9月から11月上旬に秋の渡りをするカナダグース。カナダガン(雁)やカナダガモの名でも知られるこの鳥は新しい季節の訪れを教えてくれる。カナダのアイコン的存在でもあるグースはこの国の人や歴史にとってどのような意味を持つのだろうか?
「あともうちょっと」な鳥
カナダグースはカナダを代表する鳥と言いたいところだが、実は「あともう一歩」なところがある。カナダの正式な国獣はビーバー、そして国鳥はカナダジェイ(カナダカケス)。国鳥を選ぶ2016年のオンライン投票でカナダグースはトップ5に入っていたが、惜しくもトップの座は得られなかった。今ではステータス・シンボルのアパレルブランド「Canada Goose」も、もとの名前は「Metro Sportswear」で、そのブランドのレーベル「Snow Goose」がのちに「Canada Goose」になったので、最初からカナダグースが選ばれていたわけではなかった。
「カナダグース」は18世紀には存在した
「Canada Goose」という言葉は1772年にはオックスフォード英語辞典に載っていた。
18世紀に発表されたスウェーデン人生物学者カール・フォン・リンネ(Carl von LinnéまたはCarl Linnaeus)の本にもその生態について記述がある。これはカナダ建国より100年ほど前だが、「カナダ」という地名は1535年から使われていた。「カナダ」の由来はヒューロン・イロクワ族の「Kanata(カナタ)」という言葉で、「村」や「集落」を意味する。この地名はフランスの探検家ジャック・カルティエが「カナタ」を村の名前だと勘違いしたことによって広まっていき、後に国の名前となった。
お金のデザインにも
カナダがお金を「ドル」と「セント」を数えるようになったのは1858年。アメリカとの貿易をしやすくするためだった。長い間1ドルは紙幣だったが、1935年にシルバー・ダラーと呼ばれる銀貨が導入された。カナダグースがシルバー・ダラーに描かれたのは1967年。これはカナダ建国100周年を記念するものだったが、翌年シルバー・ダラーは廃止に。1987年から「ルーニー」が発行され、それには「Loon(ハシグロアビ)」が描かれている。カナダグースは1986年に発行された「Bird of Canada Series」と呼ばれる紙幣の100ドル札の裏側に起用されていたが、それも偽札問題により廃止に。どれも長続きしなかった。
植民者たちに食べ尽くされて絶滅危機に
カナダグースは渡り鳥だが、1600年代にヨーロッパ人が北米に定住する前から渡りをしないグースが存在した。冬が寒くても食べ物があれば定住できるということをグースたちは証明したのだった。
しかしその適応力はヨーロッパ人植民者たちに「捕まえやすい鳥」だと思われてしまう原因となり、1900年代の初めまでには彼らに全て狩り尽くされてしまった。
珍しくカナダグースが北米で発見された1960年代にはノースダコタ州で保護活動が本格的に開始され、数が復元された。
今では増えすぎが問題に

一時は北米で絶滅の危機に遭ったカナダグース。1950年代、北米に生息していたグースの数は約100万羽だったが、今では700万羽に上っている。数が回復したというよりは、爆発的に増え過ぎたため大問題になっている。その被害は世界中に広まり、特にヨーロッパやニュージーランドでは侵略的外来種として認識されている。





