あくなき北米進出:Wandaとラウンドワンの夢|世界でエンタメ三昧【第83回】

あくなき北米進出:Wandaとラウンドワンの夢|世界でエンタメ三昧【第83回】

垂直統合型の中国映画産業

 もはや世界一となった中国の映画産業、ハリウッドを抜いて映画館動員数は年間17億人、2020年だけは7割減の3千億円規模となりましたが、今年は再び1兆円市場に復活することでしょう。では中国の映画産業はどんなプレイヤーによって担われているのでしょうか?

 1994年に映画産業を解放した中国は、古くから国有企業のChina Film Group(CFG)が寡占の状態であり、現在は民営の多くの会社が入ってきてはいるものの、いまだ外資作品はすべてこのCFGを通してしか輸入できない形になっています。2019年に同社が参加した23作品は中国市場全体の2割弱を占める成功作が並び、会社業績としても1千億円規模の売上を順調に伸ばしています。

 海外から中国市場に展開する映画は、その収入配分もきっちり定められています。興行収入の25%を還元する(以前は13%)「分帳」モデル(レベニューシェア)か、一定金額を払いきりする「買断」モデル(買い切り)のどちらかが導入され、ほとんどのハリウッドスタジオは前者での展開をしておりました。ハリウッド25%、中国配給23〜27%、映画館が50%超というのが興行収入の配分です。作品数も制限され、外資作品は年間35本まで、そのうち14本は3DやiMAXフォーマットであるべきといったルールもあって、なるべく最新のアニメーションを導入し、類似作品を国産でもつくっていこうという気概が感じられます。最近は中国現地会社との共同製作が熱心に進められているのは、それらが「国内映画」とみなされ本数制限にもひっかからず、収益配分も25%ではなく43%を現地配給と自由に調整できるからという網を抜けるやり方も一般化してきています(共同製作は中国側が出資三分の一以上、主要な出演者に中国人がいることなど条件はありますが)。

 なので1兆円市場とはいいながら、「映画製作・配給」市場としては4千億円、「映画興行」市場が6千億円というのが相場感でしょうか。こう考えると映画製作・配給のCFGの1千億円も、次なるHuayi Brothers Media(1994年設立、HBM)の600〜700億円規模の売上も(コロナ期は半減)、寡占率としてはそれなりの高さです。HBMも映画製作だけでなく、映画配給、映画館運営に加え、テレビ番組制作、芸能事務所、音楽事務所運営、テーマパーク運営など手広く手掛けています。今回はその中でも6千億円規模に及ぶ映画関連産業を手掛けるワンダがメインテーマとなります。

中国最大のエンタメ企業ワンダの野望

 かつてのソニーやパナソニックがそうだったように、中国企業もまたハリウッドに展開していきます。Dalian Wanda(大连万达)が2012年に26億ドルをかけてAMCエンターテイメントを買収した案件は、中国企業による過去最大額での米国企業の買収案件となり、世間を騒がせました。AMCは米国2番目の映画館運営会社で、日本であればイオンシネマに次ぐTOHOシネマズが買収されたようなものでしょう。ワンダは中国トップの不動産ディベロッパーでありながら、この買収で世界最大の映画館運営会社になります。さらには2016年に『Godzilla: King of the Monsters』や『Jurassic World』などを手掛けるLegendary Entertainmentを今度は35億ドルで買収。再び最高買収額の記録更新です。売上1億ドル超の映画製作・配給会社にしてはなかなかの高値です。

 テンセントでもネットイーズでもなく、このワンダという会社はなぜここまでアグレッシブなのでしょうか?グループとしての総売上はおよそ4兆円規模にもなる、世界2位の不動産ディベロッパーです。そこに2兆円規模のChina Resourcesや、7千億円規模のシンガポール・Capitalandが続きます。ワンダは200以上もの「ワンダプラザ」を中国全土に展開し、毎年平均20か所ほど新規のプラザを増やしてきました。そんなワンダが映画産業に進出したのは2006年、自社モールに人を寄せるために「文化産業事業部」を作り、たった5年で中国の最大の映画館運営チェーンとなります。興行でも配給でも2010年前後は中国最大規模の会社でした。

 15歳から27歳まで軍人で司令官にまで上り詰めたWang Jianlin(王健林)が率いているだけあって、「鉄の規律」と言われる厳しい社内文化でも知られ、ドレスコードに違反した服を着ていくと罰金がとられたり、業績の低いマネジャーは社員の前にさらされ、給与の格差もかなり大きい。驚くべきは数十年のディベロッパー事業でワンダは「一度もプロジェクトの竣工日を遅らせたことがない」という点につきます。規律ある信賞必罰でコミットメントの強い会社カルチャーが1992年の法人設立から30年でのこの成果につながっています。

