2026年末、国際交流基金トロント日本文化センターは現在のオフィスから近隣の新たな場所へ移転する。これに伴い、一般開架式図書館、常設ギャラリー、イベントスペースの運営は終了する。1990年の開設から35年以上。日本の書籍に触れ、映画を観て、展覧会を訪れ、時にはそこに集う人との出会いを通じて日本への関心を深めてきた人々にとって、大きな転換であることは間違いない。
一方、山本所長が今回のインタビューで繰り返したのは、「施設の縮小=活動の縮小ではない」ということだった。
インターネットがなかった時代、日本文化への「ゲートウェイ」として誕生した文化センター。日本文化が世界に広く浸透し、オンラインで国境を越えられるようになった現在、その役割は何へと変わろうとしているのか。
35年強の歩みから、カナダにおける日本研究・日本語教育の世代交代、文化交流を支える人材育成、そして2028年の日加外交関係樹立100周年の先まで。山本所長に聞いた。
「日本を知るためのゲートウェイ」としての35年

——トロント日本文化センターは1990年の開設以来、35年以上にわたり、日本文化を紹介するだけでなく、日本とカナダの人々が出会い、理解を深める場として歩んできました。改めて、カナダにおける文化交流の拠点として、これまでどのような役割を果たしてきたとお考えですか。
トロント日本文化センターの35年を振り返るには、国際交流基金そのものがどのような時代背景の中で生まれ、役割を変えてきたのかを見ると分かりやすいと思います。
国際交流基金は1972年、日本の総合的な国際文化交流を担う外務省所管の政府機関として設立されました。当時は日本の高度経済成長を背景に、国際社会における日本の役割が大きくなっていた時代です。経済だけではなく、対等なパートナーとして文化を通じて世界の平和や発展に寄与していく。その中で文化交流の意義が非常に高まっていきました。
1970年代、1980年代には、文化人や教員グループの招聘、日本研究者の訪日フェローシップ、日本語教育専門家の海外派遣など、多くの人物交流が行われました。今のように簡単に海外へ行ける時代でも、インターネットで情報を得られる時代でもありません。ですから、実際に人が行き来することに非常に大きな意味がありました。
日本語教育についても、日本語能力試験が1984年に世界で始まり、日本語教師の育成や教材開発などが進んでいきました。
そして1990年代になると冷戦が終結し、それまでのイデオロギーの対立から、文化そのものに注目が集まるようになります。「文化の時代」とも言われた頃です。それぞれの国が自国の姿をバランスよく世界に伝えるため、情報発信の重要性も認識されるようになりました。
国際交流基金でも、この時期に海外拠点や地域センターが整備されています。トロントに事務所が開設されたのが1990年で、1995年には現在のような文化センターへと拡充されました。
もう一つ、当時重要だったのが出版支援、翻訳支援、図書の寄贈です。インターネットが普及する前は、日本に関する情報そのものを手に入れることが難しかった。世界各地の大学や研究機関に日本関連の書籍や資料を送り、図書館を充実させること自体に大きな意味がありました。
そう考えると、トロント日本文化センターはまさに、日本を知るための「ゲートウェイ」として生まれた場所だったと思います。ここに来れば日本の書籍があり、日本の文化に触れられる。そうした入り口として、日本理解の裾野を広げてきました。
トロントは映画や文学に対する関心も非常に高い都市です。トロント国際映画祭やトロント国際作家祭などとの関わりを含め、センターの内外で映画や文学の事業を行い、ギャラリーではデザインや写真、陶芸など、さまざまな展示を行ってきました。
開かれた教育・文化センターとしての役割を担ってきたと思います。
見えにくいもう一つの仕事——「花を咲かせる」より「土壌をつくる」
——センターという場所で日本文化を紹介する一方、一般の利用者からは見えにくい活動も多方面に渡りあると思います。
そこは非常に大事なところです。「ファウンデーション」という名前の通り、助成や資金提供も私たちの根幹にあります。設立当初から、「自ら事業を実施するのか、それとも支援する側に回るのか」という議論は常にありました。
もちろん国や地域によって状況は違います。米国などすでに多くの担い手がいるところでは支援や助成に重点を置く。一方、アフリカなど発展途上国のような日本文化を紹介する主体自体が少ない地域であれば、まず自分たちが実施者となって関心を喚起する必要があります。
ただ、文化を通じて国と国との信頼関係をつくるためには、長期的な視点が欠かせません。
