【前編】カナダ国立バレエ団(THE NATIONAL BALLET OF CANADA)・プリンシパル 石原古都さん × マッサージセラピスト青嶋正さん|プロアスリート対談

トロントを拠点としたカナダ最大の国立バレエ団で世界でもトップクラスのダンスカンパニーとして知られている「The National of Canada(NBC)」。今回登場いただく名古屋出身の石原古都さんは、フロリダそしてサンフランシスコ・バレエ・スクールの留学を経てサンフランシスコ・バレエに入団。2019年にファースト・ソリストとしてNBCに入団し、今年プリンシパルに昇格した。
世間で言われるバレエの常識は絶対ではない

青嶋: 古都さんのバレリーナのキャリアを教えて下さい。

石原: 実は11歳からスタートしたので、一般的には非常に遅いスタートでした。それ以前は水泳と陸上をやっていました。本当は水泳の選手になりたかったのですが、小さいときは身長が低くて体のフレームが小さいのと、体が柔らかすぎてパワーを生み出せないことが原因で水泳に向かないとコーチから断言されて水泳の道は諦めました。

 そんな時、両親が勧めてくれたのがバレエでした。バレエとの出会いは、
初めてのレッスンで「これ好き!」という衝撃的なものでした。当時ピアノを弾いていて、クラシック音楽に親しみがあったからかもしれません。

 バレエの世界では通常3歳くらいからスタートすることが一般的なので、だいぶ出遅れ感があったと思いますが、先生の集中レッスンなどでキャッチアップしました。

青嶋: 体が柔らかいと、なんでも出来ると過信して無理なことをしてしまう傾向にあると思いますが、いかがですか?

石原: 始めのうちは、少し捻ったくらいで捻挫もしないし使いすぎていたと思います。結果として後からつけがやってきました。

“柔らかさのデメリットを避けるためには事前に柔らかい体の使い方を理解しないと危険〟

青嶋: まず知るべきは、ストレッチが効き難いことです。理由はストレッチポジションでも柔らかいので、長い筋肉繊維は伸びてきません。柔らかい体にたまる疲れは、筋肉ではなく、腱や靭帯なのでそもそもストレッチが効かないのです。ストレッチ以外の方法を知ることが大事ですね。

石原: 体が柔らかいと、少々動かない体の部分があっても他の部分の柔らかさで誤魔化しがきいてしまいます。関節の硬さなど問題点が見えにくい危険がありますよね。

青嶋: 水泳ではマイナスだった体の柔らかさは、バレエでは武器になりましたか?

石原: それが、そう簡単でなく、良い所と悪い所があることが分かりました。まず良い所は、先生に要求されるポジションはすぐにできるし、大きな動きもできます。悪いというか困った点は、普通の人がここ!という体のポジションの関節が柔らかいため、はっきりと自覚できないことです。しかも、どこでもポジションが取れてしまい、体がハマる位置で踊るのではなく、良いと思われる形になるポイントを感覚的に覚えて踊るという二度手間のような感じになってしまいます。基準となるのが感覚なので、体を安定させるのが難しく、体の軸を体で感じるのでなく、感覚の軸を基準としています。

青嶋: バレリーナのしなやかな体は羨ましく思いますが、しなやかすぎるのは、頭痛の種にもなります。通常、バレエの先生のいう通りのポジションを取れば自然に骨格(関節)も良いポジションにくるのですが、しなやかすぎるバレリーナは、先生の言うポジションがどこなのか、わかりにくいかと思います。

 なぜかと言うと、しなやかな体というのは究極、関節も柔らかくてグラグラな状態なので、色々な関節の位置(普通は一定位置)で先生のポジションを作れてしまうことが挙げられます。そして先生にはこの状況はわからないことが多いです。

 ポジションを取る関節の位置が一つでないので、関節のどこを使うかは自分の感覚でしかありません。つまり体の軸ではなく、自分だけの感覚の軸を頼りにポジションを決めることになります。具体的にはお尻の筋肉がこんな感じで、お腹のここをこんな感じで引き上げるといった感覚だけの基準です。これだけ繊細な基準で踊っているので、体が常に完璧なコンディションになくてはコントロールが効くはずもありません。

石原: 一番困るのは本番のステージで踊る時です。リハーサルの時は周りの壁や鏡などを基準にして視覚的・感覚的に自分の体の軸などポジションを決めやすいのですが、本番のステージでは客席のライトは落ちて、暗い広い空間に投げ出されれるので、ふわふわしてしまい空の上で踊ってるような感じになります。目のスポットを置く目標も見えないので全く感覚だけが頼りになってしまいます。

