新型コロナウイルスが現在全世界を不安に陥れている。3月9日、カナダ当局は新型コロナウイルス感染による同国初の死者を確認したと発表した。死亡したのは西部ブリティッシュコロンビア州ノースバンクーバーの介護施設に暮らしていた、複数の基礎疾患があった80歳代の男性だ。
3月22日現時点でカナダ国内の感染者数は1300人を超えており、カナダの連邦政府はカナダ国民と永住権保持者以外の入国制限や国境封鎖の措置をとっている。(注・20日時点で一部のビザ保持者に入国許可の発表あり)
ウイルスよりも急速に広がっているもの
世界中に感染者が広がるなか、ウイルスよりも急速に広がっているものがある。それは世界各国のアジア系の人物に対する排他主義や人種差別である。イタリアの国立音楽院では東洋人に対するレッスンが中止となり、米国のカリフォルニア大学バークリー校では「アジア出身者への嫌悪感は普通の反応」というSNSの投稿がされた。英ロンドンに留学する中国系シンガポール人の留学生は、人種を理由に集団暴行の被害を受け、顔面に複数箇所の骨折をし重傷を負った。
カナダでもアジア系への人種差別が報告
また、カナダでもアジア系への排他主義や人種差別が増大する傾向にある。カナダ国内のショッピングモール駐車場で中国系カナダ人の女性に対し「お前らがコロナウイルスをまき散らしたんだ」と口にする白人男性の動画が撮影された。オンタリオ州キングストンのクイーンズ大学では「コロナウイルス」がテーマの人種差別的パーティーが開催されたことで非難を浴びたが、後日「中国人は不衛生だから仕方ない」という主催者のコメントがさらに火に油を注いだ。
カナダ在住の日本人読者の中にも、「マスクをすると差別に遭うかもしれない」とマスクの使用を控え、公共の場で咳をすることにもどことなく怖い思いをしている人が結構おられるのではないだろうか。
差別の背景にある長い歴史と偏見
病気の流行に伴い、外国人を保菌者と疑う傾向は昔からある。例えば、日本では大正12年9月1日に起きた関東大震災の際に「朝鮮人が井戸に毒を入れている」というデマが飛び交い、これを真に受けた住民たちが自警団を結成し、多くの朝鮮人や中国人を殺害したとされる。1900年代の米国では腸チフスの流行が起き、パニックになった際にはアイルランド系移民が標的とされた。
オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)健康・バイオセキュリティー部門のトップであるロブ・グレンフェル氏は、新型コロナウイルス関連の差別について「よくある現象だ」とAFPBB Newsに述べた。また、「人類史を見ると、病気の流行が発生するたびに、私たちはいつも一定の集団を非難して責任をかぶせようとする」 と同メディアに述べている。同氏は、1300年代、中世欧州にペストが蔓延したときにも外国人や宗教集団が非難された例を挙げ、新型コロナウイルスも「発生したのは中国だが、実際のところ中国人を非難する理由はない」と指摘した。
グレンフェル氏が述べたように、誤情報によるレイシャルプロファイリング(人種的偏見に基づく対象選別)は全く持って合理的ではない。しかし、今回の新型コロナウイルスに関連する人種差別は新しいものではない。
欧米ではアジア系人物は一括りにされ黄禍の対象とされてきたが、そのルーツには過去200年の間に形成された政策思想「黄禍論」がある。
モンゴル帝国をはじめとした、東方系民族による侵攻に苦しめられた白人は黄色人種を恐れ、「黄禍」というスローガンは日清戦争前後の1894年から1895年にかけてマスメディアに流布するようになった。近代の黄禍論で対象とされる民族は、主に中国人、日本人である。特に米国では、1882年に制定された排華移民法や1924年に制定された排日移民法などの反中、反日的な立法に顕われ、影響が論じられた。
北アメリカ本土に移住した日本人移民は、1900年代初頭に急増したが、彼らは中国人が排斥されたのと同様の理由で現地社会から排斥されるようになった。
1905年5月には日本人・韓国人排斥連盟が結成され、翌年のサンフランシスコ地震の後に悪化したカリフォルニアの対日感情は1907年の日米当局による日本人移民の制限に繋がり、この事件を契機にアメリカ合衆国では「黄禍」は「日禍」として捉えられるようになった。
