寿司、和食、懐石、ラーメン、うどん、照り焼き、抹茶…。カナダで「日本食」と聞くと、おそらくこういった答えが返ってくるのではないだろうか。日本食は広く浸透し続けており、レストランで働きながら日本の文化を伝える重要な役割を担う日本人も多い。
その中には経験を積みながらカナダ永住権を目指す人もいるだろうが、ここ最近、永住権の政策変更によりなかなか以前のようにPR取得にたどり着けない飲食関係者が増えている。帰国を余儀なくされる人が出てくるなど、事態は思った以上に深刻だ。
多様性に富んだ国、カナダの飲食業界を語る上で日本料理というのはもはや外せない要素にまでなっている。日本食文化がカナダに与えている影響とは。実際にどれほど人気があるのかという点や永住権取得についても踏まえながら、数字を使って見ていこう。
#01. カナダの日本食料理店3000軒
寿司店は2500軒
9万7000軒以上のレストランがあると言われるカナダ。データスクレイピングサービスを提供するSmartscrapersによると、カナダには現在「日本食レストラン」というカテゴリーで2929軒の店が存在している。オンタリオ州にほぼ半数の1014軒が集まっており、日本人の多いブリティッシュコロンビア州が2位で818軒だ。「寿司レストラン」というカテゴリーに変えてみると(日本食レストランカテゴリーと重なる店あり)、現在2549軒の寿司レストランがある。州別では、オンタリオ州が最も多い801軒、ケベック州が674軒、次いでブリティッシュコロンビア州の641軒という結果になった。
この寿司レストラン店舗数は、世界的に見て多いのか少ないのか。エンタメからニュースまで幅広い内容を載せたアート雑誌「360」によると、カナダの寿司レストランの数は世界3位だという興味深い数字が出てきた。1位はもちろん4万軒以上を有する日本だが、2位はカナダのお隣アメリカで約1万9000軒。アメリカは在留邦人者数において1位であり人口も多いため寿司店が多く集まるのは納得だが、在留邦人数は世界4位、人口ではアメリカの9分の1程度のカナダに世界3位の寿司店数があることを考えると、いかにカナダ人が寿司を愛しているかがわかるだろう。
#02. トロントの日本食店舗数、全体で5位
トロントに絞って日本食レストラン数を見てみよう。2022年11月のグーグルマップのデータ(一部取得できなかった部分あり)を参照し、248種類のカテゴリーを便宜上13種類にグループ化して各料理カテゴリーの店舗数を分析する。
トロント近郊エリアにあるレストランやカフェ計8024店のうち、「日本食(寿司、ラーメンなど)」というカテゴリーに含まれる店舗は全体の5%にあたる415軒だった。これは全体で5番目に多い割合を占めており、日本食がトロントで愛されていることを示すデータだ。
カテゴリー別で最も多いのは「レストラン」の2022軒(全体の25.2%)、次いでハンバーガー&チップスが646軒(8%)、517軒のピザ(6.4%)と続く。トロントのフードシーンでジャンクフードが割合として多い中、日本食が5位にランクインしたことには大きな意味がある。
#03. OpenTable Top100に日本食5店
ヘルシー部門では8店
ミシュランだけが飲食業界における唯一の権威ある評価指標というわけではない。カナダには他にも独自のデータによりレストランを評価し公表しているものがある。例えばOpenTableはカナダ国内のレストランからトップ100を選んで発表している。レストラン評価、事前予約の割合、5つ星レビューの数など複数の観点から選ぶベスト100店の中に、最新の2023年版ではバンクーバーのSushi Okeya Kyujiroなど日本料理店5店が選ばれた。料理カテゴリー別ではコンテンポラリー料理(16店)やイタリア料理(12店)などに続いて5店の日本食は7位だが、西欧料理以外ではダントツの多さだ。
OpenTableはこれ以外にも、客から「ヘルシー」とタグづけされたレビューの割合、食事に対する評価、5つ星レビューなどの指標をもとにヘルシーなレストラントップ100も発表している。データによると、日本料理店は8店がランクイン。こちらもカナダ料理(14店)などに続きカテゴリーとしては4番目に多い結果となり、西欧料理以外ではトップだった。選ばれた日料理店8店とも寿司がメニューに含まれていた。
#04. カナダトップ100店
カテゴリー別で日本食3位
毎年カナダのベスト100レストランを発表するのは、CANADA’S 100 BESTだ。今年発表されたランキングを見てみると、日本料理は10店が名前を載せた。カテゴリー別ではコンテンポラリー(48店)、イタリア料理(14店)に続いて日本料理は3位という結果になり、カナダにある日本料理店のレベルの高さと人気の高さをうかがわせる。今回選ばれたのは、トロントのAburi HanaやバンクーバーのMasayoshiなど。アジア料理では中華3店、タイ2店が選ばれたが、他のアジアの国よりも日本料理が格別に高い評価を得ていることがわかる。
