普段、都会の暮らしに慣れていると電波の届かないところに行こうなんてあまり思わないかもしれない。「大自然」は現代人にとって遠い場所になりつつあるが、カナダ人にとっては欠かせない心のよりどころだ。トロントから車で3時間の距離にあるアルゴンキン州立公園は今の時期、紅葉で大賑わい。大自然がカナダのアイデンティティとなった原点を見ていこう。
「大自然」について考える
人間が手をつけていない自然のことを英語で「The Wild」や「The Wilderness」などと言う。その言葉は壮大な自然や野生の動物などを連想させる。たいがい遠くて人がおらず、「怖いところ」だと認識する人もいるかもしれない。
だが、世界に存在するたくさんの先住民族の言葉では「The Wild」または「The Wilderness」に値する言葉がないことが多いそうだ。自然は彼らの住まいであり、特別に区別する必要がないからだ。 読者の方にとっては「大自然」とはどんなところだろう?
土地の主、アルゴンキン族の人々
1400年代の終わりにヨーロッパ人がアメリカ大陸を発見し、徐々に植民地の開拓が始まった。しかしAlgonquin First Nationの人々はその8千年も前からこの土地に住んでいた。
「Algonquin」という名前の意味にはいくつかの説がある。フランス人入植者が彼らのことを「私たちの親戚」と呼んだためという説もあれば「魚とウナギが獲れる場所」、「踊る人々」、「下流の人々」などの意味があり、どれも確かではない。
この部族の名前の英語の発音は「アルゴンクィン」と読まれることが多いが、フランス語読みをすると「アルゴンキン」になることから「キ」の発音の方が正しいのではないかとも言われている。
アルゴンキン族が信じる精霊
北米に住んできたオジブワやアルゴンキン、クリー、ミクマク族らは「アルゴンキアン」という語派を話す。彼らは言葉だけでなく似た文化や信念も共有している。一つ例を挙げるとすると、動物や森林、風景など全てのものに「Manitou(マニトウ)」と呼ばれるスピリット(精霊)が存在すると信じていることだ。命あるものに限らず石や川、山など自然界の至る所に存在し、世の中を一つに結びつけてくれている。彼らの文化では人間は特別に偉くはなく、自然界の一部として平等に扱われている。
偉大でありつつ、身近な「マニトウ」
マニトウは一般的に信じられている精霊を意味するが、同時に特定の動物や自然現象、人間の行動などを意味することがある。
例えば「The Great Spirit/The Great Manitou」は一番力の強いマニトウで、誰よりも知恵深い者。宇宙を創り上げたのもこのマニトウだ。動物に宿るマニトウも知恵が豊富で、迷いごとがあるときや恐ろしいものから身を守るために儀式などで力を借りたい動物の絵やシンボルを用いたりする。
人々の中に存在するマニトウも動物で表すことができる。人によっては断食や祈り、大自然を放浪するなど、自身を極限の状態に追い込むことで自分の中のマニトウと向き合う。精霊は病を治すことやコミュニティーの決め事などにも関わるため、日々の暮らしの全てに浸透しているのだ。
日本人にとって馴染みのあるもの
精霊はどこにでも宿っているという考えは日本の神道の教えによく似ている。神道もアニミズム(精霊信仰)を信じ、岩や滝など自然に神がいるという見方をする。そして「神」と言っても一人の「God」のことではなく、複数形でさまざまな形や姿があるものだと考えられている。水が身を清めることや「山の神様は厳格であるが守ってくれる」といった言い伝えはアルゴンキン族文化にも存在する。カナダは日本から遠い国だが、古代の人の考えを比べると先住民族文化は日本人にとって受け入れやすいものだということがわかる。
人が自然に手を加えてから気づいたこと
ヨーロッパ人が次々にこの大陸を訪れ、カナダという国が建国された10年後の1880年代ではすでに人による自然破壊が懸念されていた。建国前から林業は50年間も盛んになっていた。人の暮らしを豊かにするための開拓はいつの間にか住民の心配の元となっていた。特に野生動物の生態を間近で見ていた木こりたちは森の未来が長続きしないことを恐れていた。同時にオンタリオ州の住民は自然溢れる環境に癒しを求めるようになっていた。木を切り倒して農業を盛んにするという理念は急激に人気を損ない、自然保護への動きが活発になった。そこで提案されたのがアルゴンキン州立公園(制定当時は国立公園)だった。
州立公園の誕生と先住民の強制移動
1893年、アルゴンキンは国立公園(のちに初の州立公園)に制定された。自然を守るためと人の健康のためとして提案された公園に文句をつける政治家はほとんどいなかった。