現在、東アジア系の顔立ちをした人物たちが無知と誤解に基づく人種差別や外国人嫌悪攻撃の標的にされているが、これは「黄禍」が息を吹き返しているという現れだ。
現在、『中国人』または『外見がアジア系』の人々を深く傷付けるような差別というのは、簡単にも他国籍や他人種にも向けられる政治的な差別的思想である。私たちはその自覚を持ち、ありとあらゆる差別に対抗していくことが大事である。
「COVID-19」に関連する人種差別に対抗するキャンペーン
そんな折、中国系カナダ人社会正義評議会(The Chinese Canadian National Council for Social Justice)は、2月末にネイサンフィリップススクエアにて、新型コロナウイルスに関連する人種差別との闘いを目的としたキャンペーンを開始した。 防護服に身を包んだグループのメンバーたちは「有毒な行動から身を守る」、「常識に基づいて最適に機能する」等のメッセージとともに、カスタマイズされたパッケージの手指消毒剤を道行く人々へ配布した。
現在横行している人種差別について、「多くの人たちは、アジア人に差別的で偏見を持っていると思います」とメンバーは現地メディア・グローバルニュースに語り、「私たちは人々が周りに敬意を持ち、また他者に対しても持つべき適切な態度で接するように呼びかけているだけです。このキャンペーンは、コロナウイルスの世界的な台頭と、それに続く中国系カナダ人コミュニティーに向けられた人種差別という異なる種類の病気に対抗するものです」と説明した。
通りがかりの女性は、「トロントのような場所でこのような人種差別が起きているのは衝撃的なことです。だからこそ、このキャンペーンは人種差別がいかなる状況においても起きてはならないという非常に重要なメッセージを送り、人々の注目を集める、素晴らしい方法だと思います」と現地メディアに述べた。
世界各国の中華街の客足が激変、誹謗中傷も
現在、アジア人差別を理由に世界各地の中華街での客足が激減している。3月2日、横浜中華街の老舗広東料理店「海員閣」のオーナーは「中国人はゴミだ!細菌だ!」などと差別的な言葉が書かれた手紙が届いたとツイッターに投稿した。これに対して励ましの声もSNS上で多く寄せられているが、人種差別は世界各国の中華街に大きな打撃を与えている。
トロントの中華街と中華料理レストランも、コロナウイルスをきっかけとした事業の減少を報告している。2月末、コーシャの中華料理店「ゴールデン・チョップスティック」のオーナーのマリ・ガフニーさんは、売上高が昨年の同時期と比較して75%減少したとグローバル・ニュースに語った。 「人々はここで食べるのは安全かと私に尋ねますが、もちろんここは安全で清潔です。人々は手袋を着用し、時にはマスクを着用し、1日2回掃除しています」とガフニーさんは続けた。
「アジア人差別報道を許すな」
米ジャーナリスト協会が警告
こうした状況を鑑み、2月、米国最大の中華街がある米サンフランシスコに拠点を置く「アジア系アメリカ人ジャーナリスト協会(AAJA)」は、新型コロナウイルスの報道に際してアジア人の表象を正確かつ公正にするように注意を呼び掛ける声明を出した。声明にて、AAJAはニュースや解説報道に見受けられる懸念として正確な文脈を提示することなくマスク姿のイメージを使用すること 、中華街の一般化したイメージを使用すること、また 「武漢ウイルス」という言葉を使用しないようにと警告した。
2002年に起きた同じくコロナウイルスが原因とする重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行時に行われたトロントの調査により、公衆衛生上の懸念が去った後でもかなりの長期間、アジア人嫌悪の影響が残ったことが分かっている。フッカー氏は、「病気に関するニュースが徐々に減ってくれば、直接的な形の人種差別はやむだろう。しかし経済の回復にはかなりの時間がかかり、人々の不安感はしばらくの間消えないだろう」とAFPBB Newsに述べている。
コロナウイルスの予防に大事なのは、こまめに手を洗うこと、周りとの接触をなるべく避けること、そして体調不調の場合には自主隔離を行うことである。それは人種差別という新たなウイルスをまき散らすことでは決してない。
本文=菅原万有
企画・編集=TORJA編集部