#05. 国内ミシュラン星付き店
日本食が最多8店舗
2022年からカナダにもやってきたミシュランガイド。トロントとバンクーバーで高評価を得たレストランがミシュランガイドへ名を載せることになったが、2022年と2023年に星付きで掲載されたレストラン計24店、星はなくともガイドに掲載されるだけの評価を受けたレストランは計132店にのぼった。
驚くべき事実は、星付きレストランのうち8店舗が日本食カテゴリーであり、これはどのカテゴリーよりも多い割合を占める。
また、カナダで唯一星2つを獲得したのは日本人シェフ齋藤正樹氏がヘッドシェフを務める「Sushi Masaki Saito」。星付きに選ばれた日本食レストランは、8店舗中7店舗でヘッドシェフが日本人という特徴もあり、日本人の作る“本物”の日本食が高い評価を受けているということだろう。
食の多様性にも富んでいるカナダにおいて、日本食というものがただ人気なだけではなく非常に質の高いものを提供しているということをミシュランガイドが証明したと言えるだろう。
#06. エアカナダ
2023年 No.1新レストランに割烹料理店
その他の食に関するランキングでも、日本食への期待が感じられる。エアカナダは毎年、新しく開店したレストランからTop10を選ぶ「Canada’s Best New Restaurants」を発表している。
20年以上歴史あるランキングの2023年版で栄えある1位に輝いたのは、トロントのZENグループのKappo Satoだ。同レストランはミシュラン星1つも獲得した割烹料理店で、客の前で全て調理する割烹スタイルのおかませ店。
さまざまなランキングの結果を通し、カナダという日本から遠く離れた地で日本料理がローカルに受け入れられ楽しまれているということがよくわかる。
#07. バンクーバー
寿司に〝クレイジー〟な都市
世界中で愛される寿司料理だが、インスタグラムで最もシェアされている食べ物の中で5位に輝くほどブームになって久しい。2022年にCHEF’s PENCILというサイトがグーグルトレンドを元に発表した「寿司に大ハマりの世界都市ランキング(日本を除く)」を発表したのだが、堂々の1位を獲得したのがカナダ・バンクーバーだった。
また、11位にはモントリオールもランクインしている。このランキングは、同社がグーグルトレンドを使用し、あらゆる言語で寿司関連の検索がどのくらいあったかを分析し、検索が最も集中している場所を順位づけしたものだ。
バンクーバーはカナダの中でも最も日本人の多い街であり、日本コミュニティーもある。高級おまかせ店から食べ放題店、テイクアウト専門店などさまざまなタイプの寿司店が市内に集まっている。日本人シェフの東條英員氏がカリフォルニアロールを発案したことで、カリフォルニアロール発祥の地とも言われるバンクーバー。同ランキングで「世界の寿司首都」と言われるのにも納得の歴史まで持っているのだ。
#08. 日本食レストランの求人258件
求人検索エンジンのindeedによると、5月16日現在でカナダ全土で募集されている寿司シェフの仕事数は247件(Sushi Chefで検索)。「Japanese Restaurant」で検索すると11件がヒットし、合計258件の募集があるということになる。
他国の料理はどうかというと、フランス料理は2000件以上の募集があり、他のどの料理よりも圧倒的に多い。イタリア料理は500件以上、コンテンポラリー料理は約270件の募集がなされている。
日本と同じアジアに属する中国と韓国についてはどうかというと、中華料理は219件、韓国料理は35件と少ない。チャイナタウンやコリアンタウンがあるとはいえ、寿司ほど一般化した食べ物が少ないからだとも考えられる。日本食レストランの募集数が一番多いというわけではないが、他の国の料理に比べると比較的多い雇用を生み出していると言えるだろう。
#09. カナダの寿司マーケット
毎年3.5%UP予想
市場調査レポートを提供する360 Market Updatesによると、2021年の寿司マーケットは世界で189億USドルを超えた。市場は継続して安定的に拡大していくと予想され、2027年には216億ドルを超えると考えられている。これを裏付ける根拠として、例えばアメリカでは米栽培のための収穫面積が数万ヘクタール増加し、アフリカでは数十万ヘクタール増加した。また、各国で寿司店の数が増えたり日本では観光客増加に伴う寿司の消費量が増加したりといった要因も考えられる。
