第45回 tiffトロント国際映画祭を振り返る|トロントと日本を繋ぐ映画倶楽部

第45回 tiffトロント国際映画祭を振り返る|トロントと日本を繋ぐ映画倶楽部

TIFF観客賞は『ノマドランド』が受賞

 2020年のトロント国際映画祭(TIFF)は、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行を受け、開幕までの経過も映画祭の開催形態も、例年とはずいぶん異なるものとなった。例年通りの開催が到底望めない状況ながら、長年続く映画祭をできる限り継続しようとするかのように開催されたTIFFを振り返る。

『ノマドランド』から考察する観客賞

 今年のTIFFでは、フランシス・マクドーマンド主演のクロエ・ジャオ監督作『ノマドランド』が観客賞を受賞した。クロエ・ジャオ監督は、前作の『ザ・ライダー』が2017年にSP部門で上映されており、この作品は日本では劇場未公開ながら、TIFFでは以前から注目されている監督という印象があった。また、『ノマドランド』は前評判も高く、トロントの観客に順当に受け入れられて観客賞の受賞に至ったのだなと感じた。

©Nomadland
©Nomadland

 一方で、今年ならではと感じたのは、例年TIFFの少し前の時期に開幕するベネチア国際映画祭でも、『ノマドランド』が最高賞の金獅子賞を受賞したこと。実は、ベネチアの金獅子賞とトロントの観客賞のダブル受賞は、今回が史上初だったとか。

 これには、ふたつの要因があったのではないかと私は考える。ひとつは、今年の上映作品数が極めて少なかったこと。もうひとつは、コロナ禍で、秋開催の映画祭が互いに協力して実施すると宣言していたこと。2番目の要因は1番目の要因と表裏一体であるような気もするが、今年7月上旬の時点で、トロント、ニューヨーク、テルライド、ベネチアの4つの映画祭が、今年は協力すると共同声明を発表していた。例年であれば、賞レースを見すえて各映画祭がどの作品をプレミア上映するのかと互いに競い合うような存在であったところが、今年は情報共有しながら秋の映画祭シーズンを協力していくという話だった。その結果『ノマドランド』はベネチア、トロント、テルライドの3つの映画祭で同日にワールドプレミアとなり、4つの映画祭すべてで上映された。実はこの事実のほうが、ベネチアの金獅子賞とトロントの観客賞のダブル受賞以上に、すごいことじゃないか?なんて私は思っている。

 例年ならどうかというと、例えば昨年トロントで観客賞を受賞した『ジョジョ・ラビット』や、一昨年の観客賞の『グリーンブック』は、トロントがワールドプレミアだったため、それ以前に開幕するテルライドやベネチアでは上映されていない。2017年にベネチアで金獅子賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』はベネチアがワールドプレミアで、その後テルライドやトロントでも上映されたが、この年のトロントでは『スリー・ビルボード』が観客賞を受賞している。

 このように、これまでも複数の映画祭で上映される作品はあったが、ワールドプレミアはどこかひとつの映画祭で実施されてきた。また、従来は審査員が選んだり観客の投票で選ばれたりといった各映画祭の特色に応じ、それぞれに異なる作品が最高賞に選ばれてきており、ベネチアの金獅子賞とトロントの観客賞に同一作品が選ばれるなんてことは起こらなかった。ところが今年は、TIFFの上映作品が絞られた中で『ノマドランド』が世界の三映画祭で同時にワールドプレミアなんて扱いとなったことで、史上初のダブル受賞が起こりやすい状況にあったのではないかと思う。

Violation Getty Wire Image for TIFF by Emma McIntyre
Violation Getty Wire Image for TIFF by Emma McIntyre

大幅に絞られた上映本数

 先にも触れたように、例年と最も異なっていたのが上映本数である。例年のTIFFでは、長編・短編合わせて三百本以上の作品が上映されているが、今年の上映本数は長編が50本、短編が5本のみと発表され、いかに大幅に規模が縮小されたかが分かる。

 具体的に長編作品を中心に詳しく見てみよう。2017年から2020年までの4年間について、プログラムブックの情報を参考に主要部門の上映本数を数えてみた結果が、「トロント国際映画祭の主要部門の上映本数」のグラフだ(「Wavelengths」部門は、例年は長編と短編が入り混じった構成になっていることと、「Short Cuts」部門は短編の上映部門であることから、このグラフには含めていない)。

 特に減少幅が目に付くのは、Special Presentations(SP)部門とContemporary World Cinema(CWC)部門だ。SP部門は、昨年なら観客賞を受賞した『ジョジョ・ラビット』やアカデミー作品賞を受賞した『パラサイト/半地下の家族』に、ライアン・ジョンソン監督の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』や是枝裕和監督の『真実』といった人気作品が多数上映されていた部門。今年は、春先から世界中の映画館が閉鎖を余儀なくされる中、新作の多くで劇場公開の延期が決まっていたことを考えても、SP部門の上映作品が大幅に減少するのは当然のなりゆきだったように思う。

 CWC部門は、例年なら世界中から集まる多種多様の作品が上映されていた部門で、TIFFの多様性を担う部門という印象があった。今年、全体の上映本数が絞られる中で各部門の上映作品を一定数確保しようとすると、CWC部門の上映本数が大幅に減るのもやむを得ない状況だったのではないかと思われる。

