【鮨】職人45年、加地さんの所作が魅せる時間 鮨加地のカウンターで味わう大阪鮨のおまかせ|#食の編集部

【鮨】職人45年、加地さんの所作が魅せる時間 鮨加地のカウンターで味わう大阪鮨のおまかせ|#食の編集部

トロントの中心部から西へ向かう。エトビコのThe Queensway沿いに灯る暖簾の先に「鮨加地」がある。予約なしではまず入れない店として知られ、年末の12月はまったく席が取れなかった。年が明けた1月も同様で、連日きれいに埋まっている。常連の比率も高い。店内は30席ほど。料理はおまかせが基本で、18時からと20時15分からの二部制だ。オーナーの加地さんは10代で鮨職人の道に入り、日本各地の名店で研鑽を積んだのち、1990年代にカナダへ渡った。トロントで数々の鮨店や日本食レストランの立ち上げに携わり、2000年にエトビコで「鮨加地」を開く。トロントで45年以上という時間は、単なるキャリアの長さではない。カナダの鮨文化の歩みを現場で見届け、導いてきた代表的な鮨職人なのである。

オーナーの加地さん

大阪スタイル
シャリの甘さとトッピング、そして醤油の厚み

鮨加地の核にあるのは「大阪スタイルの握り」だ。江戸前が赤酢のシャリで輪郭を立てて魅せる鮨だとすれば、大阪の鮨の特徴は、角を立てすぎないシャリの甘さにある。加地さんの握りも、その甘みの使い方が上品だ。口当たりはやさしく、後口は静かに伸びる。大阪らしい丸さが、一貫ごとに確かに残る。

もう一つの軸は、ネタの上に添えられるオリジナルのタレや薬味である。ひと手間が香りを立たせ、余韻の着地点を決める。そこへ重なるのが、西日本らしい濃くまろやかな醤油のニュアンスだ。甘さと香りと塩味がぶつからず、静かにまとまりながら長く残る。

ネタは日本の旬の鮮魚が中心だ。シマアジや金目鯛に加え、愛媛のカンパチ、北海道のイカも印象深い。定番のモロッコ産タコはやわらかく仕立てられ、噛むほどに旨みがほどける。バンクーバーのボタンエビは甘みと旨みを存分に引き出した一貫となっていた。この日供されたスペイン産マグロも秀逸である。赤身はしっとりと品よく、中トロは脂のコクが濃厚に広がる。

カウンターで味わう手仕事と所作のリズム

ぜひカウンターに座ってほしい。理由はひとつ、加地さんの握りの所作に目を奪われるからだ。ネタを置き、シャリをあて、すっと形を整えるまでが一続きになる。動きは流れるのに、どこにも急ぎがない。指先の圧は強すぎず、ほどける余地だけを残して収めていく。まるで静かなダンスのようである。目の前で見ていると、味わう前からすでに期待が整っていく。

大阪の気配が最も分かりやすく立ち上がるのが、鰻の押し寿司だ。大阪の鰻押し寿司は、四角い木箱に蒲焼きと酢飯を重ねて作る箱寿司が代表的である。その木枠にきちんと収め、迷いなく押して、すっと抜く。切り分けるまでの流れが小気味よく、職人のリズムがそのまま一貫の輪郭になる。木箱を扱う所作は軽やかで、目の前で起きる手仕事の気持ちよさが、味の記憶に重なって残る。

握りの前後を支える一品にも注目
前菜で始まり、茶蕎麦で締め、甘味で潤う

この日は、鮨の始まりと最後にも感動があった。おまかせの握りに入る前、その時間を静かに引き立てる一品が供される。玉子の風味を丁寧に引き出した茶碗蒸しである。玉子にミルクと塩のみで仕立てた生地は、口当たりがとろけるようにやわらかく、そこへダシの旨味を凝縮した餡が重なり、味わいに奥行きを与える。ぷりっとした海老の食感も心地よい。玉子の余韻と上品な餡が重なり合い、鮨へ向かう舌を静かに整える。鮨の前にまず一口と言いたくなる、記憶に残る茶碗蒸しである。

締めくくりに添えられるのは手作りのデザートだ。なめらかなフローズンヨーグルトに、爽やかなレモン果汁のジュレを合わせ、瑞々しいブルーベリーを重ねる。酸味と甘みのバランスが鮨の余韻を静かに受け止め、後味を軽やかに整える。最後まで気持ちよく着地させてくれる一皿である。

おまかせのコースはいくつか用意されている。握りへ向かう道筋も一様ではない。その日の流れに合わせて、料理と鮨が静かに組み立てられていく。中でも鹿児島産「和牛」のすき焼きは、この店の名物として昔から人気が高い。甘辛い割下の香りが立ち、火入れの加減で脂の甘みがほどけていく。

そして刺身も素晴らしい。鮮度が良いという一言では片づかない。刃の入れ方と厚みの取り方が的確で、口に運ぶとまず、歯を立てた瞬間に抵抗がふっと消える。身は舌の上でなめらかに折り畳まれ、ほどけながら旨みを静かに放つ。冷たさが先に立たないのも印象的である。しっとりとした口当たりに角がない。噛むほどに滋味が滲み、余韻だけがきれいに残る。刺身がただの前菜ではなく、一皿の料理として成立している。

この10年で「OMAKASE」を掲げる店は増えたが、その多くは江戸前、あるいはそれに近いものだ。だが加地さんの鮨は、日本の食文化や地域性の流れに照らしても、まったく別の「おまかせ」と言ってよい。大阪鮨ならではの丸い味の運びがあり、西日本らしい濃くまろやかな醤油の厚みがシャリとネタを融合させる。そして何より、加地さんの所作がつくる静かな時間が、コース全体の輪郭を整えていく。この一夜を、ぜひ多くの人に味わってもらいたい。