しかし時は白人による先住民の同化政策が強化されていた真っ只中。アルゴンキン州立公園を作るために先住民族たちは強制的に移動された。さらに子供たちは寄宿舎学校へ拉致され、先住民言語や文化の継承が途絶えた。
なんと現在でもアルゴンキン族の土地であることは認められておらず、先住民らでさえDay Use Permit(入園許可証)を買わないと中に入れないそうだ。パークの名前はアルゴンキン語派を話す人に由来しているが、その民族たちへの扱いが疑問視されている。
ここでは国立公園や州立公園管理のアイデアがたくさん生まれ、自然保護と観光のバランスや伐木と森林保護のバランスなど、さまざまな課題が議論された場所だと言われている。
1992年にはカナダ国定史跡にも指定されている。だが先住民たちとの和解にはまだまだ努力と時間がかかりそうだ。
大自然は芸術家のミューズ
アルゴンキンの魅力に魅せられてきたのは開拓者や政治家だけではなかった。今までにたくさんの芸術家たちがこの公園にインスピレーションを受け、数多くの絵画や書籍、ドキュメンタリー映画までもが作られてきた。
中でも最も有名なのがTORJAで度々紹介してきたカナダの画家集団、グループ・オブ・セブン。グループ結成のきっかけをつくったトム・トムソンは、春になるとすぐにパークへ足を運び、スケッチに励んだ。彼は正式なメンバーではなかったが、時期にメンバーとなるローレン・ハリスやアーサー・リズマーなどをアルゴンキンに連れてくるなどして制作活動に刺激を与えた。
あいにくトムソンはグループ結成前の1917年7月にパーク内にあるCanoe Lakeで溺死。未だに他殺か自殺かは明確でないことで有名だ。Canoe Lakeのアクセスポイントから12km北に彼の名前に由来したTom Thomson Lakeがある。彼が描き続けた自然の美、そして彼が残したミステリーは今でも人を魅了し続ける。
アルゴンキンは紅葉の名所
140年以上も前にオンタリオに住み着いた人たちと変わらず、現代のカナダ人も都会の喧騒から逃れるために休みを州立公園で過ごすのが好きだ。アルゴンキン州立公園で見られる紅葉は絶景とも言われ、9月の半ばから10月の終わりまでが一番綺麗だそう。
トロントから約270km北にある公園へは車で3時間半ほどかかる。
ハイウェイが1937年に開通するまではGrand Trunk Railway(のちにCanadian National Railway)が列車で都心とアルゴンキンを結んでいた。
州立公園はプリンス・エドワード島よりも大きい面積を持っており、日本の面積と比べると静岡県や宮崎県と同じ大きさだ。
車やキャンピングギアがなくても行ける!?
便利なサービスを利用しよう
運転免許や車がない留学生でも、キャンピング初心者でもアルゴンキン州立公園は楽しめる。トロントから出発するなら便利なサービスがいくつかあるので紹介しよう。テントが苦手でホテルがいいと言う人にも優しい宿泊施設もあるのでアルゴンキンはパーク初心者に向いている。
Gear Library at University of Toronto
トロント大学のキャンピングギアレンタルサービス。低価格でレンタルできるのが嬉しい。品の状態の詳細もオンラインでわかる。トロント大の学生でなくても利用できる。予約はないので、早い者勝ち。
Camp Rentique
https://camprentique.ca
キャンプギアをまとめて借りたい人におすすめ。家でもホテルにでも届けてくれるので便利。マッチから望遠鏡まで、品揃えが豊富。
Voyageur Quest Outfitting
ツアー情報: https://voyageurquest.com/algonquin-provincial-park
バス情報: https://www.voyageuroutfitting.com/algonquin-park-bus
ここで宿泊プランを予約すると専用のバスでアルゴンキンまで行ける。バスは朝の9時にYorkdale Shopping Mall出発、または午後2時にピアソン国際空港出発から乗車可能。カヌーレンタル付きやログキャビンに泊まれるプランなど、セルフガイドのパッケージもあるのでチェックしたい。
Parkbus
トロント市内からアルゴンキンまでバスで行きたいならParkbusが便利。気軽にバスに乗って、数時間自由行動でハイキングを楽しんでから帰ることが出来る。
費用は約150ドル、学生やシニア、子供の割引あり。サイトを通してActive Daysというガイド付きのハイキングやグループで楽しむキャンピングトリップの予約もできるので是非チェックしたい。
キャンピングが苦手でもOK!