単発の、いわば打ち上げ花火のようなイベントだけを続けていても、その次にはつながらない。資金を提供することで実施する人を増やし、専門研修や訪日研修、フェローシップなどを通して次の世代を担う人を育てる。自分たちがいなくても活動が続いていくような基盤をつくることが必要です。
よく「種をまく」と表現しますが、私たち自身が一度花を咲かせて終わるのではなく、毎年花が咲くような土壌をつくっていく。トロントのセンターには、日本に関心を持っていただく「入り口」としての役割があります。その先には、人材を育て、専門家や専門機関との協働を生み出す、助成、フェローシップ、研修といった仕事があります。
日本文化が身近になった時代に、「政府機関だからこそできること」は何か
——今回、オフィス移転を機に、一般開架式図書館、常設ギャラリー、イベントスペースの運営を終了するという大きな転換を決断されました。その背景には、どのような変化があったのでしょうか。
国際交流基金の役割は、その時代における日本の立場や、世界との関係によって大きく変わってきました。
例えば円高だった時代には、海外から日本へ来ること自体が容易ではありませんでした。だからこそ、将来の担い手となる人たちを日本へ招聘することに大きな意味がありました。日本の本が入手しにくい時代には、図書を寄贈することにも重要な役割がありました。
今は状況が大きく違います。この10数年だけを見ても、日本食、アニメ、マンガなど日本文化の海外への浸透は目を見張るものがあります。日本文化が非常に身近になり、日本政府や政府系機関が何かしなくても情報に触れられる時代になりました。
さらにコロナ禍を経てオンラインツールが大きく発展し、実際に渡航しなくても世界とつながることができます。
そうした中で、公的な財源で活動する私たちが、限られた資源をどこに振り向けるべきなのか。私たちに求められていること、私たちにしかできないことは何なのかを考えながら、国家間の信頼醸成につながる事業を展開していく必要があります。
今回の変化も、そうした大きな時代の変化の中にあると考えています。
「悲しい」という声。それでもミッションは変わらない

——今回の発表後、長年センターを利用してきた方々からはどのような声が寄せられていますか。
特に図書館の利用者の方々からは、悲しみの声を多くいただいています。一方で、これまでに対する感謝のお言葉をいただくこともあります。
国際交流基金全体の見直しの一環として行われるものですので、そうした利用者の皆さんの思いは、私たちスタッフも共有しており、痛いほど理解しています。ただ一方で、時代が変わっているということについて、一定のご理解もいただいているようには感じています。
施設の運営方法は変わります。でも、私たちが価値を置いているもの、達成しようとしているミッションやビジョンは変わりません。さまざまな制約がある中で、自分たちの役割を果たし続けていくための変化だと考えています。
「施設の縮小=活動の縮小」ではない
——図書館やギャラリー、イベントスペースは、目的を持って訪れる人だけでなく、偶然、本や作品、人と出会う場所でもありました。一方、今回の移転は「施設の縮小=活動の縮小」ではなく、活動の形そのものを変える転換とも受け取れます。今後、どのような文化交流の拠点へ変わっていくのでしょうか。
施設の縮小は、活動の縮小を意味するものではありません。むしろ、活動を守り、広げていくための施設の縮小だと位置付けています。そして、もちろん、今後も随時、施設を活用した日本文化紹介は行っていきます。
文化交流は、自分たちの施設の中で日本をプレゼンテーションすることだけではありません。日本語教育のような長期的な事業もありますし、他の機関と協働して実施することもできます。
むしろ自分たちの場所に限定しないことで、他の施設や機関との共同が生まれ、その相手が持つネットワークを通じて、これまでとは違う、より広いオーディエンスにつながる可能性もあります。
さらに、オンラインという選択肢もあります。今後も、多くの方に参加していただける対面とオンラインの事業を実施していくこと自体に変わりはありません。「文化交流のハブ」として、他の機関とより一層協働しながら、全体を盛り上げていく。そのバックアップをするような方向を、一層重視していくのだと思います。
オンラインでトロントの「外」へ
——オンライン化によって、実際に参加者の広がりも生まれていますか。
まさにそうです。例えば日本語講座は、コロナ禍以前は対面で行っていました。対面にはもちろん良さがありますが、そうすると参加できるのは基本的に近隣に住んでいる方になります。
