獣医師と行政、命に対して考え方が異なる 二つの立場からの葛藤を描いた映画『犬部!』篠原哲雄 監督 インタビュー

 片野ゆか氏のノンフィクション小説を映画化した『犬部!』。獣医師でありながら一般的な診療も行いつつ動物愛護活動を続けている一人の獣医師とその仲間たちを描いたこの映画。トロントで登壇した篠原監督に制作秘話や込められた思いなどについて話を伺った。

カナダは動物が好きな人が多い国。獣医たちの奮闘ぶりに共感してもらえるのでは?!

ー以前バンクーバー、モントリオールにも訪れておりカナダに来るのは3回目ということですが、カナダそしてトロントの印象をお聞かせください。

 爽やかで穏やかな街だと思いました。トロントの街自体は道も広いし、広大な印象があります。北海道の田園的な広大さよりも都市としての広大さを感じました。

ー本作の魅力を海外の人たちに伝えるとしたらどのあたりがポイントになってきますか?

 国によって動物愛護に関する問題は違うと思いますが、カナダではペットショップで動物を売ることはしないですし、行き場のなくなった動物の殺処分はほとんどないと聞きました。この映画で描いてる20年程前、日本では各地でまだ殺処分を行わざるを得ず、処分をゼロにしようと賢明でしたが、最初からそういう問題が少ないという印象のカナダ。行政の力、動物たちに対する保護の事情愛情や飼育の環境が違うのかなと思います。本作は日本に動物にとって生きやすい世の中にしようとしている獣医がいる話なので、ある意味で日本の現実を受け止めてもらって、賛同・共感してもらえるところがあるのではないかと思っています。動物を好きな人が多い国だと思いますので、獣医たちの葛藤や奮闘ぶりに共感に近いものを感じ取っていただければ幸いです。

俳優の努力が随所に。それが見どころの一つ

ーノンフィクションのストーリを映画化されるにあたって、見どころなどを教えてください。

 主演の林遣都さんは動物と寄り添いながら生きている獣医を演じるために多くの時間を使って動物たちと接してくれました。映画の中で林さんにだけ心を開く犬がいるシーンでは、実際に撮影の数日前から他の俳優さんとは接触させずに彼だけにコミュニケーションを取ってもらいました。中川大志さんにおいても似たような状況で、映画の中にはそういった俳優の努力が垣間見れますので、そこが一つの大きな見どころでもあります。

見た人が「こんな若者たちがいるから世の中が少し変わったんだよね」という印象をもてるように

ー日本が抱えている社会問題を映画というエンターテインメントで具現化されていますが、どのようなエッセンスに注力されているのでしょうか?

 この作品においては、命に対して考え方が若干異なる二つの立場からの葛藤を描いています。殺処分ゼロにしたいというのは同じですが、獣医という立場からそれを成し遂げようとする人と、動物愛護センターで殺処分が行われる現実と戦う行政の立場。仕事の考え方の相違というのはどこの世界でもあると思いますが、今回は獣医の話として、考え方が異なる男同士が葛藤し、ぶつかりあう様を描きました。

 人間関係の模様は今までにも描くことが多かったですが、ファンタジーにしていることもありました。そういった意味では、今回は獣医の世界を知るために取材もしてきたので、リアリティーを重んじて描くことができたと思っています。重たいテーマではありますが、見た人が「こんな若者たちがいるから世の中が少し変わったんだよね」という印象をもてるように作りました。

 映画の中には現代的なメッセージがあった方が良いと考え、恋愛などの感情の問題ではなく、仕事に向き合って行く人たちの距離感、若者たちの生き方の一端を描くことができたと思っています。

ー近年目立ってきている社会の分断化や、憎悪を帯びた無差別的な事件など現代社会が混沌としています。人の生き方などを作品とされてきた監督はいまの世の中をどのように見ているのでしょうか?

