もしカナダに国宝があるなら|特集「12号で見つめた2025年のカナダ — TORJAの特集アーカイブ」

もしカナダに国宝があるなら|特集「12号で見つめた2025年のカナダ — TORJAの特集アーカイブ」

日本では「国宝」という言葉が、2025年の「新語·流行語大賞」トップテンに選ばれた。背景にあるのは、実写邦画として歴代興行収入1位を記録した映画『国宝』の大ヒットと、その鑑賞体験を指す「国宝(観た)」という言い回しの広がりだ。作品を観たこと自体が、価値ある体験として共有される現象である。
 一方、カナダには法制度として指定される「国宝」は存在しない。しかし、国の歴史や価値観を象徴し、多くの人に共有されてきた存在は数多くある。メープルリーフやビーバーといったシンボル、王立騎馬警察の制服、世界的に評価される芸術家たち。先住民の文化と深く結びついた世界遺産や、自然と共に生きるための知恵、そしてティム·ホートンズに象徴される日常の風景も、この国を語るうえで欠かせない。
 本特集では、日本で再定義された「国宝」という言葉を手がかりに、制度ではなく人々の記憶や暮らしの中で受け継がれてきた存在に目を向ける。そこから、過去と向き合いながら「今」を大切にし、多様性を社会の基盤としてきたカナダの姿を読み解いていく。

皆に愛されるカナダのシンボル

No.1 カナダといえば、メープルリーフ

カナダの国旗の真ん中にあるメープルリーフ。1960年にこのデザインが選ばれた背景には当時の首相、レスター・B・ピアソン氏の提案があったからと言われているが、実はメープルリーフは1834年からフランス系カナダ人の言語と文化の象徴として扱われていた。1850年には1セントのデザインに、そして1876年から1901年の間には全てのコインにあしらわれていた。カエデの葉はスポーツチームのユニフォームや軍服にも用いられていたため、1965年に新調した国旗デザインに登場した時にはすでにカナダ人に愛着があったシンボルだった。
メープルリーフが選ばれたのは、シンプルにその樹木がカナダ人にとって身近な存在であったから。それを彩る赤と白の色はカナダのルーツであるイギリスとフランスに関係している。今ではカナダ人が誇りを持って身につけているシンボルである。

No.2 国獣に選ばれた経緯が面白いビーバー

©︎WikimediaCommons-BiblioArchives

カナダで生活しているとよく見る動物といえばカナダガンだが、国獣に指定されているのはビーバーなのだ。ビーバーが国のシンボルとして定着したのはアメリカ人のおかげなのはご存知だろうか?1975年、ニューヨーク州の上院議員バーナード・スミスはビーバーを州のシンボルにする法案を提出した。このニュースに反応し動いたのはカナダ連邦議会の23歳の保守派議員、ショーン・オサリバンだった。彼はビーバーはがニューヨーク州ではなくカナダの国獣にふさわしいと法案を掲げたところ、3ヶ月以内にあっさりと可決させてしまった。オサリバンがよっぽど説得力のある強者だったのか、ビーバーがそれほどにも愛されていたのか、詳細は不明だ。
もともとカナダ人の間でビーバーは国の経済を立ち上げた動物として知られていた。1500年代、ヨーロッパ人入植者らはビーバーの毛皮を求めカナダに来ては先住民との貿易を盛んにしていった。ヒューロン族はこの動物の絵を使ってヨーロッパ人との条約に署名していたほど重要な存在だった。しかし人間の欲によってビーバーの数は激減。1670年に創業された「Hudson’s Bay Company」のロゴには4匹のビーバーが描かれているが、その11年前には創業者らが違法に毛皮を取り引きしていたほど需要は高いものだった。

©︎WikimediaCommons-BiblioArchives

1800年代には絶滅寸前だったビーバーはその後保護活動によって数が復活。今では彼らの活躍よりか被害のほうが目立っている。ビーバーの歯はPVCパイプや光ファイバー回線までも噛みちぎってしまうほど強く、彼らはなんでも巣の材料にしてしまう。2018年の調査によると、アルバータ州での被害は一年に300万ドルにも上るため、駆除の対象にもなるのだ。しかしビーバーの活動全てが悪いわけではない。ビーバーの巣作りは、実は雨が多い時期に洪水を防いでくれている。そして乾季の間は池に水を貯める役割を果たしているため湿地ができ、森林火災のリスクもさえも減らしてくれているのだ。

アメリカとの競争心から生まれた国獣かもしれないが、今では愛着のあるマスコットであるビーバー。環境保護の観点から見ると、これから先カナダの自然を救うための「ビーバー・フィーバー」がやってくるかもしれない!?

