岐路に立たされる YouTuber事務所ビジネス|世界でエンタメ三昧【第89回】

岐路に立たされる YouTuber事務所ビジネス|世界でエンタメ三昧【第89回】

YouTubeの爆速成長とYouTuberの増大、置いていかれる事務所ビジネス

 YouTuberが流行りだしたのはいつごろでしょうか。2011年にHikakinTVが誕生し、2013年にUUUMが設立、そして上場したのは2017年。よくニュースでみていたのはこの時期ではないでしょうか?小学生男子がなりたい職業で野球・サッカー選手、ゲーム関連、医師などに次いでYouTuberが6位に登場したのが2017年。それ以来、ほとんど毎年にわたってトップ10に入る人気職業となりました。もはやHikakin含めYouTuberは国民的人気タレントというポジションは揺るがなくなった反面、実はこの数年はきな臭い事件もいっぱい起きました。退所騒ぎ、専属契約の解約、などなど。

 YouTuberをマネジメントする会社をMCN(マルチ・チャネル・ネットワーク)と言いますが、その業態が人気を博したのはまさにUUUMも生まれた2013~2015年ごろ。米国でも多くの企業が出資を集めます。時代の寵児としてあったYouTuberビジネスは2017年のVALU事件や2020年のタレント大量独立などを経て、今分岐点にあります。

 日本で最も有名なYouTuber事務所はHikakinやはじめしゃっちょーを有するUUUMですが、次にヒカルやねおが所属していたVAZがあり、3番手にラファエル、きまぐれクック所属するKiiがありますが、この2社いずれも創業者がすでに会社を退任しており、それに伴い主力級のタレントが流出しています。ほかにもかつては二番手だった東海オンエアのGenesis Oneは2019年に相次ぐタレント流出で営業停止。数名~10数名規模の中小MCNはまだ残っているところも多いですが、トップ以外は全般的に経営再建中、というのが業界全体の状況です。

 なぜこんな凄惨な状況になってしまったのでしょうか?YouTube自体は今現在も大きく伸びています。ユーザー数は2015年12億人から、2020年23億人と約2倍に成長しており、特にコロナの後はテレビ放送からYouTubeへメガメディアの覇権転換が如実になった絶好調な市況。それに対してMCN事業者はなぜこんなにもチャレンジングな状況なのかについて探っていきたいと思います。

【YouTuberの歴史】
第一世代(2005-11年:HIKAKIN、ジェットダイスケ等)
 ➡アーリーアダプター
第二世代(2012-13年:カズチャンネル等)
 ➡第一世代憧れ参入
第三世代(2013-15年:はじめしゃっちょー等)
 ➡スマホゲーム実況、グループ化
第四世代(2015-17年:ラファエル、関根りさ等)
 ➡UUUMクリーン化⇔過激系二極化
第五世代(2017-18年:スカイピース、MelTV等)
 ➡VALU事件、YouTube以外展開
第六世代(2018-19年:カジサック等)
 ➡レッドオーシャン化
第七世代(2020-年:エガチャンネル、川口春奈等)
 ➡芸能人参入、YouTuber事務所脱退
引用)YouTuber全史
https://note.com/youtube_pro/n/n635c7726531c

大量視聴が生み出す広告価値、でも粗利は薄利

 MCN事業者は基本的に複数のYouTuberチャンネルをまとめ、その視聴ごとの広告収入(アドセンス)から収益を得ます。ただ広告費の取り分は一般的にGoogle:YouTuber:MCN=45:39:16と、全体の15%強だけです。制作費などの案分は取り決めにもよりますが、投資するわりにはそれほど大きな儲けになっていないことも事実。全世界で2兆円のYouTube広告市場ですが、MCNの取り分粗利としては3千億に過ぎません。

 そこでYouTube広告市場以外に広げていく収益があります。特定の企業の販促費を頂いて「②タイアップ広告費」が2つ目の収益の柱としては大きく、そのほかにYouTuberの人気度・ファン層にむけた「③グッズ・イベント収益」、あとは、実際に自社自体のチャンネルをつくってそこを収益化する「④メディア収益」、他社のYouTubeチャンネルを運用する「⑤受託収益」です。このポートフォリオをどうバランスしていくかが安定的な収益のコツです。

 UUUMでいえば年間500億回も再生され、1回0・25円の広告収入でそれだけで100億円以上もの①アドセンス売上があります。ただその粗利は15%程度と低い。そこにタレントのタイアップとしての②広告費が50億円超、ここが会社の利益を下支えする一番大きな部分です。そして③④グッズ・イベントで25億、④⑤の自社サービスで10億円という配分になっていますです。年間500億回視聴、アドセンス250億円というのはもちろん世界最大規模のMCN事業者ではありますが、1万以上ものチャンネルを運用し(1チャンネルあたりでいうと月4万視聴くらいにしかなりません)、約300組の所属YouTuberの半分を契約解除するという発表を先月したように、売上の大半は58組の登録者100万人以上のYouTuberに依存しています(吉本興行が6千人以上の芸人を抱えながら、食える芸人は数%という構造と同じです)。

