秋の夜長に映画!2021年度トロント国際映画祭の受賞作・話題作の余韻に浸る

第46回 トロント国際映画祭レポート
2021/9/9(木)~9/18(土)

 今年のトロント国際映画祭(TIFF)は、昨年に続き現地会場での上映とオンライン上映を併用したハイブリッド開催となった。カナダ政府がTIFF開幕直前からワクチン接種済み渡航者を隔離期間なしで受け入れ始めたことで、世界中からゲストやプレス関係者の渡航が容易になり、昨年に比べてオンライン上映より現地上映の比重が大きくなった。作品は、特別上映を除く長編作品が124本で、短編や特別上映も含めると約200本。2019年以前の300~400本の上映数に比べると、元通りにはほど遠い状況であるものの、賑わいを取り戻した開催となった。

All Images: 01 Courtesy of TIFF

アカデミー賞オスカー有力候補と呼ばれる観客賞受賞作は
『Belfast』

 開幕後の早い時期に上映され、その直後から観客の好評を博していたのがケネス・ブラナー監督の『Belfast』だ。1960年代後半の北アイルランドを舞台にした少年と労働者階級の家族の物語で、ベルファスト出身のケネス・ブラナー監督にとっては最も私的な映画なのだとか。

 ケネス・ブラナーといえば、最近は『TENET テネット』(20)の暴力亭主や『ダンケルク』(17)の軍服姿が思い浮かぶが、監督としてはシェイクスピア劇を多く作ってきた人。個人的な要素が強い『Belfast』はどんな作品になっているのか、皆さんにとっても楽しみな一作では?

 映画祭期間中にTIFF公式ツイッターで繰り広げられた観客賞予想では、この作品を候補に挙げる人が多く、そのまま最後までトロントの観客から好意的に迎えられて観客賞を受賞した印象だった。

ぜひ観てほしい!
観客賞次点に輝いたカナダ映画
『Scarborough』

 観客賞の次点に輝いたのがカナダ映画の『Scarborough』だ。トロント東部にあるスカボロー地区に暮らす低所得者層の子供3人を中心に、貧困やネグレクトに自閉症など様々な問題を抱える三家族の親子関係や、地域コミュニティーでの関わりを描いた作品。

 この作品は、私がオンライン上映で観た中で最も好きな1本であるとともに、作品自体が素晴らしく、観客賞の次点に入ったことが偉業ではないかと思っている。というのも、例年TIFFで観客賞を受賞するのは、だいたいがGalaかSpecial Presentations部門の話題作で、Discovery部門で上映された『Scarborough』が観客賞の次点に入るのは異例のことだから。有名な監督や俳優が関わる話題作は開幕前から注目されるが、Discovery部門では今回が長編デビューという監督の作品も多く、上映前から話題に上ることはまずありえない。シャーシャ・ナカイ監督とリック・ウィリアムソン監督も、今作が長編デビュー作だ。

 キャストには演技経験のないスカボローに住む子供を起用しており、スター俳優も出てこない。つまり、そんな無名の作品が上映後に観客の話題に上り、観客賞の次点にまで食い込むということは、作品自体が圧倒的に素晴らしいということ。3人の子供たちを中心にした物語の隅々まで、登場人物の置かれた状況や関係性が細やかに描かれていて、地域のコミュニティーに暮らす誰のことをも疎かにしまいとする意志すら感じられるようだった。この作品はトロントが舞台ということもあり、カナダ在住の皆さんには機会があればぜひ観てほしい作品だ。また、これほど素晴らしい作品はぜひとも日本でも公開してほしいと思っている。

ミッドナイト・マッドネス開幕作品はカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した
『Titane』

 今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したジュリア・デュクルノー監督の『Titane』がミッドナイト・マッドネス部門の開幕作品だった。ミッドナイト・マッドネス部門は、SF、ホラー、コメディなどの作品を夜中の23時59分から上映する部門。このジャンルをこよなく愛する観客が集まり、夜な夜な祭りのような盛り上がりを見せる、文字通り真夜中の熱狂上映だ。

 2019年以前はライアソン大学内にあるRyerson Theatreを会場に、11日間の会期中に初日から最終日前日まで毎晩1本ずつ、計10本が上映されていたが、今年は上映作品が6本で、上映会場はRyerson Theatreではなく他のプレミア上映も実施されるPrincess Of Wales Theatreだったためか、開幕2日目がミッドナイト・マッドネス部門のオープニングだった。あの豪華で煌びやかなPrincess Of Wales Theatreでミッドナイト・マッドネス部門が幕を開けるなんて、と妙にかしこまった印象を受けてしまった。でも、そもそもカンヌのパルムドール作品でミッドナイト・マッドネス部門が開幕するのも異例のことという気がするので、今年ならではの光景だったのでは?!

