ラノベ市場はどこへ消えた?「成長するファン」との着地点|世界でエンタメ三昧【第86回】

ラノベ市場はどこへ消えた?「成長するファン」との着地点|世界でエンタメ三昧【第86回】

300億ラノベ市場に迫る危機

 日本のライトノベルは衰退産業です。2011年の約240億円をピークとして、2019年は140億強と文庫本ラノベではほぼ半減しており、単行本ラノベもいれた300億円弱でなんとかサイズは維持しています。それに対して、新刊の発行点数はうなぎのぼりに上がり続け、2010年の約1500作品から10年間で2倍となる3000点弱まで上がってきています。それに対して、毎年ラノベからアニメになる作品は2013年の34作品から下がり続け2020年で19作品。「出版業界の新興市場」であり、若者が殺到する新規のIPキャラクター創出市場であったはずのラノベは、2010年代に大きな異変を見せています。

 そんなはずはない、と思う人も多いでしょう。『ソードアートオンライン』『Re:ゼロから始める異世界生活』など、いまだラノベのトップ作品はアニメやゲームの業界をにぎわしています。現状は「出版」という本丸の事業軸だけでは、ほかの雑誌や書籍や音楽業界にとってのCDのように凋落の一途を辿っています。ただ、「購入」と「消費」は異なります。1990年代はミリオンセラー続出でしたが、もう最近では100万枚売れるCDが1枚もない年もあります。でも人々が音楽を聴かなくなったわけではなく、TikTokやYouTubeで音楽「消費」としてはむしろ増大傾向。ラノベも同じです。「文庫本」「単行本」といった書籍流通の形式が廃れてしまっただけで、「お話としてのラノベ」自体にはもちろん需要があり、形を変えて隆盛はしています。

 ラノベ市場約300億円の内訳をみると、KADOKAWAが5割、アルファポリス1割、ソフトバンククリエイティブ・集英社が7%ずつ、あとは講談社・小学館・マイクロマガジン・オーバーラップが続いて5%ずつといったところ、あとはホビージャパン・主婦の友社などが主要なラノベ出版社になります。新刊3000点、年間3000万冊、1冊あたり1万冊(≒600万円小売売上)、この半分以上がKADOKAWA1社で保たれています。それもそのはず、このジャンルは角川書店とともに始まったものであり、いまだ「電撃文庫」「富士見ファンタジア」「MF文庫J」「角川スニーカー文庫」など主要なレーベルはKADOKAWAが独占しています。

 前述の会社以外にも創芸社、宝島社、竹書房から、毎日新聞出版社やPHP研究所まで、実に多くの出版社がラノベレーベルを打ち立てたのが2010年代前半でした。まさに市場がピークをつけていたころ。しかしそのほとんどが数年で撤退する中、現存する約30レーベルに対して、毎年ラノベ作品として1万点以上の応募があり、そこから新規で100人ほどの新人作家がデビューし、新作が生み出され続けています。

ふしぎなビジュアル雑誌:KADOKAWAラノベ創設物語

 ラノベの始まりは1980年代角川書店時代にさかのぼります。ファミコンが流行っていた当時、『ドラゴンマガジン』(1988年1月創刊)といってRPGゲームにグラビア写真があり(創刊号はコスプレする浅香唯!)、そこに小説が乗っている、という今では考えられないような不思議なジャンルの雑誌として生まれます。初版10万部で1年後には2万部まで急減、『アニメージュ』『アニメディア』などのアニメ雑誌が創刊後に熱狂を受けて40万部突破!と記録更新していたのとは対照的です。1990年代に入り、ユーザーは「日本的ゲームファンタジー(冒険をして魔王を倒す)」に萌え、Story、Visual、Gameの合いの子のようなこの雑誌も徐々にその需要が高まります。1991年には7万部まで復活します。

 私自身も中学生だった当時、『ロードス島戦記』や『フォーチュンクエスト』、『スレイヤーズ』に本やで手を伸ばした記憶が鮮明にあります。マンガは怒られるけど小説ならと買って帰ると、「え、そんなん本じゃないだろ」と父親の冷たい眼差しが忘れられません。今でいえばYouTubeやマンガアニメのようなものなのでしょうか。徳間書店がジブリでマスアニメを取り、角川がメディアミックスでオタクを拾った、という言葉がありますが、まさにこの90年代は「角川がラノベでマンガ・アニメ・ゲームの中間地点」としてのラノベジャンルを独走で開拓していた時代です。

 この1990年代に創設され、現在まで残っているラノベレーベルは(女性向けのコバルトやX文庫ティーンズなどを例外として)すべてKADOKAWAです。小説賞が併設され、応募者の「平均」年齢が19歳といった時代で、まさに作家も読者も新ジャンルとして開拓されている真っ最中でした。ラノベがジャンルとして定着するのは『スレイヤーズ』(1990~、既刊52巻)と、そのテレビアニメ化が成就する1995年といったところでしょうか。