次にカナダ国内に絞って見てみよう。持続可能な食品包装を提案するKIMECOPAK.CAによると、2023年のカナダの寿司市場は12億ドルを超え、2029年には17億ドルに到達するとの予想が濃厚だ。ここでは1年の成長率が3.5%であると算出されていて、安定的な市場拡大が期待されている。世界的に寿司ブームが続く中、今後カナダでもますます寿司の人気が高まると見られている。
#10. 日本人の永住者数3位
ワークビザ取得者は増加
外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2022年10月1日現在でカナダの在留邦人数は7万4362人。これはアメリカや中国などに次いで5番目に多く、年々カナダへ来る日本人の数は増加している(コロナが始まった2020年を除く)。その中でも永住者に限ってみてみると、カナダの永住者数は5万510人でアメリカとオーストリアに次いで3番目に多い。このことからも、カナダが日本人に人気の移住地になっていることは明らかだ。
子育てや多様性などさまざまな観点からカナダを移住先に選び、カナダに移り住む人も多いと考えられるが、やはり仕事を求めてカナダに来る若者も多い。プレスリリース配信サービスを提供するPR TIMESによる1000人以上の若者を対象にした調査によると、「将来海外で働いてみたい」と回答した人のうち最も多い32.7%が北米(アメリカ、カナダ)を希望している。
実際のところ、カナダ移民局のデータをもとにトロントスターが作成したオープンワークパーミット発行数のデータを見てみると、日本人でワーキングホリデーを含むワークビザを取得した人の数は増え続け、昨年には過去最高の8500人となった。
日本を飛び出して海外で働きたいという熱い思いを持った人たちにとって、カナダは夢を掴むことができる貴重な場でもあるのだ。
#11. クックの需要は高い一方EEカットオフ平均536点
最近永住を目指す人々を騒がせているのが、エクスプレスエントリー(EE)のカットオフ点が極端に高いことだ。職種別やフランス語に堪能な人など特定のカテゴリーでのドロー以外は、最低でも540点が必要という非常に厳しい現状がある。これまで2022年7月の557点が過去最高のカットオフ点だったが、2024年に入ってからの一般ドロー平均は536.2点。昨年12月の一般向けドローのカットオフは561点と、学歴から職歴、英語力、ジョブオファーなど全て高水準で揃っていない限りは届かないような点数が必要とされた。
カナダ在住日本人の中には飲食業界で働きながら永住権を目指す人は多いが、その中でもクックは国内需要が高く永住権を取りやすいと言われていた。実際IRCCの2022年レポートによると、クックは2021年の永住権取得者数で5位(4624人)、2022年には15位(728人)であり、比較的有利な職業であることには変わりない。しかし1年で取得者数が大幅に減ったことを見るに、カットオフが高まるにつれて必要レベルに達するのが難しいクックたちが増えている現状が見えてくる。需要があっても、点数が足りなければインビテーションが送られてくることはない。需要を踏まえた制度見直しが政府に求められる。
#12. 海外に出た日本人シェフ
30%が3年で帰国
Chef’s Wonderlandという日本のシェフ支援サイトによると、実に30%の日本人シェフが海外に出て働き始めてから3年ほどで日本に帰国すると言われているという。
まず考えられる原因として、同サイトは①言語の壁、②海外志向を持つ若者の減少を挙げている。①については、もともと英語が比較的苦手だと言われている日本人ではあるが、ここをある程度クリアできないことには海外長期滞在は確かに難しい。例えばカナダの永住権を考えた時、求められる英語のレベルはシェフであればCLB5レベル(IELTSでOverall5.0程度)だ。このレベルに達して初めてエクスプレスエントリーのプールに名前を載せることができる。②の理由については、一般的に留学生の数は減ってきていると言われる中、最近では「海外出稼ぎ」がトレンドになるなど、海外に出ることにメリットを見出す人が増えているのもまた事実だ。実際に給料が大幅に上がったり(日本の寿司職人の平均年収450万円、海外では1000万円を超えることも)、日本社会よりオープンな環境で働いたりすることに魅力を感じる人も一定数いる。
しかし長期滞在となると、昨今のカナダの永住権取得が難しくなっている状況もシェフが日本に帰国してしまう大きな原因の1つと言えるだろう。せっかくカナダに夢を持ってやってきたシェフたちがやむを得ず日本に帰国してしまうという、貴重な人材流出を防ぐ手立てが必要だ。