休館が続いていたTIFF Bell Lightboxが10月1日から再開予定。
再開後の第一弾として『Titane』の上映が予定

 ミッドナイト・マッドネス部門の観客賞を受賞した『Titane』のジュリア・デュクルノー監督は、前作『RAW 少女のめざめ』(16)で衝撃的な長編デビューを飾り、本作で再びカンヌからトロントまで話題をかっさらっている。

 なお、2020年の3月中旬以降、映画祭以外の時期は長らく休館が続いていたTIFF Bell Lightboxが10月1日から再開予定で、再開後の第一弾として『Titane』の上映が予定されている。TIFF年会員向けのチケット先行販売が9月29日開始で、会員向けにはチケットが50%オフになるので、トロントの皆さんは要チェックだ。

『DUNE/
デューン 砂の惑星』
がIMAX特別上映

 大きな盛り上がりを見せていたのが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『DUNE/デューン 砂の惑星』のIMAX特別上映。オンタリオ湖畔にあるCinesphere Theatre at Ontario Placeで上映された。ここは、世界初の常設IMAX劇場として1971年にオープンしたオンタリオ州最大のIMAX劇場で、70㎜フィルムとレーザーの両方でIMAX上映が可能というすごいところ。ここで『DUNE/デューン 砂の惑星』のIMAX最速上映を鑑賞できるなんて、TIFFの観客はうらやましい限り。この特別上映にはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督とレベッカ・ファーガソンが登壇し、上映後の観客からのツイートは興奮の嵐だった。

TIFF Bell Lightbox10月15日から「The Uncanny Vision of Denis Villeneuve」を予定

 10月1日に再開するTIFF Bell Lightboxでは、「TIFF Cinematheque」の特集として10月15日から「The Uncanny Vision of Denis Villeneuve」というプログラムが予定されている。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の過去の作品から『Arrival』(16・邦題『メッセージ』)、『Enemy』(13・邦題『複製された男』)、『August 32nd on Earth』(98)が上映されるほか、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督に影響を与えた作品として本人が選ぶ『Lawrence of Arabia』(62・邦題『アラビアのロレンス』)、『The Last Temptation of Christ』(88・邦題『最後の誘惑』)、『Le Mystère Picasso』(56・邦題『ピカソ・天才の秘密』)が上映される予定だ。

プラットフォーム部門・審査員賞はインドネシア映画の
『Yuni』が受賞

 TIFFでは長年、他の映画祭と違って審査員を置かず、観客の投票により観客賞のみを選ぶ方式を採っているが、2015年に審査員を置くコンペ方式のプラットフォーム部門が創設された。この部門では作家性の濃い作品が選定され、監督、俳優、プロデューサーや批評家などから選ばれた数名の審査員により、審査員賞のPlatform Jury Prizeが選ばれる。コロナの影響か昨年はこの部門がなかったが、今年は復活。6回目となる今年は、2019年にこの部門で上映された『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』に主演していたリズ・アーメッドが審査員長を務めたほか、今年のTIFFで『Ali & Ava』が上映されたクリオ・バーナード監督、2019年のTIFFで『Wet Season』(邦題『熱帯雨』)が上映されたアンソニー・チェン監督、同じく2019年のTIFFで『Anne at 13,000 Ft』が上映されたKazik Radwanski監督、そしてDeadline誌の編集者で映画批評家のValerie Complex氏という面々が審査員だった。

 今年のプラットフォーム部門の審査員賞は、インドネシア映画の『Yuni』が受賞した。2017年にこの部門で上映された『The Seen and Unseen』(邦題『見えるもの、見えざるもの』)に続き、2度目のプラットフォーム部門での上映となったカミラ・アンディニ監督の新作だ。

