インフレとプライシングの難しさ|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第48回

インフレとプライシングの難しさ|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第48回

 三年ぶりの日本への飛行機内でこの原稿を書いています。MySOSやArriveCANのアプリのダウンロードや、72時間以内のPCR検査の陰性証明の取得など、ドタバタ具合はこれまでとは比較にならないどころか、三年前の自分がこの文章を読んだら、世界観が違い過ぎて理解がおよばずとても驚くことでしょう。

 帰国前の煩雑さに加えて、燃料価格や人件費の高騰によるフライトチケットの価格上昇は、国をまたいだ移動のハードルをぐっと引き上げました。という事で今回は、インフレとプライシングのお話です。

小売店や飲食店は非常にむずかしい状況「コストプッシュ型インフレ」

 アメリカの消費者物価指数はついに前年比プラス8%を突破し、世界中の多くの国々が金利政策による対応に奔走していますが、インフレ傾向はまだまだ落ち着かなそうです。昨年からじわじわと上がり始めた物価ですが、コロナ収束の兆しによるリベンジ消費需要のインフレは、いわゆるデマンドプル型の良いインフレと呼ばれますが、現在のインフレは原油高、穀物の価格上昇、半導体不足や賃金上昇による、いわゆるコストプッシュ型の悪いインフレと呼ばれています。良いインフレの場合は消費者がついてきてくれますが、悪いインフレの場合はサイフのひもが固くなり、小売店や飲食店は非常にむずかしい状況に立たされています。

 そういったビジネスにおいては、人件費や食材費の高騰がダイレクトに利益の圧迫につながるため、このままじゃビジネスにならないよ、と値上げに踏み切らざるを得ない場合がほとんどです。しかし前述した通り、悪いインフレで消費者も苦しい、という状況で値上げの理解を得るのは困難がともないます。平時であれば、原材料費と人件費にその他のコストを考慮して、さらに一定の利益を乗せて値決めを行いますが、ここのバランスを見るのが非常にむずかしい。

 なぜなら、実際のモノの価格(市場価格と言ったほうが良いかもしれません)というのは、需要と供給によって均衡価格が決まるからです。高校の授業で習った需要、供給曲線のアレですね。つまり、お店側がこのくらいで売りたい、そうでないと利益が出ないという状況でも、お客さん側がそんなに高いなら要りません、という判断を下すと自然と需要が下がり均衡価格も下がってしまうという事になります。そうすると薄利多売という大手の戦い方に寄ってしまい、今度は少しでも客数が落ちるとすぐに赤字に転落しまうので、この戦い方は避けたいところです。

値決めは経営の死命を制する重要な要素

 つまり出来るだけたくさんのお客さんに納得して来店してもらえるプライスはキープしながら、「客数×客単価」を最大化させつつ、なおかつ利幅を確保できるギリギリの一点を打つ、というのが正攻法になります。もちろんこれは平時でも同様の考え方が必要ですし、利益が会社にとってのプライオリティではないので、長い目で見て今は利益を我慢して消費者に寄り添うというような考え方などなど、さまざまなやり方があるでしょう。しかし、経営の神様ともよばれる稲森和夫氏の言葉にもあるように、値決めは経営の死命を制する重要な要素です。ここで判断を間違えると、あとで取り返しのつかない事にもなりかねませんので、熟考に熟考を重ねて、勇気をもって決断する必要があります。

 そうは言っても、結果的に1~2ドル高い値段設定にしたところで、明日もちゃんと東から太陽は昇るでしょうし、ラーメンが作れなくなるわけではありません。休日にスケボーを楽しむ事も出来るわけですから、困難な状況を乗り越えることもまた経営の醍醐味ととらえて、明るく元気に過ごしていこうと思います。それでは、三年ぶりの日本を大いに楽しんでまいりますので、皆さまごきげんよう。