カナダ発!女性とキャリアと夫婦別姓|特集「カナダライフのヒント・キャリア編」

カナダ発!女性とキャリアと夫婦別姓|特集「カナダライフのヒント・キャリア編」

 日本では「寿退社」が死語となった今でも、女性のキャリアアップへの道のりにはいくつものハードルが立ちはだかる。周りからの結婚へのプレッシャーはもちろん、家事・育児とのバランスの難しさや出世がしにくいことが一番よく知られている。日本女性の仕事のしやすさや平等さを考える上で、注目されているのが選択的夫婦別氏(または別姓)制度導入を求める運動だ。世界で唯一夫婦同氏制が採用されている日本では、国内の95・5%の夫婦が夫の氏を選択している。そのため改姓は女性の悩みとして見られている。現在日本では、国際結婚でない限り夫婦別姓を選ぶことができない。海外に住みたい人や氏を変えたくない人からしたら海外別姓婚は自由で華やかしいかもしれない。だが、現実はどうだろう?カナダでキャリアを積む日本人女性がもし国際結婚をしたら、名前にまつわるどんな課題と向き合うことになるだろう?日本とカナダの名字の歴史や法律を見ながら、夫婦別姓のことを深く紹介していきたいと思う。

 筆者はアメリカ人と結婚していて、戸籍上と日本語を使う仕事で旧姓を使っている。アメリカでは結婚して3年ほど旧姓を使っていたが、心の準備ができたのち夫の姓に改姓。名字を使い分けてきて11年が経とうとするが、いまだに同姓、別姓、複合姓の間で悩み続けている。そんな筆者の経験も参考までに織り込んでいけたらと思う。

日本と姓

 日本で氏(または姓、名字、苗字)を最初に使い始めたのは平安時代の支配階級で、一般庶民の使用が許されたのは明治3年(1870年)、義務化されたのは明治8年(1875年)である。明治31年(1898年)に初めて夫婦同姓が強制されるまで別姓は当たり前だった。その頃結婚とは家と家の結びつきで、個人が尊重されるようになったのは昭和22年(1947年)、夫または妻の姓を名乗らなければいけないという改正法ができてからのことだ。

 こう見ると同氏制度の歴史は浅いが、女性が氏を改めるのが圧倒的多数のため根深い風習だと見られているのではないだろうか。そんな中、2021年末の朝日新聞の世論調査では69%が選択的夫婦別姓に賛成し、理解が広まっていることもわかってきた。夫婦別姓であるための事実婚の例も年々増えている。2010年の国勢調査では約60万の異性カップルが事実婚を選択していた。あれから12年、最近では法律婚をした女性が旧姓を取り戻すため事実婚へ移行するための「ペーパー離婚」も話題になっている。

カナダとケベック州

 次にカナダを見てみよう。2017年にMaclean’sが発表したCanada Projectという調査では、Millennials世代(1981~96年生まれ)の55%が結婚後、夫婦同氏を希望していることがわかった。続いてGen X世代(1966~80年生まれ)は50%、Boomers世代(1945~65年生まれ)は40%近くしか同氏を希望していなかった。つまり、年齢が高いほど夫婦別姓を望んでいることが明らかになった。しかし1945年より前に生まれた人たちは違って、75%が同氏を支持していた。Boomersが夫婦別姓を支持する理由は彼らが1960年代から1970年代にかけて世界各国で起きた、ウーマンリブ(女性解放運動)を間近に見てきたからではないかと言われている。

 この調査はカナダ全体が対象だが、実はケベック州には旧姓制度があり、女性は結婚後も旧姓を名乗らなくてはならない。ジェンダー平等のためと1981年に掲げられた法律だが、同氏を希望する人からすると選ぶ権利がなくなるのでいい迷惑でしかない。強制的に夫婦同姓か、日本のように強制的に夫婦別姓か、どっちがいいかなんて究極の二択なような気もするが、ケベック州に住む日本人同士の夫婦にとっては「あるある」な悩みかもしれない。