 一概には言えませんが、昔の方が犯罪を犯す理由や正義があり分かりやすくシンプルだったと思います。社会を変えようとしても力及ばず、学生運動が起きるなどある意味社会の中でうまく適合できない上に事件を起こすというのが顕在化していました。今は根拠が見えない突発的なことに起因する短絡的な犯罪が横行し、とても嫌な社会になっている傾向を感じます。別な言い方をすれば犯罪も多様化し、起因の一つであるリアルな格差も身近なものになっています。

 少し前、日本でホームレスの女性がバス停で殴られて殺されてしまった事件がありました。残酷で虚しい事件ですが、何気ない深夜の街で起きてしまっているのです。そのような事件が平気で起きうる世の中になってしまっていることに恐ろしさを感じます。

 現代は不気味な事件が増えており、事件性に対する描き方も変わらざるを得ない、そして表現の仕方も多種多様です。映画は現実のみを映し出せば良いというわけではないので、フィクションとしてさまざまな要素を出していかなければいけません。今の日本の映画製作は以前のようなスケールではなく、その分エンターテインメント性は落ちてしまっていますが、現実を踏まえた不気味なリアリティーに溢れているかもしれません。

必ずしも新しいものを作るのではなく、古き良きものを残していく、そういう映画を作っていきたい

ー今回監督の作品を初めて観た方や、このインタビューを読まれた方に監督自身の作品で次の一本としてお薦めしたい映画はどれでしょうか?

 『洗濯機は俺にまかせろ』という作品があります。些細な恋愛をしている庶民的な話ですが観てもらえたら嬉しいです。他にも私はファンタジーの形を組むことが多く、『天国の本屋』という作品は、過去における後悔を天国に持ち込んだ人がそれを解決することで安らかになるというストーリーになっており、上海の国際映画祭でも上映されました。

 1994年にバンクーバー国際映画祭で上映された『草の上の仕事』は若者が草を刈る仕事の中でのたたずまいを表現した映画になります。ロサンゼルスの日本映画祭では『お茶をつぐ』という作品が上映されます。必ずしも新しいものを作るだけではなく、日本は古きよきものを残してきた社会だからこそ、古いものを生かしていくことに長けていると思います。残すべきものは残しながらも、その中で変わらないで欲しいものは変えないでいく、それをお茶の世界で表したいと思いました。一本に絞れなくてすみません。今後の映画もそのようなものを製作していくので期待して欲しいです。

日本であっても海外であっても、小さなことの積み重ねが成功に繋がっていく

ー人生の目標が定まらない大学生時代に映画『タクシードライバー』に出会い、そこから森田監督と出会い、映画の世界に入っていったと伺いました。映画監督になっていくまでの歩みを振り返りながら、夢や目標を探しながらトロントに来る若者や、第2のキャリア、人生を探してトロントに来る人に向けてメッセージをお願いします。

 偶然か、自分の意志で切り開くかは別として、年齢に限らず、それぞれの人に定められた道があると思います。それがたまたま海外か日本かという違いはあれど、どんな人でも希望を抱いてその土地へやってきて、それを現実化していくということに励んでいます。

 私の場合はたまたま日本で映画監督になりましたが、世界の中にはいろんな方法があるので、自分で道を切り開いて方法を見つけていくのは大切ですよね。頑張れ、ということは簡単には言えますが、人それぞれ頑張り方も違いますので、道を見つけて進んでいくことでなんとかなるものです。その道自体も、時代によって問題点も変わってくるので、それをきちんとと見つけ出すことが大切だと思います。粋がっていたり、やろうやろうとしていたりすると上手くいきません。

 自分自身も、監督になりたいという大きな目標がありましたが、まずは助監督として下積みを経験しながら自分の作品も作りたいと思って自主制作に取り掛かりました。最初はうまくいかなくても、次はもう少し頑張ろうと思って努力をする。小さな賞をもらい、よし次のステップに行けるぞ、という風に進んできました。大きすぎる目標に向かって邁進するとくじけた時も大きいので、小さなことを一つ一つ重ねていくことが成功に繋がるのではないでしょうか。