No.3 赤がトレードマークのカナダ騎馬警察

©︎WikimediaCommons-KurtBauschardt

カナダの連邦警察である王立騎馬警察(Royal Canadian Mounted Police)は国民に「マウンティーズ」の愛称で親しまれている。1920年に創設されて以来、水上警察部署や航空警察部署が加わるなどして大きな組織へとなっていった。その活躍の場はローカルな問題から国際的な事件まで幅広いため、アメリカのFBIに比べられることが多い。RCMPはインタポール(国際刑事警察機構)の一部でもある。
マウンティーズにはいくつかの制服がある。日常のユニフォームはグレーのシャツにネイビーのズボン、防弾ベストに官帽。会見などフォーマルな時にはネイビーのジャケットが加われる。そして最も有名な制服が「レッド・サージ」と呼ばれるもの。式典や音楽隊とともに騎馬行進を披露する「ミュージカル・ライド」での制服は赤いチュニックとつばの広い帽子のセットアップ。普段の業務で彼らは馬に乗らないため、馬が見られるのはこの赤い制服が見られる時のみ。カナダのナショナル・カラーでもある赤で国を代表する彼らが行進する景色はカナダならではだ。

カナダを代表するセレブや芸術家

No.1 ポップカルチャーを乗っ取ったカナダ人たち

カナダは演劇や音楽で活躍する表現者の宝庫。ハリウッドで活躍する俳優の多くも、実はカナダ人だったと驚く人も少なくない。代表的なのはキアヌ・リーブスやジム・キャリー、マイケル・J・フォックス、そして二人のライアン、ライアン・レイノルズとライアン・ゴスリング。
音楽で世界的に旋風を巻き起こしたジャスティン・ビーバーもカナダ人。彼の前に90年代から2000年代にかけてミュージック・シーンを彩った女性アーティストたち、セリーヌ・ディオンやアラニス・モリセット、サラ・マクラクラン、アブリル・ラヴィーンらもそうだ。最近ではドレイクやザ・ウィーケンド、テイト・マクレーがカナダの「顔」に輝いている。

No.2 一目でわかる、Kenojuak Ashevakの作品

©︎WikimediaCommons-CanadaPost-KenojuakAshevak

ケノジュアク・アシェヴァクはイヌイット・アートを世に広めたことで知られる女性先住民アーティスト。ヌナブト準州バフィン島で生まれた彼女の作品のフォーカスは身の回りの動物や精霊で、最もよく有名なのは鳥をテーマにしたものだ。彼女のドローイングや版画は和やかで優しい色を使ったものが多い。しかし私生活では自身が6歳の時に父親を殺され、19歳でお見合い結婚をし、16人もの子供(11人を出産、5人は養子縁組)を持つも7人が亡くなるという悲しい過去を生き抜いた女性だった。独特の世界観を持つ彼女の作品は今ではカナダのアート史に欠かせない存在。切手のデザインに登場したり、1970年、夫とともにオタワで製作した壁画が大阪万博のカナダ館にて展示されたりと国内だけでなく世界的にもカナダを代表したアーティストだ。

No.3 グループ・オブ・セブンとエミリー・カー

©︎WikimediaCommons-ArthorGross

カナダの現代美術シーンを大きく影響したグループ・オブ・セブンとエミリー・カー。グループ・オブ・セブンはローレン・ハリスはじめA.Y. ジャクソン、フランクリン・カーマイケル、フランク・ジョンストン、アーサー・リズマー、J.E.H. マクドナルド、そしてフレデリック・ヴァーリーらによる画家集団。トム・トムソンという幻のメンバーの早すぎる死によって運命的に引き寄せられた彼らは、カナダの壮大な自然の魅力をキャンバスに映し出した。

©︎WikimediaCommons-DavidAbercrombie

そしてエミリー・カーもカナダの西海岸からロンドンやパリを行き来する間に自然に癒しを求め、描き続けた画家のひとり。グループ・オブ・セブンのメンバーではなかったが、ともにモダニズムを追求した同志として男性陣に認められていた。彼女の名はブリティッシュコロンビア州の美術大学や小学校に残されているので、カナダ人にとってはとても馴染みの深い芸術家だ。

歴史豊かなカナダの世界遺産

©︎DestinationCanada-Banff-National-Park

カナダには22ヶ所のユネスコ世界遺産が存在する。どれも行くのは簡単ではないが、カナダ人でも生きているうちに行っておきたいというところばかりだ。

No.1 バンフ国立公園(アルバータ州)

