太陽がいっぱいヒューロン湖(1)キンカーディン(Kincardine)|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第55回

 あれは10年ほど前だったか、ちょっと立ち寄っただけだったがなぜか一片の思い出の中でキラキラと輝いていた。コロナ禍のロックダウンも緩和されたことだし、そのキラキラに会いにハイキングも兼ねてトロントから車で約3時間のヒューロン湖岸、キンカーディン(Kincardine)に思い切って出かけた。

キンカーディンの由来

ステーション・ビーチに沿った長い花壇
ステーション・ビーチに沿った長い花壇

 19世紀半ばまでは原住民オジブウェの言葉でペネタンゴア(Penetangore)と呼ばれていた。〝片側に砂浜のある川〟という意味だそうだ。しかしスコットランドの移民が増え、次第に政治活動が盛んになり、ペネタンゴア川の河口にできた町の名前は廃れ、地域拡張の変遷を通して今日のキンカーディン自治区が出来上がった。名称は12代目キンカーディン伯爵(スコットランドの貴族の爵位の一つ、ジェームス・ブルース氏)に由来する。幸いなことにペネタンゴア川はオジブウェの言葉で残る。瀟洒なマリナ、終わりのないビーチ、ハイキングトレイル、花壇や野生のお花畑など、この町には自分をリセットするいい材料がいっぱいある。

ステーション・ビーチ

ステーション・ビーチの夕暮れ
ステーション・ビーチの夕暮れ

 マリナの灯台から伸びる埠頭を境に南北2つのビーチがある。昔、鉄道の駅が近くにあったことから南側のビーチはステーション・ビーチとよばれる。ビーチ沿いの整備された超ロングな花壇は地元の有志園芸家が個々のアイデアを駆使した傑作で目の保養にもなるし自家の庭作りの参考にもなる。ボードウォークなので車椅子やベビーカーでも通れるが砂浜へは自力で砂丘を2〜3メートルほど越える必要がある。ステーション・ビーチのいいところは家族で砂遊びをしたり、ビーチボールをしたり、素足を砂に潜らせたりできること。

キンカーディン・ロックガーデン(ビーチ)

古い自転車も園芸品にーラバーズ・レーンで
古い自転車も園芸品にーラバーズ・レーンで

 北側のビーチは埠頭から歩くのもいいが、町の水処理場の建物の裏にある目立たない細道、ラバーズ・レーン(Lovers Lane)からスタートするのがお勧め。ユニークな民家の庭におもわず顔がほころぶ。レーンが終わって舗装道路に出ると左手はゴロゴロ岩の土手だ。足元さえ自信があればその上を歩いたり、岩を降りればビーチ側。高い部分は3メートル近くあるが、私は道路、土手、ビーチを繰り返す。岩の隙間に色々な植物が生殖しているので土手式ロックガーデン、というわけだ。日本の感覚とは違う。ビーチは砂ではなく細かく丸く削られた良質の小石。素足で歩くとザックザックと気持ちがいい。ここはステーション・ビーチよりも静かだ。

ロックガーデンに縁取られた北側のビーチ
ロックガーデンに縁取られた北側のビーチ

杉山ハイク
― マイナスイオンを目一杯

ハイキング・トレイルから見下ろすペネタンゴア川
ハイキング・トレイルから見下ろすペネタンゴア川

 燦々と照る太陽を浴びてビーチを歩いた後は、深い杉森にさす優しい木漏れ日と色彩豊かな野草の花道のエコなウォーキングタイムが待っている。キンカーディンにはいくつもハイキング・トレイルがあるが私がトライしたのはフレーザー通り(Fraser Dr.)の行き止まりから入るコース。時間の都合上全行程を歩いたわけではないが、起伏の変化、河原、橋、植物の種類、繁殖状況からいって飽きっぽい私をエンターテインしてくれるには十分だった。

バグパイプの話

 ちょっとホロッとする話がある。19世紀半ば、スコットランドを出たドナルド・シンクレア一家はペネタンゴアに向かって航海をしていた。ポイント・クラーク(18キロメートル南)まできた時、悪天候はさらに視界を遮り空が真っ暗になった。強風に煽られ船が目的地に着く見通しが立たなくなったその時、ドナルドはバグパイプを取り出し祈りを捧げてから哀歌を吹いた。

 その音色がペネタンゴアに届き、聞いたパイパーが同じ哀歌で答えたという。すると闇の奥に陽が沈むのが見え、湖上を漂う音色を頼りに船は無事ペネタンゴアに到着した、という話だ。その後もドナルドは陽が沈む頃に港でパイプを吹き幸運を神に感謝したという。

ヒューロン湖とペネタンゴア川をまたぐ可愛い灯台
ヒューロン湖とペネタンゴア川をまたぐ可愛い灯台

 今でもオンタリオで一番古いキンカーディン・スコテイッシュ・パイプバンド(1908〜)はその伝統を受け継いでいる。今年はコロナの影響で夏の恒例パレードはないが7月から灯台の上部でファントムパイパーが演奏するそうだ。