それをコロナ禍を機にオンライン化したことで、近くに日本語を学べる学校がないような遠方の方にも参加していただけるようになりました。
図書館にも似たところがあります。電子図書館を導入したことで、それまではトロント周辺の方が中心だった利用が、他の地域にも広がりました。もちろん、すべての本が電子化されているわけではありませんので限界はあります。それでも、これまで届けられなかった人に届けられるようになったという、新しい可能性があります。
それでも「場所」をゼロにはしない理由
——移転後もミーティングスペースは残されるとのことですが、そこで行われる活動もあるのでしょうか。
はい。ミーティングスペースは維持します。例えば、新しい先駆的なことを始める、あるいは新しい種をまくような取り組みをするとき、社会に前提や経験のない中で、いきなり実行に移すのも難しい場合があります。
そういう時には、例えばまず自分たちが実践してみる。また、ある方がたまたまトロントを訪問する機会に、関係者を集めて小さなトークを開くといったこともあるでしょう。そうした機会を機動的に活用できる場所は必要だと考えています。
図書館は閉架式へ。「希少な資料を守る」役割
——一般開架式図書館は終了しますが、所蔵資料はどのようになりますか。
図書資料についても、私たちは役割がなくなるとは考えていません。現在所蔵している図書のうち約一万冊は保持し、手に入りにくいものや希少性のあるものを中心に、今後も閉架式書庫で保有する予定です。
一般の貸出図書館という形からは変わりますが、必要な方が資料にアクセスできるリソースセンターとしての役割を担っていきたいと考えています。具体的な運用については、移転後にお知らせしていく予定です。
日本研究、日本語教育に迫る「世代交代」
——これまでフェローシップや研修、資金提供などを通じて多くの人材が育ってきたと思います。そのネットワークを今後どのようにつないでいくのでしょうか。
初期にフェローシップなどを通じて日本へ行き、専門家になった方々の中には、カナダの大学で日本研究や日本語教育を牽引してきた方が多くいます。ただ、今はその方たちが徐々にリタイアする世代に入っています。
一方、カナダの大学は厳しい財政状況にあり、どうしてもテクノロジーやエネルギーなどの分野に重点が置かれ、人文科学は厳しい状況にあります。言語や文化のプログラムは、予算削減の中で影響を受けやすいのです。そうなると、これまで日本研究や日本語教育を支えてきた人が退職した後、そのポジションが補充されないということが起きます。
私は、次の世代をどう育てるのかという意味で、今はかなり重要な時期にあると思っています。日本に興味を持つ人はいる。でも、その先に日本について深く学びたいと思った時、教える人がいない、大学にプログラムがないということになれば、専門家の卵そのものが生まれにくくなります。
国際交流基金の仕事には、まず日本への関心を喚起する入り口があり、その次に、日本語や日本文化を学ぶ機会を提供し、さらに長期的には人を育て、システムや基盤をつくっていくという段階があります。
これからは、担い手育成、人材育成、基盤整備というところがますます重要になってくると思います。
トロントは文化に対する感度が非常に高い都市
——35年の積み重ねによって、トロントの日本文化の受け止め方そのものにも変化を感じますか。
トロントは、もともと文化に対する感度が非常に高い都市だと思います。
国際作家祭や映画祭などが長く存在していることで、観客の見る目も非常に高い。日本文化についても、ごく一般的なものだけではなく、より深いものを求める層がいると感じます。
例えばシネマ歌舞伎は、2009年に国際交流基金の中でもトロントで先駆けて実施しましたが、昨年の段階でカナダでの累計動員が1万人を超えています。実際の歌舞伎公演そのものではなくても、これだけ多くの方が歌舞伎に触れているわけです。
「観客を育てる」という言い方は少しおこがましいかもしれませんが、長く続けることで、受け手の側にも蓄積が生まれていく。そういうことも文化交流の一つの仕事なのだと思います。
「共鳴する力」が人と人をつなぐ
——日本文化への入口は大きく変わりました。今では映画、アニメ、文学、食、音楽などを通じて、多くの人が自然に日本文化に触れています。一方、世界では分断や対立も目立ちます。こうした時代に、国際交流基金だからこそ果たせる役割とは何でしょうか。
冷戦が終わった1990年代を振り返ると、このような戦争のある時代がまた訪れるとは、当時どれだけの人が考えていたでしょうか。
今だからこそ、国際交流基金が掲げる「信頼醸成」というミッションの意味は、むしろ大きくなっているように感じています。アニメやマンガなど、すでに商業ベースで大きく広がっているものがあります。それは素晴らしいことですし、日本文化そのものが以前よりずっと身近になっています。
