【カナダ初公演スペシャルインタビュー】ピアニスト 反田恭平さん ー 世界を魅了する演奏家 これまでの歩みとこれからー |春のイベント特集「五感を刺激できる場所、トロント。」

【カナダ初公演スペシャルインタビュー】ピアニスト 反田恭平さん ー 世界を魅了する演奏家 これまでの歩みとこれからー |春のイベント特集「五感を刺激できる場所、トロント。」

「日本で最もチケットが取りにくいピアニスト」が、ついにカナダにやってくる―。2021年にショパン国際ピアノコンクールで日本人として51年ぶりとなる2位入賞を果たし、日本や世界でメディア出演や演奏会に駆け回る日々を送る反田恭平(そりた・きょうへい)さん。高校卒業後から現在にいたるまで約10年間を海外で過ごし、世界的な演奏家として日本を飛び出て活躍し続けている。初めてのカナダ公演を5月21日(バンクーバー)、24日(トロント)に控え、本番に向けての気持ちや海外留学中のお話などさまざまな角度からお話を聞いた。

ヨーロッパをベースに世界をまたにかける日々

―2021年のショパン国際ピアノコンクール後、海外コンサートなどでかなりお忙しいのではないですか?

そうですね。コンクールが終わってから、非常にフレキシブルにリクエストいただくことが増えました。正直スケジュール調整が難しいということもありましたが、呼ばれたら行くのが演奏家ですし、それがありたかった姿でもありました。いろいろな土地を見ることができるのはうれしいです。

―世界を飛び回っているわけですね。

よく「拠点はどこ?」と聞かれますが、今はウィーン(オーストリア)に家があることもあって大きくヨーロッパをベースに動いています。ピアノの練習なんかはウィーンでしますが、いろんな国での演奏会に呼ばれたらその国に行ってコンサート活動をするというスタンスです。ドイツやフランス、去年はスペインにも行ったし、今年はイタリアやオランダにも行く予定です。もちろん日本国籍なので日本でコンサートするのは当然ですし、東京にも家があるので日本もベースの1つとは言えます。また、ありがたいことにアジアでの活動も増えてきました。近く、韓国や中国、台湾での演奏も決まっています。

―コンクールを経てがらっと変わったこともあるのでは?

コンクールで結果を出すことができて、本当にいろいろと仕事の幅は広がりましたね。メディアにもたくさん出させていただいて、コンクールが終わって半年くらいでテレビ、ラジオなどの取材を含めて100~200本は出たんじゃないかな。ピアノをしていてまさか松本人志さんに会えるとは思っていなかったですし、娯楽で見ていたテレビの人たちにお会いできたのは、ピアノをしていてよかったなと思ったことでした(笑)かなり忙しかったですが、これも人生で今しかないし、これだけクラシックが注目されるなんてことは滅多にないわけですから、その瞬間をすごく噛み締めながら取材対応していたことを覚えています。海外活動の面でも、海外担当のマネージャーとも出会えて演奏家としての幅が少しずつ広がりました。

―これまで以上に有名になってもっと多忙になったんですね。

コンクール開催国のポーランドではもっと異常なこともあって、カフェに行けば声をかけられるし、学校の通学路ではサイン攻めにあったり、スーパーに行けば頑張ってと言われたりとすごかったです。コンクール期間中、ポーランドでは国営放送が毎日コンクールの様子を中継するし、ラジオでも24時間アーカイブが聴けるようになっているくらい国全体の盛り上がりがすごいんです。コンクール中の1.5ヶ月くらいは特にちやほやもされました。

10代で決断した世界への挑戦と海外留学

―高校卒業後にロシア、その後ポーランドにも留学されたとか。

2014年からロシアのモスクワ音楽院、2017年からは国を変えてポーランドのショパン国立音楽大学に留学しました。

―留学しようと思ったきっかけは?

やはり海外、外に出てみたいという強い思いがあったからです。もともと小学生の時はサッカー少年でしたが、同時にピアノも習っていました。小学5年生の時、サッカーの試合中に手首を骨折してピアノが弾けなくなったことが悲しかったんです。もしかして自分はサッカーより音楽の方が好きなのかなと思うようになってピアノに力を入れることになったのですが、中学2年で初めてピアノコンクールで1位をとりました。世界を甘く見ていたので、1位だしこのままプロになれるんじゃない?と思ってしまって、その時から将来はピアニストとして活動してみようかなと考え始めました。そして、高校3年生の時に日本の学生たちが出るような音楽コンクールでも1位になりました。じゃあ次は海外かなという目標が必然的にできました。

―ではどこに留学するかが問題ですね。

とりあえずオーストリア、ポーランド、ロシアの3候補がありました。実はモントリオールも視野には入れていました。でも留学するにはTOEICやTOEFLである程度点数を取らないといけないと聞いて、そんな時間はないし英語への苦手意識が強かったので諦めました。候補の3か国には語学試験はなかったし、ロシアに関しては予備科に1年間通ってから学校の厳しい試験をパスすればOKということでした。それと同時にロシア人の先生が来日された際に特別レッスンを受ける機会があって、その時にお声がけいただいたという縁もあってロシア行きが決まりました。

―不安はありませんでしたか?