篠原哲雄(シノハラテツオ)
 1962年、東京都出身。助監督や自主制作映画で経験を積む。1996年、山崎まさよし主演の初長編映画『月とキャベツ』で映画監督デビュー。『はつ恋』『命』 『地下鉄(メトロ)に乗って』『起終点駅 ターミナル』など話題作を監督。2013年、『スイートハート・チョコレート』で韓国・光州国際映画祭審査員大賞を受賞。2017年、野村萬斎主演の『花戦さ』で第41回日本アカデミー賞優秀作品賞と優秀監督賞を受賞。

上映後の質疑応答ハイライト

質問: どうしてこの題材を選ばれたのでしょうか?

篠原監督: 私は10代から20代後半まで10年ほど犬と暮らしていました。そのことと、今回この題材を選んだのは直接は関係ありませんが、日本では動物が生きやすいような世の中にしていこうという獣医が存在する事実を知りました。本来は、動物の病気を治すのが獣医の仕事です。しかし、動物をきちんと飼い主のもとに届けるために、本来の仕事とは違っていながらも、既成概念を崩しながら動物のレスキューに携わる人もいます。そういう世の中を変えていこうとしている獣医に感銘をうけてこの題材を選びました。

質問: 映画の中でレスキューグループ、保護団体の方々が出てきます。製作にあたり、直接の関わりなどはあったのでしょうか?

篠原監督: 実際の保護団体の方たちに対しては製作前に取材をし、譲渡会にも参加しました。日本には都道府県ごとに保護センターがあり、他にもボランティアとして保護活動をしている人もいて、取材させてもらいました。私自身の経験からも動物をかわいいと思う気持ちだけで飼ってはいけないと思っています。動物に対する素養を身につけ、生涯暮らしていく覚悟が出来てから飼うことを勧めたいです。

質問: 日本の獣医師さんの意識はどこまでのところにあるのでしょうか。

篠原監督: モデルになっている太田快作さんは、映画のとおり「花子」という犬を飼い、動物病院を創設し保護活動も続けています。日本で震災時に原発事故が起きた時には、飼い主や家を失った犬猫のために福島に行って、保護活動をされていました。「変えていこう」という意識でそういった活動をしている人もいます。

 この作品においては、それを声高に主張するのではなく、獣医とはこうあるべきという既成概念を変えていこうとしています。他の獣医さんもまったく無自覚ではないけど、変えていこうという動きはありますしジャーナリズムの中にも書物にしてそれを伝えていく活動をしている方もおります。

質問: 映画の犬たちが名演技で感動したのですが、映画に出てきた花子や他の犬たちはプロの俳優でしょうか?

篠原監督: 撮影のための動物プロダクションがあり、撮影の前に内容に合っている犬を見つけて推薦してくれるなど、この映画のために協力してもらいました。映画の中で他の人が触ろうとするとおびえる犬がいるのですが、撮影の前には俳優の林遣都さんだけになつくようにして撮影に挑みました。

 花子は動物プロダクションが親しくしている方が飼っている元々保護犬だった犬です。この作品ではカットごとにこういう風に取りたいと伝えると、動物プロの方含めて目的に合うように花子を誘導してくれたのでスムーズな動きが撮影できました。

上映会にはトロントブルージェイズ・菊池雄星選手の奥様、深津瑠美さんも参加
上映会にはトロントブルージェイズ・菊池雄星選手の奥様、深津瑠美さんも参加

質問: ロマンスや歴史的ものなど、様々なジャンルの映画を作ってらっしゃいますが、次はどういった作品を作られるのでしょうか?

篠原監督: 次は同じく命に関わる作品になります。『ハピネス』というタイトルで、余命1週間と宣告された10代後半の女の子が、残された人生を後悔なきように生きようとする話で、主人公の家族や彼氏、周りの人々がそれを受け入れていく、その葛藤を描こうと思っています。