トロント国際映画祭の主要部門の上映本数

オンライン配信と屋外上映

Inconvenient Indian Getty Wire Image  by George Pimentel
Inconvenient Indian Getty Wire Image by George Pimentel

 昨年までは3千人以上の収容規模を誇る「Roy Thomson Hall」を中心にGALA部門のプレミア上映が実施され、「Princess of Wales Theatre」や「Elgin Theatre」「Winter Garden Theatre」といった歴史ある劇場から、TIFFの本拠地の映画館「T I F F B e l l Lightbox」にシネコンの「Scotiabank Theatre」やライアソン大学内の「Ryerson Theatre」まで、トロントの数多くの上映会場で数百本の作品が上映されていた。

David Byrne s American  Utopia Getty Wire Image  for TIFF by Emma McIntyre
David Byrne s American Utopia Getty Wire Image for TIFF by Emma McIntyre

 今年はコロナの影響で「TIFF Bell Lightbox」でのみ屋内上映が実現したが、感染防止対策のために隣との間は3席以上空け、前後の列も空席とする方針をとった結果、最大でも50席しかチケットが販売されないという事態になった。このせいか、チケット争奪戦は例年にも増して激化し、一般発売前のTIFF会員向け先行チケット販売期間中に、すでに屋内上映のチケットは完売となってしまった。

 屋内上映が大幅に制限された一方で、新たな試みとして、オンライン配信と屋外上映が実施された。オンライン配信による映画祭は、5月に世界中の映画祭が協力してユーチューブ配信により実施された「We Are One: A Global Film Festival」や、TIFF開幕直前の8月下旬からカナダ全土を対象に実施されたファンタジア国際映画祭などがあり、今年は世界中の映画祭が配信での実施に舵を切り始めていた。TIFFでは「Bell Digital Cinema」というプラットフォームを立ち上げ、オンライン配信が実施された。

 また、今年のTIFFで特筆すべきは、2箇所のドライブインシアターと1箇所の野外劇場で実施された屋外上映だったのではないかと思う。ドライブインシアターでの上映前の舞台挨拶の映像を見ると、劇場でなら拍手が起こるところで車のクラクションが鳴り響き、なるほどドライブインシアターだとそうなるのか!と思わず納得。TIFFでお披露目される映画をトロントの観客が熱く歓迎する様子は、昨年までとまったく変わらない印象を受けた。

屋外でのミッドナイト・マッドネス

 例年なら、夜な夜な23時59分から「Ryerson Theatre」で上映されるMidnight Madness(MM)部門も、これまでと変わらない印象を受けた。ドライブインシアターで上映された『Shadow in the Cloud』の上映前の様子を動画で見ていると、MM部門のプログラムディレクターの小芝居あり、ひときわ賑やかなクラクションありで、相変わらず真夜中の熱狂上映だなと嬉しくなるほど盛り上がりを見せていた。

Falling Getty Wire Image  by George Pimentel
Falling Getty Wire Image by George Pimentel

従来同様に女性による作品をクローズアップ

 近年のTIFFの方針を貫いていると感じたのが、女性の映画製作者による作品を多く取り上げた上映ラインナップだ。昨年12月号の特集記事で昨年のTIFFの上映ラインナップを分析したのと同様に、Gala Presentations(GALA)部門とSP部門について、各部門の上映本数と女性監督による作品の割合を比べてみた(1999年から数年毎と、2017年以降2020年までの各年を抽出)。

Gala Presentations(GALA)部門の上映作品数と女性監督の割合

Special Presentations(SP)部門の上映作品数と女性監督の割合

 GALA部門では、昨年は女性監督による作品が45%と半数に迫る勢いだった。これは、Me TooやTimes Upといった世界的な潮流を受けて、TIFFがGALA部門で意図的に女性監督による作品を増やした結果ではないかと昨年の特集記事で考察した。今年は、女性が監督した作品はGALA部門の3分の1と昨年よりは減少しているものの、昔に比べると依然として高い水準を保っている。SP部門も、全体の上映本数が大幅に減少する中でも昨年同様の比率を維持しており、やはり女性監督による作品を多く取り上げるTIFFの方針に変わりはないという印象を受ける。

映画祭を開催すること、継続するということ

 今年、これほど世界的に過去に例のない状況に見舞われながら、できる限り現地で観客が集まって映画を観るという開催形態を大切にし、これまでトロントの観客とともに築いてきたTIFFを継続しようとしているのだなと感じた。そこには、トロントの観客ありきの映画祭を継続しようとするTIFFの意志が見えたような気がした。今後も観客のひとりとしてTIFFを追い続けていきたいと、強く思った10日間だった。

TIFF観客賞受賞作 『ノマドランド』

©Nomadland
©Nomadland

監督: クロエ・ジャオ
主演: フランシス・マクドーマンド、デビッド・ストラザーン、リンダ・メイ

 不景気のあおりを受けた中年女性が既存の社会から飛び出し、車でアメリカ西部へ向かい、遊牧民的な生活を始める。『Songs My Brothers Taught Me』(2015)や『The Rider』(2017)で注目されるクロエ・ジャオ監督の新作。