あまりなかったです。10代の頃はもっと尖っていたし、なるようになるかなと思っていたので。本当にパスポートと洋服2、3枚くらいだけ持って、日本食も1個も持たずにロシアに旅立ちました。

苦い経験をしながらも努力で伸ばした語学

©Yuji Ueno

―語学の面ではどうでしょう。全部ロシア語ですよね。

最初の予備科1年は英語でも学べるはずだったんですが、蓋を開けてみれば3ヶ月は全部ロシア語の授業。本当に大変でした。「こんにちは」「水をください」レベルのロシア語は習っていましたが、海外で1人だし発音に自信はなくてしゃべりかける度胸があまりない状態でした。いざキオスクで「水をください」と言ってみても、ガスあり、ガスなしか聞かれるわけです。そこまで予想していなかったし、なんと返答していいかもわからない。「紅茶ください」と言っても、何色の紅茶がいいのかロシア語で色を何ていうのかわからず返答できない。そういうレベルだったので、マックで紅茶を頼んでお湯だけしか出てこなかったこともありました。

―そんな経験をされていたとは驚きです。

最初は四苦八苦しながらでしたが、さらに3ヶ月後くらいから「この人怒っているな」「この人喜んでいるな」というところからだんだんわかるようになりました。住んでいた寮でもルームメイトがロシア語しかできない韓国人だったので、その子とロシア語で話すようにして語学力が上がった部分もあると思います。1年経って試験にも無事合格しましたし、しゃべらざるをえない環境に行くと人間しゃべれるようになるんだな、と思ったのが留学1年目でしたね。

―そこから2017年にはポーランドに行って、また一からポーランド語を勉強しなければならないわけですよね。

実はロシア語とポーランド語は非常に似ていて、6割くらいはなんとなく聞き取れます。アクセントが違ったりはしますが、副詞などほぼ一緒のものもあるのでポーランド語もしゃべれないことはなかったのですが基本的には英語で過ごしていました。

―英語は苦手だったとおっしゃっていましたが、英語も同時に勉強したのですか?

英語は習ったわけではなくて、使って少しずつ覚えていった感じです。ロシアに行った当初はロシア語ができないので、英語で頑張っていました。それでも英語に苦手意識はありましたね。中学2年の授業で過去分詞が出てきた段階でもう無理だと諦めていましたから。将来ピアニストになるなら英語は必要だとわかっていたけど、なんとかなると思っていました。妻(ピアニストの小林愛実さん)も最初は正直私と同じくらい英語ができなかったのに、アメリカに留学して今ではとてもきれいな英語を話しますから。私も中学生の時からちゃんと勉強しておけばよかったと強く思うし、唯一の心残りかもしれないです。だから言語に関して抵抗はかなりありましたが、ロシア語はなんとか頑張って話せるようになりました。今はウィーンに住んでいるので、これからドイツ語もやらねばと思っています。

人として成長するのが留学「迷ったら行ってみて」

―海外で暮らしていて、周りに日本人は多いですか?

ピアノ関係の留学生は結構多くて、ウィーンには200人くらいいるみたいです。ロシアとポーランドにいた時はそれぞれ10人とか20人で少ない方でしたが、土地によって違いますね。ワーキングホリデーで来ている人もいるし、駐在員もいれば、将来日本での起業を考えて海外に来ている人などいろんな人を見てきたし、紹介されたこともありました。

―日本人がマイノリティというほどではない?

断言はできませんが、全然そんなことはないと思います。海外に出るということに関してすごく思うのは、留学しているのとしていないのとでは人生観、価値観は全然違うということです。日本でいうと上京するというのと似ているかもしれませんが、その30倍は人間性が変わるのが留学だと思っています。少なからず海外に出ることで日本が改めて良く思えることもありますし、海外の方がいいなって気づくこともあります。私の場合は音楽留学なので交換留学など純粋に勉強しにいく留学とはちょっと違うのですが、現地の文化に積極的に踏み込んで活動しないといけないし、より政治的な背景などが盛り込まれた音楽を演奏することもあります。留学するということには、人間として大きく成長するメリットしかないですよ。これは自分に合う、合わないは留学したから気づけたことでもありますし、全てポジティブに捉えられるのが私の長所でもあったのでロシアでもうまく暮らせたのかなとも思います。

―海外に挑戦しようと思っている方に伝えたい言葉があるとしたら。

人それぞれなので一概には言えませんが、その人に合った生活や留学というのをまずは見つけてみるのが良いと思います。自分は留学に向いているかわからなくても、とりあえずその土地に興味があるとかご飯がおいしそう、芸術面で優れているなどどんな理由でもいいので、少しでも興味があるなら実際に行ってみて、1年くらい住んでみる。もし合わなかったら違うところに行ってもいいし、日本に戻っても良いわけです。私は、留学や海外移住をすることは自分自身の引き出しを増やして人生観や考え方を変えてくれるものだと思っています。もし海外に出て自分に合わなかったとしても、それはそれで単純に自分は日本向きだったということでしょうし、それに気づくことも含めて人生観が増えていく経験になるはずです。だから、とりあえず迷っていたら行ってみてほしいなと思います。