 図1からもラノベ新人賞は90年代半ばから徐々に応募者を増やしますが、それらのアニメ化が急に盛んになる2000年代後半になってからが市場拡大期、他社もどんどんラノベレーベルを出し、ラノベ黄金期は2005年~2015年の10年間といってよいでしょう。モチーフも成長します。90年代半ばはファンタジー、00年前後は現代が舞台の作品、05年前後は学園異能もの、10年になると学園ラブコメ、そして15年前後から続くのが「異世界転生」というトレンドです。

 2000年代は「なろう系」全盛期です。PCウェブベースで素人が投稿した作品から作家デビュー、アニメ化というシンデレラストーリーが実現し、当時はガラケーで女子高生が執筆する「ガラケー小説」の流行と重なって、〝軽い文学〟としてのラノベが産業として昇華していくようになります。現在我々がラノベとして認識しているものは「Web小説」から派生したものが多いです。『魔法科高校の劣等生』や『ソードアートオンライン』など、PCインターネットの普及時代に読者を増やし、ラノベ業界をけん引してきた作品。ただそこに追随する新作が大量になり、その新作を今の10代が読まなくなっている。

ラノベはどこへ消えた?

 いまだに異世界アニメはしょっちゅう目にするのではないでしょうか?『転スラ(転生したらスライムだった件)』『このすば(この素晴らしき世界に祝福を)』『ぼくたちのリメイク』など直近の人気アニメにもランクインしていますし、『防振り(痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。)』『お母好き(通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?)』など、もはや省略形でも本題をみても「何だこれは!?」と思うようなタイトルが人気を博しています。結局これらはメタファーとコンテクストの塊で、すでに30年以上も肥やしに肥やされたジャパニーズRPGファンタジーの蓄積のなかで、ハイコンテクストな遊びをしているのです。現代的な感覚を取り入れた時代と次元を超えたハイブリッドがファンに刺さっている。ただしあまりに異世界のテンプレを回しすぎており、こうしたラノベ発のものもマンガやゲーム原作とヒット率がそう変わらない、ということが見えるようになってきたのがこの5年ほどです。アニメ化する作品もどんどん絞られるようになってきています。

 ラノベ業界第2位のアルファポリスの事業変遷から、この産業の行く末が占われているようにも思います。市場シェアは10%の20億円程度ですが、実はここ3年で会社としては2倍以上に成長しています。というのもラノベ自体の売り上げではなく、電子マンガ市場の急拡大とともに、そのラノベがコミカライズされる「原作売り」でうまくいっているからです。つまり形式の着地点をノベルというところに置かなければ、ラノベの世界観やキャラクターづくり自体はいまもまだ成長市場と言えます(アルファポリスでは「ラノベ」ではなく「キャラ文芸」という新カテゴリーへの脱皮を図っています)。

 もはや文庫本はグッズです。読む必要のない、棚を飾るものになっている。500万部が売れた鬼滅の刃でもノベルは20万部しか売れていないものもあります(これでももちろん大ヒットですが!)。マンガに比べるとやはり文章となったときのハードルは我々が想像する以上に高いのです。

 ラノベの強みはそのシリーズ化により、「著者と一緒に育ってきたファン」そのものです。『ダンまち(ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているのだろうか)』は2013年1月から約9年間続いてきたジャンルですが、年4冊は出るハイペースで新作・派生作が量産され、初期こそ10万部といった中ヒットの売れ行きでも、何度もアニメ化やゲーム化で発表されるたびに過去作を全部買い集め、重ね塗りのように「シリーズを揃えるユーザー」が生まれ、累積1200万部、おそらく100万人近くの「一度はダンまちの何かを購入したことがあるユーザー」を作り出しています。かつ著者とともに成長し続けた数万人のユーザーが作品をひっぱり、初期費用のお手軽ですぐに購入に結び付きつつ、アーカイブで20冊箱買いすれば後からでも作品にどっぷり浸かれる。こうした「成長してきた/成長してくれるファン」の固さこそが数億円になるアニメやゲームの投資を正当化してくれるものになります。

 角川春樹の時代から、KADOKAWAの遺伝子はメディアミックスにあります。1つ1つのメディアに拘るのではなく、その境域的な展開でファンの視点からコンテンツを創っていく。徳間書店も角川書店も、有象無象の出版業界で小学館・集英社・講談社といった大衆向け三大大手とは異なるセグメントを獲得して成長できたのは、「書籍流通」に拘らない多彩な展開力によるもので、まさに「ユーザーを創造した」ことで可能になったものです。もはや30代が中心になっているラノベは成熟の極みにあり、女性や10代・20代をターゲットにするものではなくなっています。では「次のラノベ」はどこにあるのか?それについては、またこれからのお話。