 『Yuni』は、インドネシアの女子高校生ユニの友人関係や成績に進学といった日常の出来事に始まり、結婚の申し込みを何度も断るのは縁起が悪いとする年長者や周囲の古い常識により、次第に彼女の未来が行き詰まっていく姿を描いた作品。見ごたえのある青春映画だと思っていたら、古いしきたりが依然存在する社会で、女性が自分の意志に沿って生きることへの現実の壁が露わになっていく展開。その苦悩を表現する俳優と、それを美しくも哀しく捉える映像が素晴らしく、プラットフォーム部門の審査員賞受賞も納得の作品だった。

プラットフォーム部門・栄誉賞は
南アフリカ映画
『Mlungu Wam (Good Madam)』

 審査員から栄誉賞を受けたのが、Jenna Cato Bass監督の南アフリカ映画『Mlungu Wam (Good Madam)』だ。南アフリカで仕事を持ち裕福に暮らしていた黒人女性が、祖母の死をきっかけに白人女性の屋敷に仕える母親のもとに引っ越すことになり、その屋敷で暮らすうち、次第に彼女に奇妙な変化が起こり始める話。母親とそりが合わず、今も植民地支配が続いているかのように白人の女主人に仕える黒人の母の姿を忌々しく見ていた主人公が、意に反して思いもよらない感覚に囚われていく。観ていると主人公の感覚に取り込まれるように思えてくる音と映像には、緊張感あふれる恐ろしさがあり、とても印象に残った。

スコット・マクギー&デヴィッド・シーゲル監督の新作
『Montana Story』もおすすめ

 他にプラットフォーム部門で良かったのが、『What Maisie Knew』(14・邦題『メイジーの瞳』)のスコット・マクギー&デヴィッド・シーゲル監督の新作『Montana Story』。モンタナ州の牧場に暮らす父が病に倒れ、長らく音信不通だった姉と弟が戻ってきて、姉弟が離散する原因となった過去の出来事に向き合わざるを得なくなる話。モンタナの壮大な風景を映しながら、過去のわだかまりに対峙する姉弟の心象風景も克明に浮かび上がらせるような作品で、痛ましくも美しく響いた。

現地の反応は鈍かった話題の開幕作品
『Dear Evan Hansen』

 今年2021年のオープニング作品はスティーヴン・チョボスキー監督の『Dear Evan Hansen』で、監督や俳優陣が勢ぞろい。今年、屋内会場として復活したRoy Thomson HallとPrincess Of Wales Theatreの両方で初日に上映されるというる華やかな幕開けだった。ただ、どうも作品に対する現地の反応は鈍かったよう。スティーヴン・チョボスキー監督といえば『ウォールフラワー』(12)や『ワンダー 君は太陽』(17)といった傑作を送り出してきた監督なので、トロントの反応はともかく11月の日本公開を待ち望むところ。

ネタバレには注意!?
海外からも視聴可能なオンラインQ&A

 TIFFの現地会場で監督や出演者などのゲストが登壇する場合、多くは上映前に簡単な舞台挨拶があり、上映後にはQ&Aが実施される。今年のオンライン上映では多くの作品で、上映作品の本編ストリーミング前に、登壇が叶わない監督からのコメント映像が流された。

 上映後のQ&Aについては、TIFFの公式YouTubeチャンネル「TIFF Originals」でリモートQ&A動画が世界中に配信され、海外から本編のオンライン上映が視聴不可だった作品もQ&A部分は視聴可能になっていた。

 さらに、現地会場で舞台挨拶やQ&Aがあったものは、その録画映像が配信された。本編を未見の作品でQ&A映像を先に観るのはネタバレが不安だが、TIFFの司会者が興味深い質問をしているので、一見の価値ありだ。

映画祭体験の復活

 今年、私は日本からのオンライン参加となったが、現地会場での舞台挨拶やQ&Aの映像を見ていると、昨年よりもずいぶん現地開催の賑わいが戻った印象を受けた。やはりTIFFは、まだ誰も観たことのない映画を、上映会場に集まった観客が一体となって体験する映画祭ならではの興奮をとても大事にしていて、その実現に向けてできる限りの工夫をしていると感じる。世界中が困難な状況にあえぐ中、2019年以前のような開催が今後も難しいことはもはや明らかだが、今後も少しずつ開催形態を変えながら、また以前のような映画祭体験ができるようになっていくのではないかと少し希望が見えた10日間だった。