 その後米国映画興行で4位のCarmikeも買い集め、2020年までに米国映画市場の20%を目指すと言われていました。オーストラリア、ニュージーランド、英国、スカンジナビア、スイスのスポーツマーケティング会社やスポーツクラブのAtletico Madridとどんどん触手を伸ばし、2015年には6.5億ドルでアイアンマントライアスロン大会を運営するワールドトライアスロンを買収します。エコノミスト誌では王を「ナポレオン的な野望を持つドン」とまで称し、米中またがってその威光を轟かせます。

 しかしながら、ワンダの敵は米国ではなく、実は中国本土にありました。債務をかかえた積極的な海外投資に、政府からの命令で中国の銀行は貸し剥がしを行い、ワンダも2018年からAMCの株式を売り始めざるを得ない状況でした。2021年6月、中国の不動産投資への警戒態勢をみえて、ワンダはAMC株をすべて売却し、不動産事業から総撤退、国内事業に集中することを発表しました。約300億ドルの資産を持っていた世界最大の不動産王が、76のホテルと13の文化施設を売却し、一夜にしてその産業からの撤退を発表してしまう。ここに中国を取り巻く事業の大きなリスクを感じざるを得ません。

ラウンドワンの北米進出

 米国1兆円市場のなかでは8割のシェアを誇る、6大メジャー(21th Century FOX、Disney、Time Warner、Comcast、Viacom、Sony)も、全世界の3兆円市場の中ではまだ4割をとっているに過ぎません。中国大手の野望は、この残り6割を、ハリウッドと伍して獲得していこうというものであり、「我々は映画をすべてハリウッドから学んでいる」はBonaのYu Dongが言う通り、どこまでハリウッドに近づくかだけを追求し続けています。

 しかし実態は不明なままに手放してしまいましたが、ワンダのAMCやLegendary経営はどうだったのでしょうか?第72回で話したソニーやパナソニックのように「食い物」にされたのでしょうか?はじめての米国ハリウッド企業の買収とのことでワンダ側も相当な経験不足を感じていたようで、M&Aのディール交渉の際には4人のワンダの幹部たちにアドバイザーを26人連れて会議室がすし詰めだったと言われます。経験不足を資本で賄う、外部チームの集まりでなんとか担保しようとしているかのようでした。

 ワンダは不動産×映画という掛け合わせでしたが、同様に不動産×アミューズメントの展開で気炎をはいている企業があります。ラウンドワンです。日本ではパチンコホールも、ゲームセンターも、20年以上凋落が止まっていません。SEGAはアーケードゲーム事業を手放し、他の企業もどんどん遊技場の不動産ビジネスから撤退している最中、日本ではボウリング場を起点にした複合アミューズメント施設で、ラウンドワンが1人そうした重力をものともせずに大きく成長してきました。

 そのラウンドワンが、ゲーム、カラオケ、スポーツなどをあわせた複合施設を北米でどんどん広げています。国内は100施設程度から徐々に減らし続けている10年間でしたが、米国は2010年度末の1店舗から、5店舗(15年)、15店舗(17年)、32店舗(19年)、44店舗(21年)ときて、なんと2022年の計画も49店舗と「増設」の歩みを止めません。もちろん2020年のダメージは大きく、19年度1千億円あった収益は4割減、200億円近い赤字を計上しています。米国も赤字です。コロナ前も国内100店舗で100億近い利益をあげてきましたが、北米は40店舗でも10億程度。儲かるという観点ではいまだ圧倒的に国内のほうが効率的です。それでも今後のアミューズメントの生き筋は北米、そして新たに展開している中国やロシアなど海外にある、と創業者の不屈の覚悟が表れています。

 果敢にもハリウッドに挑戦し、政策の風向きが変わるや世界一の不動産事業をてなばして全撤退を決めたワンダ。北米に焦点を定め、国内の利益をすべて吐き出すように海外投資を続け、コロナで全社が4割減になっても北米進出の足を止めないラウンドワン。いずれも推進しているのは起業家である創業者です。

 正直「小売・リテーラー」の海外展開は難しいです。ウォルマートが西友に失敗し、カルフールなどが軒並み失敗してきたように、結局ローカルの商品を仕入れ、ローカルのユーザーに向けた商売をするからです。母国のケイパビリティが効きません。逆に、ユニクロやZARAのように「製品」自体も含めて自社のもので差別化できているなら話は別です。だからワンダはLegendaryを取り入れ、自社で製品を作る機能も抱え込もうとしました。そうした中でのラウンドワンの北米進出とその成功は異例です。製品も現地、ユーザーも現地、ただ経営やオペレーションという純粋な仕組みの部分で日本ならではのものを活かし、現地において差別化を果たしているのです。ぜひその決着点については、今後もウォッチしていきたいと思います。