ここでも成功している。九州にはハウステンボスという私の母好みの大規模なオランダの模倣があるが、私はここで彼女の笑顔を思い出していた。

オルガンホールの幅13mの自動ダンスオルガン
オルガンホールの幅13mの自動ダンスオルガン

久保田一竹美術館

インドの寺院を思わせる久保田一竹美術館の正門
インドの寺院を思わせる久保田一竹美術館の正門

 北河口湖の主道から外れて北へ曲がるとインドの寺院を思わせるような正門がある。琉球石灰岩でできた新館の受付は森の中にある。本館はヒバの大黒柱16本を使ったピラミッド型の木造建築で奥には茶坊がある。久保田一竹(1917~2003年)は著名な染色家で室町時代の〝辻ヶ花〟技術を復活させ、〝一竹辻ヶ花〟として脚光を浴びた。個展や講演で世界に日本古典芸術を紹介した。彼の得意とする創作着物は富士山の四季をモチーフにしたもの。残念ながら本館は撮影禁止なので誌上で紹介できないが、桜の花びら一枚一枚を糸で括って絞りの効果を出す気の遠くなるような作業が特徴の技法だ。精緻な技術は比類がない。現在も〝辻ヶ花〟の名で京都の染色家に引き継がれて、高級品呉服として売られている。さらに彼は収集家でもありコレクションも敷地内外に配置され、中でも丸みを帯びたユニークな木の椅子は森に点在する。一竹氏の母親の霊を弔う慈母像も彼が包み込むかのように森の小さな洞窟の中に潜む。〝人、自然、芸術〟の三位一体の一竹の世界観を享受できた気がした。ミュージアムショップの上の小さなカフェで遠く富士山頂を眺めながらコーヒーをすする。

ヨーロッパ風の音楽と森の美術館
ヨーロッパ風の音楽と森の美術館

富士山はどこで見るのがいい?

 南側にある河口湖―富士山パノラマロープウェイに乗っても富士山は見える。河口湖大橋からでも、北側のどこからでも富士山は見えるが、私のお気に入りは関東の富士見百景にも入っている大石公園・ハナテラスからの眺めだ。北河口湖畔の中間地点にありアイスクリームも魅力の一つ。

 一年遅れの2020年夏の東京オリンピック開催は厳しいし、海外からの観光客数も制限されるだろう。しかし、もし東京に行く機会があったら日本のシンボル富士山の見える河口湖を思い出してみるのもいいかも?