パーク内または近くの宿泊施設
パーク内では数が限られているが、近くの街にも宿泊施設があるので車がある人には便利。パーク内では10月の半ばか終わりに営業シーズンが終わってしまうので、なるべく早く空室状況を調べておきたい。
Killarney Lodge
https://www.killarneylodge.com
5月の初めから10月の終わりまで営業しているこのロッジは一日3食付き。ラジオやテレビ、電話はついていないので静かな時間をゆったり過ごすことができる。湖のすぐそばにあるので、思い立った時にカヌーやカヤックを気軽に楽しめる。ペット同伴OKのキャビンもある。ペットの一泊料金は$25で、予約は電話にて可能。
Arowhon Pines
All-inclusive Resortと呼ばれるこの宿泊施設は100人規模のウェディングやパーティーなども予約できるほど大きい。1日3食ついているので料理をする心配もない。
施設内にはカヌーとカヤックはもちろん、SUPやテニス、ピックルボール、バドミントン、サウナなどアクティビティが盛りだくさん。テレビルームでの映画鑑賞やボードゲームなどあるので退屈することはない。
Bartlett Lodge
キャビンとコテージだけでなく、グランピングのようなテントにも泊まることができる。Artist Studio Suitesというオプションにはカナダで有名な画家集団のローレン・ハリスの絵画が飾られているLawren Harris Roomという部屋もある。
Wolf Den Nature Retreat
州立公園のWest Gateを出て西に5キロほどのところにあるこのロッジにはキッチン付きの部屋もあるので料理をしたい人に便利。ホステルスタイルの部屋もあるので、一人で旅行する人やグループで安く泊りたい人にはこのオプションがおすすめ。Oxtongue Riverまでは徒歩で着ける距離だ。トロントからはParkbusが出ているので車を運転しない人はこのロッジで下車することができる。
あなたはどう楽しむ?
大自然でのアクティビティ
生活からテクノロジーを排除し、忙しい毎日のタスクをスイッチオフすることを英語の動詞で「Unplug」という。スマホの電波もほとんど届かないところだからこそ「Unplug」せざるを得ないのだが、その時間をあなたはどう使うだろう?アルゴンキンで人気のあるアクティビティと注意したい点をリストアップしていこう。
マウンテンバイク
マウンテンバイクが好きな人にはOld Railway Bike TrailやMinnesing Mountain Bike Trail、Byers Lake Mountain Bike Trailがおすすめ。Old Railway はAll Agesなので初心者寄り。しかしMinnesingとByers Lakeの方は上級者向け。
フィッシング
アルゴンキンには54種類以上もの魚がいるそうだが、中でもトラウトフィッシングが一番有名だ。釣りを楽しむにはオンタリオ州のルールを守る必要になるのでOntario Fishing Regulation Summaryをネットで確認することが大事。Outdoors CardとFishing License も必要になるので、許可証を準備してから行こう。
乗馬
アルゴンキンでは、馬に乗りながら美しい自然の景色を眺められる貴重な体験ができる。パーク南側にあるSouth Algonquin Equestrian Trailsでは乗馬初心者でも6歳以上の子供でも30分からの乗馬体験ができる。6歳未満の子供はポニーに乗ることができる。ここでは何と自分の馬を連れてキャンプをすることも可能。これはスケールが大きい州立公園ならでは。
カヌーイング&カヤッキング
1,500以上の湖があるパーク内のカヌールートはなんと2,100kmも続く。29ヶ所のアクセスポイントからカヌー、そしてポーテージまたはポータージュ(Portage: ビーバーダムなどの障害物がある時にカヌーを担いで陸上を移動すること)で横断することができる。カヌーやカヤックを持参しない場合はレンタルもできる。レンタルできる場所はたくさんあるので、キャンプサイトに近いところから選ぶのが良いだろう。
ボート
モーターボートは全体的に禁止されているが、種類によっては利用できるところもあるのでウェブサイトをチェックしてから出かけよう。しかしウォータースキーやジェットスキーなどは持ち込みできないので気をつけたい。
野鳥観察
英語では「バードウォッチング」の他に「バーディング (Birding)」という言葉がある。訳すると同じ意味になるが、バーディングの方がどちらかというとさらに「野鳥オタク」であるそうだ。パーク内では260以上もの鳥の種類が見られるそう。鳥の鳴き声で種類がわかるアプリを使ってハイキング中に楽しむのも良いかもしれない。
キッズプログラム
夏休みの間に限るが、5歳から12歳までの子供たちはガイドによるアクティビティに参加できる。ビジターセンターにて1時間のゲームや語り聞かせ、またはガイドとトレイルを2時間歩くプログラムなどがある。
キャンピング
アクティビティとまではいかないが、普段しない人にとっては慣れない作業が多いキャンピング。一晩でもテントが貼れて、ご飯が作れて、心地よく寝られたら十分に自分を褒めてあげたい理由になるのでは?