国際結婚における夫婦別姓

 冒頭でも問いかけたが、カナダでキャリアを積む日本女性が国際結婚したら名前にまつわるどんな課題と向き合うことになるだろう?ここで国際結婚における夫婦別姓の賛否、そしてモヤモヤするところも含めて紹介したいと思う。結婚も別姓使用の経験も十人十色なので、あくまで例として見ていただきたい。

別姓を選ぶと便利なこと

名字変更の手続きに追われなくて済む

 銀行口座、パスポート、運転免許証など、日本に帰らなければできない手続きから通販サイトの登録名まで、あらゆる作業から解放される。名前が変わらなければ当然新しいサインも要らない。

今まで築き上げてきたキャリアをリセットしなくて良い

 記者や不動産業者など、名前に評判が反映される仕事の場合、旧姓をキープするメリットは大きいかも知れない。研究者の場合も、結婚前に発表してきた論文や書籍に載せた名前と変わらないので知名度に影響がない。ネット検索で人の情報がたくさん得られるこの時代だからこそ夫婦別姓は重宝されるのではないか。

余談が省ける

 名字が変わると、大体の場合結婚したと思われる。なので「おめでとう!いつ結婚したの?相手は?」とお節介な人たちは二度考えることなく質問攻めしてくる。でもそれがもし離婚後の改姓だったら相当気まずいだろう、と筆者は想像する。筆者は結婚から3年後に改姓した。仕事場で急に上司から祝いの言葉をもらったが、「結婚はもうしていました」なんて説明が長くなるのでお礼だけして逃げた。これは全く想定外で余計なストレスだった。

日本の旧姓は日本人にとってわかりやすい

 カナダでも日本語を活かすキャリアを考えているなら、日本の名字をキープして損はないと思う。多様性が広まる中、名前だけで人を判断してはいけないと考える人も増えたかもしれない。日本語がペラペラな外国人だってたくさんいる。だが、店頭で“Hi!”と挨拶しただけで「日本人の方ですよね?今、はいって言いましたよね」などと勘違いする年配のおじさまに遭遇することもある(これは筆者の経験)。

 そんな方たちにも親近感を持ってもらいたい場合には旧姓もアリかもしれない。そしてさっきの余談に続いて「ハーフですか?国際結婚ですか?」などの質問に答える手間も省ける。筆者は海外生活が長いので、日本語の仕事で旧姓を使うだけでも、まるで日本にいるような気持ちになれるのが嬉しい。

別姓を使う上で不便なこと

使い分けが面倒

 もし職場、プライベート、ネット上で名字を使い分けるとなると、誰にどっちの姓で知られているのか把握できなくなるのでややこしい。SNSでは旧姓を使い続けることで旧友から見つかりやすいけれど、結婚後にできた友達は夫の姓で検索するかもしれないので難しいかもしれない。そんなことを考えるのも面倒だが、気になる人にとっては不便かもしれない。

日本での理解が広まっていないこと

 もし将来日本に住む予定があるなら、日本では夫婦別姓への理解が浅いことを覚悟しなければならない。引っ越しの挨拶などの際、いちいち「夫婦別姓なので」と説明し、両方の名字を覚えてもらう必要がある。外国人が近所に引っ越してきたというだけで騒ぐ日本人もいるかもしれない。その上夫婦別姓だと、事実婚にもまだまだ偏見がありがちな日本では「結婚してないの?」と見られたりする可能性も否定できない。

旅行や医療の場面で制限を感じるかもしれない

 カナダでも日本でも、旅行や移住の際パスポート通りの名前の表記が求められる。戸籍上夫婦別姓の人は、パートナーと(または子供とも)「別」と見られるので、婚姻証明書や子供の出生証明書を提示する必要がある。普段別姓を使っていて何の違和感がなくても、法的な手続きの時だけ厄介に感じるかもしれない。もし日本で夫婦のどちらかが相手の代わりに医療行為の同意をしなければならないとき、国際結婚による別姓法律婚は事実婚やパートナーシップ制度による事実婚と同じ扱いで、医療機関の判断で認められるケースもあれば認められないケースもある。海外別姓婚は夫婦別姓への近道として特別視されているが、それなりの制限もあることも知っておきたい。