その一方で、政府機関が担う文化交流には、民間では担いにくい、商業ベースには乗りにくい、長い時間をかけて次の時代を育てていくという役割があります。
では、そうした文化交流で扱う「アート」とは何なのか。
伝統的なものだからやるのか。現代のものなのか。日本から来た「オーセンティック」なものなのか、ローカルで生まれたものは違うのか。
私は、そこにある核心は、アートが持つ「共鳴する力」だと思っています。
音楽でも映画でも、何かに感動することで、人と人の心がつながることがあります。ただ知識として日本について知るということとは違う。自分の心が動き、それによって、もっと大きな文化や社会への関心が生まれていく。
それは、人と人をつなぎ、信頼を育て、最終的には国と国をつなぐ力になり得ると思います。
オンラインによって知識を得ることは非常に容易になりました。でも、人と直接会うことによって、自分自身が揺さぶられるような経験をすることがあります。
例えば10年ぶりに誰かと再会した時に、「会えた」と心から感じる感情がありますよね。知識が一つ増えるということとは違う、自分の日常そのものが少し動くような経験です。
そういうものを生み出せるのは、やはり人との出会いだと思います。国際情勢が不透明化し、国境を越えることが以前より難しく感じられる今の時代だからこそ、人と人をつなぐ交流の意味は、むしろ増していると思います。
2028年を「次の100年」の 起点に
——これからの日加関係、そして次の世代に向けて、どのような文化交流をつくっていきたいと考えていますか。
長年に渡り日本の専門家や日本語教師を担ってきた世代が、今交代しようとしています。このまま次の人材を育てる仕組みをつくらなければ、日本に関心を持つ人がいても、その関心をより深く学び、将来の日加関係を支える専門性へとつなげていく道が細くなってしまいます。
10年、20年、さらにその先の100年を見据えて、次の世代が二国間関係を支えていけるような安定した道筋をつくることが必要です。
日本とカナダは非常に友好的で、安定した関係にあります。この持続的で協力的な関係を当たり前だと思わず、大切にしていかなければならない。そのためにも、人を育てることが重要です。
これまで数十年に渡り、翻訳、出版、日本研究、日本語教育、文化事業などの基盤を積み重ね、それが現在の日本理解につながってきました。日本文化がこれほど広く知られるようになった今、問われているのは「では、次にどの基盤をつくるのか」だと思います。
2028年の日加外交関係樹立100周年が、その次の100年に向けた新たな起点になってほしい、個人的にはそう願っています。
Journey ontoJFT’s Next Chapter
国際交流基金トロント文化センターでは現在Journey onto JFT’s Next Chapterと題し、ご支援いただいた皆様への感謝の気持ちを込めて、これまでの歴史を振り返るとともに、新たなスタートへの展望を共有する各種特別イベントを開催中。
7月13日にはその皮切りとなる日本文学を世界に届ける翻訳者たちの舞台裏を紹介する「The Canadian Connection: How literary translators bring Japanese voices to the world」を開催いたしました。特別イベントに関する詳細は当センター ウェブサイトをご参照ください。
https://tr.jpf.go.jp/journey-onto- jfts-next-chapter/
主な予定
- 2026年8月22日(土): 図書館一般貸出サービス最終日
- 2026年10月9日(金): 図書館、ギャラリー最終開館日・図書館貸出資料返却最終日
- 2027年1月: 新オフィスで業務開始*詳細は後日お知らせ予定
移転後の施設・サービス(主なポイント)
□ 近隣ロケーションへ移転。
□ 図書館一般貸出サービスは終了。一部資料は予約制で閲覧可能。
□ 常設ギャラリーは終了。
□ 対面文化イベントは外部施設、または移転先にて随時開催。
□ オンラインのイベントやプログラムは従来通り開催。
□ JFカナダ電子図書館、インターライブラリーローンは従来通りご利用可能。
□ 助成・後援等その他プログラムは 従来通り提供。
上記の情報は今後予告なく変更される可能性があります。その他移転および施設・サービス変更に関する情報は当センターウェブサイトをご参照ください。
https://tr.jpf.go.jp/important-notice/