Hiking Trail
ハイキングトレイルを歩いてみよう
アルゴンキン州立公園にはウォーキングトレイルが数多くある。一つ一つのトレイルを紹介するガイドマップがあるので、利用する場合はThe Friends of Algonquin Park Bookstoresにてチェックしよう。YouTubeでハイクの様子を配信している人も多くいるので、参考にして予定を立てよう。
初心者向き
Algonquin Logging Museum (1.3km)
州立公園での伐木の歴史について学べるこのミュージアムはハイキングコースにもなっている。説明を読みながら歩いて行くので1時間歩いていると感じさせない。車椅子でのアクセスもOKなので誰でも楽しめる。
Spruce Bog Boardwalk (1.5km)
ボードウォークになっているこのコースも車椅子でのアクセスOK。歩きやすいので足が弱い人やハイキングに慣れていない人に向いている。
中級レベル
Hardwood Lookout Trail (1km)
Smoke Lakeの景色が綺麗に見られる。坂があるので中級レベルと見られがちだが、距離も短いので初心者でも大丈夫だそう。
Whisky Rapids Trail (2.1km)
Oxtongue River沿いを歩くトレイルを抜けると急流に出る。急流とは言っても天候が荒れていない限りあまり激しい流れではない。子供と歩けるほど簡単なので、チャレンジや刺激を求めている人には向いていないかもしれない。
Mizzy Lake Trail (10.8km)
4、5時間ほどかかるので泊まりがけでの来園に良い。雨が多い時期に訪れると泥まみれになるので気をつけたい。運が良ければムースやシカ、ビーバーなどの動物に遭遇するかも。
上級者向け
Lookout Trail (2.1 km)
難しいコースではあるが、たどり着く景色は最高のご褒美。トレイルマップがあると州立公園のことを深く学びながら歩けるので便利。
Booth’s Rock Day Trail (5.1km)
二つの湖のそばを歩くこのコースの終着点には使われなくなった鉄道路線がある。上級者向けと言われているが標高は徐々にしか変わらないので家族向きで評判がいい。崖の近くも通るので、子供は6歳以上におすすめ。
Track and Tower Trail (7.5km)
犬と一緒に歩けるハイキングコースの一つ。しっかりリードに繋いで、フンは持ち帰るようにしよう。迷わないように標識や木々にマーキングがあるので歩きやすい。
Centennial Ridges Day Trail (10.4km)
かなりハードと言われているこのトレイル。標高の変化が激しいため体に負担が多い。このコース内には飲み水を汲めるところがないのでしっかり準備をしてから挑もう。
アルゴンキン州立公園へ行く時のポイント
アルゴンキン州立公園はとてつもなく大きいが、紅葉の時期は特に賑わうので行く日にちが決まったらすぐに来園予約を入れておいた方がいい。たとえ日帰りでも1日の車両許可証が必要。5日前までに取得しておかなければいけない。
予約はOntarioParks.comまたは1-888-ONT-PARK (1-888-688-7275) (毎日東部時間朝7時から午後9時まで)
POINT 01
9月9日から10月19日の間、Booth’s Rock Trailの利用には特別な許可証が必要。予約サイトでDaily Vehicle Permitを選択し、Algonquin Park-Hwy 60 Corridorを選べばトレイルへのアクセスの有無のオプションが表示される。
POINT 02
キャンピングをするなら:キャンピングの許可証予約を取ればDaily Vehicle Permitの取得は必要なく、Booth’s Rock Trailも利用可能。しかし混雑時には利用できないこともあるので気をつけたい。
POINT 03
Seasonal Permitを持っている人でもDay-Use Reservationは必要。しかし無料で予約ができる。
POINT 04
紅葉シーズンはとにかく混み合うので行くなら平日、月曜から木曜がおすすめ。
POINT 05
West Gateでは特に混雑が予想されるが、事前にPermitを購入しておけばWest GateまたはEast Gateに寄らなくても良い。
POINT 06
日帰り旅行をするなら:歩きたいトレイルの距離と主要時間、そして場所を確認しておこう。
おわりに
紅葉を見に行く人は急な雨や空気の冷え込みに備えておくのが吉。10月の終わりにはロッジや売店も営業を終了してしまうが、冬でももちろんパークを楽しめる。スノーシューイングやクロスカントリースキー、トレッキング、犬ぞりが人気。
ありのままの自然をリスペクトする心があればきっとどんな季節や天候であれ有意義な時間が過ごせるだろう。