©︎Banff&LakeLouise-Tourism-ConorPhelan

カナダの自然を語るにおいてバンフ国立公園は定番中の定番と言っても良い存在。なんせここは1885年にカナダで初めて国立公園に認定された場所。そして1984年には世界遺産に登録されている。
この公園の始まりは1883年、カナダ太平洋鉄道(カナディアンパシフィック鉄道)の線路を整備している途中、3人の従業者がサルファー山で温泉を発見。それまで先住民の聖なる水であった温泉は瞬く間にヨーロッパ人のビジネスチャンスに。

©︎Banff&LakeLouise-Tourism-RobertMassey

当時山々に囲まれたところに出来た街は鉱業に支えられた場所ばかりだったため、観光地発展を目的としたバンフは珍しかった。
パーク内には国定史跡のBanff Springs Hotelもあり、大きなリゾートとなっている。現在、国は土地の主である先住民との和解を目指して一緒にパーク管理を行っている。

No.2 ナハニ国立公園
Nahanni National Park Reserve(ノースウエスト準州)

©︎DestinationCanada-Nahanni-National-Park-Reserve

ナハニは1978年、カナダで初めて世界自然遺産に登録された場所。この公園の自然は文字通り手付かずで、車道がないため水上飛行機かハイキングでしか入れない。インフラやスーパーなどのサービスが整っている世界から旅するとなると、少し頭を捻らせて予定を立てる必要がある。それでもデネ族の人々はここに一万年も前から暮らしてきたというのだから、好奇心と勇気があれば何か学んで帰ることができるに間違いない。

人気アクティビティはサウス・ナハニ川でのカヌーやハイキング、キャンプなど。ここで最も有名なバージニア・フォールズと呼ばれる滝の高さは96メートル。ナイアガラの滝の2倍の高さだというので、絶景に間違いない。
夏の気温は最高で30度まで上るそうだが、最低気温は0度まで下がるので行くなら旅支度はしっかりしておこう。

No.3 リドー運河(オンタリオ州)

©︎DestinationOntario-OttawaTourism RideauCanal

全長約202kmもあるリドー運河は1832年に開通された。カナダの首都オタワとキングストンを結ぶ。北米最古の運河であることから2007年にオンタリオ州初の世界遺産として登録された。この運河ができたのは英米戦争後、イギリス植民地であったカナダの軍がアメリカからの攻撃を避けながら物資を運ぶためだった。幸い完成後にはアメリカとの緊張状態はなくなり、商業物資の輸送や移民の移動に使われることとなった。運河は現在も利用されており、40以上もある水門は昔と変わらず手動で開け閉めされている。

©︎DestinationOntario-Mainspring-RideauCanal

夏にはカヤックやサイクリングが楽しめるほか、冬にもアイススケートやクロスカントリースキーなどアクティビティが盛り沢山。ぜひオタワ旅行の際に見ておきたい。

No.4 ランス・オ・メドー国定史跡
L’Anse aux Meadows National Historic Site(ニューファンドランド島)

©︎Newfoundland-and-Labrador-Tourism-Barrett&MacKayPhoto

北アメリカに初めて上陸し、集落を持ったヨーロッパ人は11世紀のノース人(ヴァイキング)たちだった。クリストファー・コロンブスやジョン・カボットらの存在によって忘れられがちだが、カナダの歴史の大事な一部だ。1978年に世界遺産の仲間入りを果たしたこの国定史跡ではヴァイキングに扮したツアーガイドが北欧神話や当時の暮らしについて教えてくれる。

©︎Newfoundland-and-Labrador-Tourism-Barrett&MacKayPhoto

ヴァイキングらが実際に残していった集落も間近で見ることができるので、歴史が好きな人にはピッタリ。

No.5 ライティング=オン=ストーン州立公園
Writing-on-Stone Provincial Park(アルバータ州)

先住民のブラックフット族の言葉で「アイシナイピ」と呼ばれるこの州立公園には、彼らの象形文字(ピクトグラフ)や岩刻画(がんこくが、またはペトログリフ) が砂岩に描かれている。紀元前2,550年から1,500年ごろに描かれたとされるロックアートの内容はブラックフット族の思想や信仰。文字は鉄鉱石と水、または動物の脂肪分を混ぜた「レッド・オーカー」という顔料で綴られており、岩刻画は動物の骨や角で掘られている。フードゥーズと呼ばれる岩の柱が無数にそびえ立っていることも見どころ。先住民の文化と自然の神秘に触れることができるこの特別な場所は、先住民文化を大切に思うカナダ人の間でとても人気がある。

No.6 州立恐竜公園
Dinosaur Provincial Park(アルバータ州)