 「外見の綺麗なポジション=体の軸が取れている」とはならない体なので、視覚的な基準を奪われた中では、自分の感覚の中に存在する体の軸が取れたポジションにいる感覚を頼りに踊らなくてはならないので、練習で体の軸が取れている感覚をしっかりとマッスルメモリーに染み込ませなくてはいけないのが、体の柔らかいゆえの悩みです。

青嶋: 本番ではアドレナリンも出て、ふわふわした感覚になりがちなのも体の軸が崩れやすい要因となりますよね。

石原: しっかりと軸が取れていないとエネルギーの消耗が激しく、ショーの後半でバテてきてしまいます。そのような恐怖からメンタルが乱れ、ネガティヴな考えが浮かび、思いっきり素晴らしいパフォーマンスができなくなってしまいます。

青嶋: バレエのキャリアのスタートが出遅れたのは、体のためには良かったかもしれませんね?

石原: 体の使い方が分からずに練習をしていたら、怪我をした可能性高いですし、変な癖がついたかもしれません。

“バレエの常識は100%ではない〟

青嶋: 11歳スタートでプリンパルになったことで、一般的な考えの3歳から始めないと遅い、という常識を覆していますね。水泳や陸上で鍛えた持久力や基礎運動能力は結果としてバレエに役立っていますか?

石原: バレエの基本動作を身につけ、体に染み込ませることは大切です。一般的には早く練習をスタートさせ、時間をかけるのが良いという常識がありますが、あらためて考えてみると、基本動作を身につけるのは技術的なスキルだけではなく、基本動作を行うのに十分な体の状態になくてはいけません。その条件は柔軟性だけでなく、ジャンプ力や持久力を含めた総合運動能力なので、バレエの限られた練習よりも幼少期は色々なことにチャレンジして自分の持つ運動能力をさまざまな角度から刺激し発達させた後に、バレエの練習に取り組んだ方が、体が出来上がっているので、得策というケースも十分あり得ます。

青嶋: これが逆になると、バレエがある程度良いレベルになってきた年齢で基本の運動能力を鍛え直すなどロスが生じる可能性があります。

石原: バレエのスキルも同様で、世界レベルを目指すのであれば、できるだけ早い段階で良い先生につかないと、バレエの基礎運動をやり直さなければならないというロスが生じます。

“次の言葉、がほしい〟

青嶋: 良い先生の定義は難しいですが、生徒の体のコンディションまで見れて基本のメソッドを教えられるような人ですかね?

石原: リハーサル中に、名指しで「あなたっ、右肩が下がってる!」などと大声で怒鳴る先生がいますが、言わせてもらえば、それは自分の体なので私本人が一番分かっています。その治し方がわからないからリハーサルで肩が下がったままなのです。この場面で私が求めているのは、何をどうすれば右肩が下がっているのが直るのかというアドバイス、つまりその次の言葉です。

「右腰が硬いから、腰で背骨が右に引っ張られて右肩が下がってるから、明日までに腰をよく緩めて来て!」というような「次の言葉」です。

青嶋: さらに困ったことは、周囲の人から見るとこの先生は熱意のある良い先生に映ってしまう可能性が高いかもしれませんね。過去に有名なバレリーナであった先生に良くあるパターンですが、良いバレリーナが良い先生になれるとは限りませんよね。

石原: はい、でもバレエ先生の文句を言っていてもしょうがないので、青嶋先生などに来てコンディションを整えるようにしています。青嶋先生のカウンセリングにより技術的に不調なのか、体の状態が不調なのかがはっきりするので、的確な対策が取れます。

青嶋: ダンスの問題でスランプになることはなくなり、コンディションを整えれば大丈夫とメンタルも強くなります。パフォーマンス前の緊張はダンスのバランスを崩す一番の問題ですからね。

石原: NBCに併設されたクリニックにも多くのセラピストがいますが、青嶋先生は全く違うアプローチをしてもらえるし、長年NBCのバレリーナがお世話になっているので安心してトリートメントを受けることができます。

青嶋: あるサッカー選手の話なんですが、彼は試合の時に身体のどこにも違和感を感じたくないと言うんです。全速力で走っている中でボールが飛んできて、そこでどうするかなんて考えていたら、相手にボールを取られてしまう。その時が来たら身体が自然に動いている、そして持っているセンスの100%がそこで使われるわけです。その時に腰が痛いとかどこかが変だとなどと感じていたら絶対無理なわけです。