 この5年のMCNの苦境は一言、①のみで人気YouTuberにあやかった「マネジメント業」に甘んじてしまっていたことです。テレビや雑誌などメディアとの関係性構築によって露出の「枠」を武器としてもつ芸能事務所とは違い、MCNはあくまでミドルマン。人気YouTuberの支援ばかりに傾注してしまって、タレントから見ても「ただマージンを抜いていく人々」に見えてもおかしくありません。というか退所して独立したり、移籍してもうまくいっているYouTuberが多いことを考えると、事務所として果たすべき役割が不十分であったという指摘はうなずくしかありません。

 タレント流出で多くの事務所が倒産・縮小・再建するなかで、UUUMが300組の半分の契約解除、と思い切ったのは、本当に付加価値をつける必要のあるトップタレントに対して、①のマネジメント業(YouTuberのスケジュールや収益管理など手間を代行する)ではなく、②③擁するエージェント業(有力なYouTuberへのタイアップ案件やメディア露出機会を増やし、事務所としての付加価値を上げる)への転換を図る試みであり、実はすでに3〜4年前に米国でもすでに起こった転換と同じなのです。

崩壊した米国YouTuber事務所、急成長するVtuber事務所

 この業界は米国で起こった事の後追いをしています。2013~15年、米国MCN業界は活況まっさかり。300社近い新興のMCN事業者があり、うち18社は時価総額100億円(1億ドル)超え。およそ2千億円近い出資が集まり、そもそもトップ3の会社が大手メディア企業にExitするところも業界に衝撃を与えました。2012年設立のAwesomenessTVが翌年DreamWorksに1.2億ドルで買収され、16年には6.5億ドルのバリューがつきます。続くMaker Studios(2009年設立)はディズニーから2014年に9.5億ドルで買収。ほぼユニコーンのサイズです。3番手だったFullscreen(2011年設立)がAT&T・ワーナーグループのOtterMediaに数億ドルの価値で買収。5万人のクリエイターと4.5億人の視聴登録者を擁していたと言われます。5年前、MCNは最もホットな業界の1つだったと言って過言ではない数字と実績でしょう。Fullscreenはその後、住友商事グループとAlphaboatというジョイントベンチャーも作ります。

 ところが、2018年急激に暗転します。突然MCNの大手一角Fullscreenからあなたのチャネルの動画が規約違反をしているので契約は終了しますと160名あまりのYouTuberたちに全ての動画が取り去られ、アクセスできない悪夢がYouTuberたちを襲います(エロもバイオレンスも一切やっていなかったYouTuberも含め)。これはYouTube自体が「1年間に総再生時間4千時間以上」「チャンネル登録者1千人以上」などの規約を変更したことで中小のYouTuberを抱えるMCNの経営が厳しくなったことがきっかけでした。そしてそもそもYouTube自体がMCNの存在を快く思っておらず、あくまでクリエイターエコノミーで個人が活動することを支援することを主張していたことも業界の先行きへの悲観視点の急騰につながります。同じく大手のDefy Mediaも2018年11月には営業停止しています(2016年には米国大手の成功例として日本メディアにもインタビューされていた企業です)。

 積み上げるのは大変でも崩れるのは一瞬。2020年に日本で起こったように、2018年はYouTuberの大量流出が起き、各社の収益は図3のように下落傾向。こうしてみると、UUUMやVAZが逆にかなり持ちこたえているとも言えます。

 YouTubeの規模は膨大です。世界で23億人のユーザーがおり、年3650億時間分が視聴されます(1人平均で月13時間)。毎年そこに2.6億時間分の新しい動画が増え、その視聴ボリュームの合間に出る広告によって年2兆円の広告市場が出来上がっています。グーグルの検索広告などに比べるとまだ小さく、グーグル全体の6%の売上に過ぎませんが、それでも1人が年870円、1時間視聴するあたり5円くらいの広告価値を生み出しているのです。そして同じMCNでありながら、YouTuber事務所とは違い、ホロライブのカバー社、にじさんじのAnyColor社などのVtuber事務所においてはすでにUUUMに追いつけ追いこせといった規模にまで2018~2021年で急成長しています。タレントとYouTuber事務所の関係は混迷を極めた数年も、VtuberタレントとVtuber事務所であれば盤石に成長曲線を描き続けたことから、YouTubeプラットフォームとのフィット角度によってはまだまだ可能性がいっぱいの市場と言えるでしょう。