別姓でモヤモヤすること

夫婦別姓なのに勝手に「Mrs.夫の名字」と決め付けられること

 せっかく考えた上、旧姓を選んでいるのに、やはり結婚しているというだけで同じ名字と決めつけられるのは少し残念だ。これは日本でもカナダでもあり得る。

日本の名字が自分の代で無くなってしまうかもしれないという切なさ

 子供の名字またはミドルネームに日本の名字をつけていても、彼らが結婚するとき必ずしも日本の姓をキープするとは限らない。そもそも日本国籍だって維持するかもわからない。不確実でコントロール出来ないことがたくさんある中、日本人としてのアイデンティティが自分の代で途絶えてしまう切なさは僅かながらあるかもしれない。

そもそも、なぜ女性ばかり悩まなくてはならないのか

 「国際結婚、夫婦別姓」をネット検索してみると、明らかに結婚後は女性が改姓するものと決め付けられているかのような印象を受ける。日本でもカナダでも夫婦は妻の姓も名乗れるのに、そんな例は滅多にない。夫が妻の姓に変えることは両国で「男らしくない」、「妻の尻に敷かれている」など偏見にさらされている。様々な選択肢があるにもかかわらず主に女性だけが姓の使い分けに振り回されるのは不公平だ。

複合姓という謎の選択肢

 国際結婚で改姓する場合、複合姓またはダブルネーム(夫婦の名字を合体させたもの)も選べる。ただし、必ず家庭裁判所の許可が要る。氏を複合姓にしないと生活に支障が出るなどの「やむを得ない事情」がある場合のみ許されるので、国際結婚だからといって必ずしも自由に選べるわけでもなく、安易に認められるものではない。その上、日本では氏と氏を繋ぐためのハイフンの使用は認められていないため英語表記は場合によってかなり読みにくくなる。実はハイフンが使えるカナダでも複合姓はどの世代にも好まれず、先ほど紹介したCanada Projectではわずか10%かそれ以下の支持数だった。

カナダ人に学ぶ名前の自由

 カナダ(ケベック州を除く)では夫婦と新しい名字を作るケースもあることを紹介したい。カナダには「Legal Name Change」と言って結婚や離婚と関係なく姓や名を変える手続きがある。書類と費用と明確な理由があれば誰でも申請できる。この手段を使えば別姓や複合姓の枠にとらわれなくて済む。

 例えば、Nakamuraさんとスコットランド家系のMacDonaldさんの名前を合わせて“MacMura”。エンターテイナーの夫婦がその精神を“Goodtimes”という名字で表す。かなりの少数派ではあるが、このような選択肢は自己表現の自由につながっている。国際結婚でも、結婚前にカナダ人が姓を変えていれば、その日本人パートナーは結婚時にその姓を選ぶことができる。

海外に住んでみて思うこと


 筆者の経験だが、トロントで名字を聞かれるとき、「夫と同じ名字です」と答えるとたまに“Oh”と言われることがある。もう一度ややこしいスペルを聞かなくていいからほっとしている“Oh”なのか、それとも珍しく同氏だから出た“Oh”なのか、どちらかは分からない。だがその“Oh”を言われた側としては、「ここは夫婦別姓が多いのかな」と思ったりもする。

 今まで場面に応じて旧姓を使ったり、真剣に同氏への考えを温めた後改姓したり、名前の自由やリミットとじっくり向き合ってきた。今でも将来を考えて戸籍上の名前をどうするか悩んでいるし、日本で選択的別氏制度が導入されない限り多分これからも悩み続けるだろう。筆者が10年以上モヤモヤし続けた結果言えることは、年を追うにつれて考えも働き方も時代そのものも変わっていく、ということだ。その変わりゆく時代に沿って夫婦・男女問わず、ノンバイナリーや2SLGBTQQIA+の人も含め皆が好きな名前を名乗れる世の中になってほしいと思う。