海外ではなく日本にも学びの場を夢は音楽院設立

©Yuji Ueno

―音楽院を作るのが夢だと伺いました。

ゆくゆく50代くらいになった時に、音楽の学校を作れたらいいなと思っています。私もそうですが、音楽をする人の中で高校や大学で海外に出てその後ずっと海外で過ごすという人が多い。なぜかというと、世界の音楽教育の方が優れていたり習いたい先生がいたり、誰もその理由を口にはしないけど日本と比べると海外の方が良い環境があるから、というのはあると思います。日本から海外に音楽留学する人は多いですが、その逆はあまりいないですよね。もちろん、日本にもすばらしいオーケストラはたくさんあるので、仕事をしに来るという海外国籍の人はいるでしょうが、純粋に音楽を学びに来る人はほとんどいません。

―では日本にいながら世界レベルの音楽教育を受けたり、日本でも国際交流できたりする場ができたらいいなということでしょうか?

そうですね。このままだと、日本の音楽界は非常に厳しい状況になってしまうだろうなと感じています。日本には世界的なオーケストラが来ることもありますが、10年後にはもう来なくなっているかもしれません。そのせいで日本がどんどんクラシック音楽から離れてしまうことになってしまうのではないかと思う。私が海外でコンサートをしたりしているのは、もちろん自分自身のためでもあるけれど、将来のために現地で友だちや知り合いをたくさん作っておきたいという気持ちが大きいからです。将来音楽学校ができた時に、「日本に学校を作ったから、バケーションもかねて日本に来て、ついでにピアノも教えてくれない?」って言えるような友だちをたくさんつくりたいなとも思っています。「何かしなきゃ」という使命感があるんですよね。

今回が初カナダやっと行けるうれしさ感じる

―世界で活躍する反田さんですが、カナダやトロントに来たことは?

実は今回が初めてです。行ったことはありませんが、最近音楽の世界でカナダがきているなと感じていたところでした。というのも、2021年のショパン国際ピアノコンクールで1位をとったブルース(ブルース・リウ)はカナダ国籍だし、6位もカナダ人でした(ジェイ・ジェイ・ジュン・リー・ブイ)。その他に何人か音楽家の友だちにカナダ出身、在住の人がいるというのもあります。

―カナダでの演奏会はどんな経緯で決まったのでしょうか。

今回のカナダ公演はバンクーバーとトロントの2箇所ですが、1年半前から直接声をかけてくださってずっと楽しみにしてくれていた方が主催なので、やっと行けるといううれしさと楽しみな気持ちがあります。その人はショパン協会カナダ支社の方で、ショパン国際ピアノコンクールで私の演奏を直接聞いて私に興味を持ってくれたみたいです。もともとバンクーバー公演だけの予定でしたが、せっかくだからということでトロントにも行けることになりました。コンクールがきっかけでお話をいただいたカナダ公演なので、コンクールで演奏したショパンの曲などを弾こうと思っています。今回はある程度自信を持って弾ける曲で勝負したいという思いもあって、昔から弾いてきた好きな作曲家の曲だけを集めたコンサートになりそうです。

―では初訪問ということで、何か楽しみにしていることはありますか?

演奏家の仕事をしていると、1日オフでもない限りあまり現地の観光を楽しむ時間がないんですよね。それに私、基本的に家からも出たくない人間なんです。旅行先でもホテルに行って寝ていたりするくらい。でも今回もし主催者の方などが何かおいしいご飯や観光地など紹介してくださるのであれば、それはすごく楽しみです。

―最後にTORJAの読者やファンに向けて一言お願いします。

カナダ自体初めて行く国なので、正直不安も少しあります。でも初めてカナダでコンサートをすることになり、たくさんの方に聴きにきていただけたら演奏家として本望です。演奏を聴いた後に笑顔になっていただき、私のコンサートや音楽について語り合って幸せに家に帰っていただけるのなら、演奏家冥利に尽きることはないと思っています。ぜひ楽しみにしていてください。

©Yuji Ueno
反田恭平(ソリタ・キョウヘイ)
1994年生まれ。2014年にロシアのチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に入学し、2017年からはポーランドのF・ショパン国立音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)で学ぶ。2021年の第18回ショパン国際ピアノコンクールで日本では半世紀ぶりの最高位第2位を受賞し、日本国内外で演奏活動やクラシック音楽普及に力を入れる。2015年にCDデビューしてピアニストとして活躍する傍ら、2018年にはジャパン・ナショナル・オーケストラ(JNO)をプロデュース。2021年にオーケストラのための新会社を奈良に立ちあげるなど、活動の幅を広げている。