日本でも特定外来生物に指定されており、2015年に根絶した。それまで日本に定着した特定外来生物が根絶した例はなく、カナダグースが初めての例だった。
都会派になったグースたち
現代のカナダグースといえば公園やゴルフ場、湖の近くなど至る所に居座る鳥だ。都会では食べ物に困ることが全くないため冬になっても南へ渡らない「留鳥化」したグースが多い。ハンターや捕食者にも狙われない環境にいるため、定住するグースは渡りをするグースに比べて卵の数が多く、ヒナの生存期間も長い。
人間はグースを害鳥扱いしているが、人が多く住む都会はグースにとって最高に住みやすい環境を提供してしまっているのだ。
先住民は乱獲しない主義
カナダ先住民のたくさんの部族にとってカナダグースは大事な食料だった。植民者たちのグースの扱いとは異なり先住民はグースの群れ自体を乱獲せず、常に自然とのバランスを保ちながら狩を続けてきた。
ケベック州北部ジェームス湾近くのクリー族には毎年5月にグース狩りをするしきたりがある。数週間のあいだ学校も店も閉まるほど大きなイベントなため、その期間は「Goose Break(グース・ブレーク)」と呼ばれる。
「Goose Break」とはどんなしきたり?
春先にグース・ブレークをするようになった理由は、もともとそのころに冬の間に保存しておいたムース(ヘラジカ)やカリブー(トナカイ)の肉のストックが底をつくため。
「Break」という言葉からすると休息の意味を連想してしまうが、グース・ブレークは狩りや農業を知らない若い世代への文化継承に重大な役割を果たしている。昔の風習では男性のみ、特に7歳から10歳の男の子が初めて狩りを体験する人生の節目でもあった。しかし今では女子も家族で参加することも歓迎されるようになった。
狩りの前にはグースの鳴き真似の仕方や銃の使い方を教わる(18世紀までは弓矢が使われていた)。そして獲ったグースの羽根とダウンはブランケットや枕に詰められるなど、食さない部分の使い方も伝授される。
カナダ先住民に伝わっていたグースの食べ方
全ての先住民族がカナダグースや他のグースの肉を毎日食べていたわけではないが、昔は多かれ少なかれ食文化の大事な一部であった。
魚をよく食べる民族らの間では足りない栄養を補うために食されていた。民族ごとに言葉も風習も違えばグースの食べ方もさまざま。ポピュラーな食べ方は肉を茹でる、または焚き火の上で焼く方法。シチューやスープにして食べる場合、コメやマカロニ、じゃがいもなどの炭水化物と組み合わされる。
稀な例はアラスカのChandalar Kutchinという部族で、グースの血で肉を茹でるスープがあったそうだ。
南アラスカのAttawapiskatやMicmac族ではグースの腸も茹でたり揚げたりして食べる習慣があった。卵を食べる部族も存在した。
西洋人のグースの楽しみ方
カナダに定住した植民者たちの故郷イギリスでは、ローストグース(ガチョウ)は何百年もの間クリスマスの定番料理として食されている。近年ではアメリカのようにターキー(七面鳥)が定着してしまい、グースはすっかり少数派となってしまった。
同じく植民者たちの故郷であるフランスではガチョウを太らせ、肝臓を肥大させて作るフォアグラがある。カナダ隣国のアメリカでも1960年代、「フランス料理の母」として知られる料理研究家のジュリア・チャイルドがグース料理をテレビ番組で紹介するほどグース料理は人々の日常に浸透していた。
グースってどんな味?
北米やイギリスではグースの肉はジビエ料理を楽しむ人々の間で人気があるが、中華料理や台湾料理ではよく使われる食材だ。
調理をする前に胸の羽根を取り除いたり、肉を熟成させたりと手間暇がかかる食材だが、その味はローストビーフやカモに似ていて美味だという。皮は厚く、脂が強い。肉は全体的に赤身だ。
アジア料理での調理方法では見た目は鴨肉や北京ダックと変わらない。食感も人それぞれだが、牛肉や仔牛肉に近い柔らかさだという。
保存方法もさまざま
グースの保存方法も部族によってユニークだった。日干しや燻製、塩漬けなど様々。近年では冷凍することも可能になったが、昔は仕留めたグースを春まで雪のなかに埋めておくこともあったそうだ。
ジューシーさに溢れる脂身は味わい深いため茹でて油だけを抽出して保存し、バターのように料理に添えて楽しまれることもあった。この調理方法は現代のイギリスにも通用し、人気シェフらの隠し味に使われるようなおしゃれなバターだ。
先住民とグースは離ればなれにされた
渡り鳥たちが戻ってくる春、つまりグース・ブレークの季節は、先住民にとって命の再生を象徴する。
しかし1970年代、ジェームス湾に水力発電所が建設され、ケベック州北部のクリー族の人々は1万8129平方キロメートルもの土地を奪われてしまった。

グースたちが戻る場所がなくなり、食生活を変えることを余儀なくされた。マニトバ州北部のクリー族もネルソン・リバー水力発電所の建設によって住む場所を失っている。
先住民たちは限られた場所でできる限り次の世代に文化を残そうとしている。
食文化と民族のアイデンティティ
民族の食文化が変わるとしきたりや言葉までもが持続不可能になる。例えば、クリー族にとってグースは結婚式の大事なごちそうだ。バンクーバー島に住むNorth Coast Salish族はカナダグースを食べるだけでなく、糞を薬として使う習慣があった。
このように食文化は人のアイデンティティやサバイバルに大きな意味を持っている。
絶滅危機から鳥の数が元に戻り、増え過ぎてしまった今でも先住民にとってグースが遠い存在になってしまったのは矛盾に過ぎない。
食べることがなくなったもう一つの理由
先住民にとってカナダグースは植民者による環境破壊や土地を奪われたことで食べることができなくなったもの。だが国全体から見て「食べることができなくなった」のにはもう一つ理由がある。
アメリカとカナダは1918年に渡り鳥条約を結んでいる。メキシコや日本、ロシアとも結ばれているこの条約では、渡り鳥や絶滅の危機にある鳥類など保護されている鳥を捕獲や売買、命を奪うなどすることが禁じられている。カナダグースも保護対象のため、許可なしには獲って食べることができない。
ここ100年でグースが増え過ぎているのもこの理由が大きいと考えられる。
カナダグースを守るなら、先住民も守るべき
カナダグースは植民者たちの健康を支える重要な食料だったにもかかわらず、国民のオフィシャルシンボルとしては選ばれなかった残念な存在。絶滅から救われた後は厄介者扱いされ、必要としている先住民の元には辿り着けない彼らの運命は可哀想なものだ。
先住民に丁寧に扱われてきたグースの肉は、今では高値の加工食品と食料不安と置き換えられている。
カナダグースのため、そして先住民のためにも国は土地を返すべきだ。そして畑やグースのない食生活を送ってきた若い世代に、昔から伝わる生活能力を一からリスキリングするためのサポートも先住民は大いに必要としている。
おわりに
芝生を通ると必ず居る身近なカナダグースだが、今回はあまり身近で聞かないような彼らの歴史について紹介した。カナダグースの数を減らしたり増やしたりしているのは人間なのだから、彼らとの調和を見つけるのも人間の責任だと筆者は考えさせられた。今度グースが邪魔だなと思う時があれば、グースを必要としていた人たちのことを考えてもらえれば嬉しい。

