Webtoonからみる日本マンガ業界の危機|世界でエンタメ三昧【第85回】

Webtoonからみる日本マンガ業界の危機|世界でエンタメ三昧【第85回】

すでに日本の漫画アプリ市場は7割韓国ウェブトゥーン、集英社1割以下

 BTSからNiziUから、韓国エンタメの成功例は引きも切りません。ですがその影響は「ドラマ・音楽」だけに留まりません。日本のお家芸の「マンガ出版」業界が、まさに今韓国の大きな影響と脅威のもとにあります。もともと出版市場の三分の一を占めるというマンガ大国日本、1995年前後はピーク5千億円市場と米国アメコミ市場の10倍以上のサイズを誇る一大産業でした。アニメもほとんどがマンガから始まってますし、日本でしか面白い漫画は育たない!と私自身も語っていた時代もありましたが…実は知らない間に日本の背後で巨大産業が成長しています。それがウェブトゥーンと呼ばれる(Web+Cartoon)韓国で生み出された「新しいマンガ市場」です。

 ウェブトゥーン(WT)の歴史は2003年DAUM(Kakao運営のネットポータルプラットフォーム)からはじまり、2005年からNaverが参入し、この2社が大きな割合をしめます。そもそも韓国は1990年代に通貨危機もあり出版など「紙」文化が壊滅的なダメージを受け、いわゆるマンガ市場はほとんど消滅しました。エンタメがほぼゲーム産業にシフトしていくなかで、ファンがなんとかその文化を残そうとアマチュアで始めた投稿型の素人漫画がWT市場でした。日本でも最近は「縦ヨミマンガ」として散見されますが、コマがなく、カラーのグラフィックとわりとライトな物語展開で、スマホで読みくだすにはちょうどよいサイズ。エッセイ風の漫画展開にesseytoonとも呼ばれますが、日本のBLやおい文化よろしく「やまなし、おちなし、いみなし」という物語展開は、半ば自覚的に描かれています。2000年代当初は毎年10本にも満たなかった作品数が、2010年には258作品、2020年現在は数千作品まで広がっています。

 もちろん作品数が多けりゃいいってものではありません。市場規模はどうなのかとみてみると、2020年現在で韓国WT市場が約1千億円。毎年数十%成長を繰り返してきたとはいっても、日本の漫画市場5千億に比べれば確かにまだまだ…と安心するのはまだ早い(図1)。驚くべきはこのWT漫画が「日本の」漫画アプリ市場の1千億円ですでにKakao(ピッコマ)とNaver(LINEマンガ)が7割を占めるような状態になってきているのです。ジャンプ+などの集英社のシェアはなんと1割に満たないのです。

 あれ??と思う方も多いのではないでしょうか?なるほど日本の電子マンガ市場もまた急成長しており、2020年は全部で4千億円、すでにマンガ雑誌と紙コミックスの2.5千億を大きく上回ります。多くの日本人はいまもスマホで横スクロールで旧来のマンガを読み、1話1話ではなくキンドル本で1冊まるまるのコミックスを買っています。これが3千億円市場。しかし残り1千億円となる「マンガアプリ」となると勝手が違います。1話ごと毎日無料開放されていくスピードに耐えられず、チケットを購入したり、広告をみて次の話を読み進めるZ世代にとって、旧来のマンガを電子化したものよりも、縦ヨミのサクサクWTのほうが圧倒的に消費されているのです。つまり電子マンガの市場は、いまだ紙の延長のキンドル購入市場とアプリ市場で消費行動に大きな分断(≒世代差)があり、「日本マンガが負けている」という危機感のある人は少ないはずです。

北米で完敗の日本マンガ、Z世代の「負け犬文化」が韓国を世界に連れて行った

 お膝元の日本がこの状況ならそれ以外の海外は?と視点を移すと、さらに驚くべき光景が広がっています。Kakaoの「ピッコマ」とLINEマンガと並ぶNaverのWTアプリ「Naver webtoon」は韓・日・台といった東アジア、東南アジアのタイ・インドネシア、アメリカ・フランスにいたるまでダウンロード数でも各国ランク1位を総ナメ。Naverはすでに世界で「毎月」7千万人を超えるユーザー数。これはDisney+まではいかずともHuluやHBOに負けずと劣らぬ視聴者数。

 Naver WTはすでに北米で1千万人のユーザーがいる、と聞くと驚く方も多いのではないでしょうか?これは1980年代に小学館がVizmediaを立ち上げ、10年かけてようやく100億円市場をつくってきたといった長い年月に対して、あまりにゲームチェンジャーすぎる成果で、マンガ大国日本の雄である小学館・集英社・講談社・KADOKAWAがこれまで長く北米展開をやってきたプロセスを無力化するかのような爆速度合いです。

 実感がわきにくいのも当然、世界を席巻するWTの作品を『俺だけレベルアップの件』『女神降臨』『神の塔』と並べたところで、まさかそれらがドラゴンボールや鬼滅の刃に匹敵するとは日本人なら誰も思わないことでしょう。でも、メディアミックスを国内に閉じがちの日本に比べると、何もなかった韓国企業のほうが映像化や商品化といった展開では優位につけています。『Sweet Home ー俺と世界の絶望ー』『梨泰院クラス』といったWTオリジナルの作品が2020年のネットフリックスドラマになっているのは観た方も多いのではないでしょうか?