©︎WikimediaCommons-edk7

日本語で又の名をダイナソール州立公園と呼ぶこの場所は、7千万年前の地層がむき出しになっている世界遺産。1884年に世界最多の恐竜の化石が発見されて以来、古生物学の聖地として知られている。ティラノサウルスやトリケラトプスに加え、この地域固有のアルバートサウルスなどが発見されており、その種類の数は60から80と言われている。公園内を歩くと足元には化石があるかもしれないワクワクスポット!しかし化石は持ち帰ることができないので気をつけよう。

No.7 スカン・グアイ SGang Gwaay
(ブリティッシュコロンビア州)

©︎WikimediaCommons-Yvrsigmatech

ブリティッシュコロンビア州西部にあるハイダ・グアイ群島は約150の島々で構成されている。その一部はグアイ・ハアナス国立公園となっており、最南端の無人島、アンソニー島にあるのがスカン・グアイ。世界遺産ともに国定史跡であるスカン・グアイには文字を持たないハイダ族の集落跡と芸術が残っている。ハイダ族は約5,000年前からこの島に暮らしていたが、ヨーロッパ人入植者らが持ち込んだ疫病で人口が激減。19世紀末には廃墟化した島に残されたのは32本のトーテムポールだった。
一本の高さが10メートルもあるトーテムポールと島の東部に残る集落は1981年に世界遺産に登録されたが、ハイダ族の人々は自らの文化遺跡を自然のまま残すことを要望したため修復や復元は行われていない。トーテムポールはこの先数十年のうちに朽ち果てると言われているため、今しか見られない世界遺産として有名なのだ。
一度に上陸できる人数は12人と少なく、ハイダ文化についてのオリエンテーション参加がすべてのビジターに義務付けられている。

No.8 ピマチオウィン・アキ
Pimachiowin Aki(マニトバ州)

ピマチオウィン・アキはカナダ唯一の世界複合遺産。つまり文化と自然、両方が保護されている。ここはアニシナベ族が7,000年以上守ってきた場所で、名前は彼らの言葉で「命を与えてくれる土地」を意味する。アニシナベの土地を全て守るということには文化や言語も含まれているという考えライティング=オン=ストーン州立公園同様、ここにもピクトグラフが見られる場所が30ヶ所存在する。
マニトバ州とオンタリオ州をまたぐ敷地は29,040平方キロメートルで、ベルギーの面積とほぼ同じだそう。住民は6,400人だが、その数と同じほどの観光客が毎年訪れる。自然が豊かで野生動物も多いこの公園では毎年10億羽もの鳥が生まれるのだとか!

カナダ人にもっとも身近な国宝「Tim Horton’s」

カナダ人の日常を支えているコーヒーチェーンのティム・ホートンズは1964年、ハミルトンにオープンした。この会社はアイスホッケーチーム、トロント・メープルリーフスのディフェンス、ティム・ホートンとモントリオールのビジネスマン、ジム・シャレードによって設立された。当時のホッケープレイヤーは給料が低く、オフシーズンに副業を持つ選手たちは少なくなかった。ホートンは後に店のフランチャイズ・オーナーだったロイ・ジョイスと手を組むことに。お人好しのホートンはケガや引退でチームメイトがいなくなる度、代わりにプレーすることに「ノー」と言えず、なかなかホッケーを辞められなかった。だがその性格のおかげでキャリアを延長できたのだ。NHLがリーグを拡大させ、ライバルリーグが出来たことで彼の給料はそれまでの12倍に増加。レストラン事業を成功させるため、引退を我慢した。

1974年、44歳でまだ現役だったホートンはあいにく交通事故でこの世を去った。原因は飲酒運転だった。彼の死去は事業にネガティブなイメージを残したが、カナダのコーヒーチェーンのパイオニアとして成長した彼のレストランはすでに高い人気を誇っていた。今ではブレンドコーヒーにミルク2つと砂糖2つを入れた「Double Double」やミニドーナツの「Timbits」がカナダ人の日常に欠かせないアイテムとなっている。現在カナダには4,000以上店舗があり、その数はマクドナルドやスターバックスより多い。

さいごに

今回紹介した「国宝」からカナダという国がどんな場所かを振り返ってみると、ルーツがどうあれ「今」を大切にしているという印象がある。先住民との歴史は複雑で、悲しい過去もあるが、和解が生まれつつもある。そして1988年に法制化された多文化主義(Canadian Multiculturalism Act)があるからこそ、イギリスとフランス文化を引き継いだ二言語、二文化主義をさらに超えた現代に相応しい多様性を実現させている。被害者から加害者となったビーバーとの関係でさえ、今彼らに学べるポジティブな面を見出し共存している。過去を受け入れ、「今」を見つめている国だからこそ「国宝」たちは常に輝いていられるのだろう。