 すでに20年になるWTの歴史ですが、ようやく1話数万円の原稿料が払われ、「作家が生活できるようになってきた」のは2011年ごろ(現在のヒット作はこの時期に生まれたものが多いです)。アマチュア作家で58万人、プロのライターが1600人、連載作家で350人いる状態です。そのうち年収1千万円に到達しているのがトップ200人。すでに日本のマンガ作家に迫る「マンガ生産産業」となるなかで、実は4割以上の作家が1話ごとの原稿料だけでなくRY(商品化展開の印税収入)やMG(ミニマムギャランティー、商品化展開の収益)を収入として得ています。日本のように安いマンガ雑誌で配布しても、コミックスで回収というモデルがないからこそ、WT作家達は映像化・商品化には超積極的。WTのドラマは2013年から始まり、2015年ごろから年5〜6本ペースで制作され続けてますし、劇場映画化も数多くの失敗を乗り越えながら、2017年『神と共に 第一章:罪と罰』は韓国歴代3位となる興行収入120億円を超えました。

 何より我々が直視しなくてはいけないのは、通常のマンガよりもWT漫画のほうが若者の心をキャッチしているというまさに一番フロントの部分です。WT漫画はラノベや異世界転生にも通じるものがありますが、「負け犬文化」を象徴した物語と言われています。韓国は1997年の通貨危機以来、経済的には常に厳しい時代に直面してきました。若者の間に根付いた閉そく感。最近は日本も同様ですが、苛烈な競争社会の背後にある二極化と世代継承される貧困化で、今の40代・50代には見えない「社会は自分たちの努力に報いてくれない」という不信感を、WT漫画は象徴してくれています。WT漫画の主人公は基本的に非リア充であり、失敗を経験し、社会に裏切られ、ただそのなかでファンタジックな成功を掴んで「見返していく」ストーリーが多い。時には浅はかなほどの勧善懲悪なドラマも、大半を占める10〜20代の読者には、日本の典型的な少年マンガよりも心地よいものだということです。

3年前にコナミ、1年前にバンナムだったKakao・Naverは今や任天堂級

 ピッコマの成功をもとに2021年に600億円を調達したKakaoジャパンは、企業価値8千億円をつけられました。韓国の本社ではなく、ピッコマを運営する日本法人の市場価格です。KADOKAWAの現在の時価総額の2倍にも達します。さらに北米向けにTapasというWTプラットフォームを5億ドルでの買収を決めます。実は2014年から1〜2百万ドルの少額出資を繰り返していたKakaoにとって、突然この巨額の大型買収はNaver WTの北米での優位性に対するあせりとみてよいでしょう。6万人もの作家が集まるTapas Mediaを使ってKakaoの北米攻勢が一気に強まります。

 2社は常に戦ってきました。2000年前後に検索エンジンにはじまる2社の苛烈な競争、DAUM(Kakao系)に先行されたNaverはハンゲームなどゲーム側に展開することで日本展開の先鞭をつけ、また韓国市場ではKakaoトークで圧倒的に劣勢だった状態において、ライブドア買収とLINEという日本市場でのヒットにより、復活したNaverは2010年代に大きくKakaoを越えていきます。Kakaoトークの日本展開に失敗し、引き離されていくKakaoがWT「ピッコマ」を展開したのは2016年、実にLINEマンガの3年遅れでした。メディアドゥを頼り、日本の出版社と間接的かつスピーディな展開で成長したLINEマンガに対して、地力で出版社を掘り起こし、むしろウェブトゥーンを積極的に展開するピッコマが2019~21年に急成長し、この1年は世界で売上急成長したアプリのベスト3にもランクインする世界的な成功を得ています。

 韓国市場を先行したKakaoに、日本市場で成功したNaver、そこを攻めこむKakao。こうなってくると次の競争は韓国でも日本でもなく、「世界」となってきます。海外売上比率をどんどん伸ばす2社、KakaoはNY上場も視野に入る中で、売上・市場規模でみるとおそるべき傾斜を描いています(図2)。日本の出版・ゲーム会社と比べればこの韓国2社の2010年代後半の5年での成長率のすさまじさは際立っています。売上も時価総額も5年で倍以上、実は2021年9月現在は両社とも時価総額がさらにここから倍になり、なんと6兆円規模になっています。3年前にコナミやスクエニ級だったものが、1年前にバンダイナムコHDを超え、今年はもう任天堂に追いつく勢いといった成長です。中国と違って決してGDPが急拡大しているわけではない韓国市場において、この結果は2社が母国ではなく北米や中国といった「海外市場」で成功していることの証でもあります。

 ひきかえ日本のマンガIPはスマホへの出遅れが目立ちます。まずは紙マンガ主体、次にその電子化、では縦読みWT化となると、マンガ文法が違いすぎてほとんど手がまわっていません。アニメで世界のココロを掴んだ成長物語はこの直近5年間のKakaoやNaverに負けずと劣りませんが、20年前から海賊版消費によって事業収益に展開できていなかったが海外に多くのマンガファンがいたことは事実。それらが、いまWTに塗り替えられているのではないか、という動きは、90年代に実写映画がアニメ映画に市場が転換していった過去とも、00年代の家庭用ゲーム業界における欧米勢の台頭の過去とも符合するものがあります。

 『バッドマン』はすでに韓国ウェブトゥーン化が発表され、欧米や中国にとってWTは一つのプラットフォームとして吸収・連携すべき対象となってきています。それでもWTにきちんと触手を伸ばす日本出版社がそれほど多くないことには大きな危機感を覚えます。差がつくのは一瞬、市場として顕在化するのはしばらくたってから。5年前には起こったWTの圧倒的な攻勢に、2020年のピッコマを通してようやく気付いた日本企業は、2025年には海外で全くキャッチアップのしようのないほど、大きな差をつけられている可能性はあります。