「トロント大学工学部で味わった挫折と祖父からの手紙」岡健太郎さん(カナダ滞在歴10年)|私のターニングポイント第8回

 大学卒業後、ソフトウェア業界にセールスエンジニアとして就職し、その後独学でプログラミングを学び現在はスタートアップ企業で技術営業兼、ソフトウェアエンジニアとして働く岡さん。日本では成績優秀で自信満々のなか入学したトロント大学で世界中から集まった優秀な学生たちを目の当たりにし、大きな挫折を味わう。どん底の中で届いた祖父からの手紙をきっかけに「ダメでも挑み続ける事に意味がある」と腹を決めたという。

井の中の蛙大海を知らず

 私は小学校から高校を卒業するまで名古屋の小さなインターナショナルスクールに通っていました。自分で言うのもなんですが、当時校内では常に上位の成績を収めていたため、自分の力量を勘違いしたまま意気揚々とトロントにやってきました。まさに「井の中の蛙大海を知らず」です。

 自信満々で乗り込んだものの、天狗の鼻がへし折られるまで長くは掛かりませんでした。トロント大学工学部にはインド、中国、韓国を始めとする世界中の国から優秀な学生が集まります。彼らと比較すれば自分の才能などゼロに等しいとすぐに悟りました。とりわけそこで出会った私の親友は後に学年二位になる天才でした。同じだけ努力をしても引き離されていく感覚は当時の私にとってまさに青天の霹靂。生まれて初めて味わった挫折でした。

トロント大学入学当初
トロント大学入学当初

祖父からの手紙

 一年目が終わる頃、私は初めて家族に弱音を吐きました。「頑張っても結果が出ない。追いつかない。逃げてしまいたい」。そんな時、祖父が手紙を送ってくれました。手紙には祖父が若い頃、富士山に一合目から登った時の思い出が綴ってあり、八合目までは景色も見えない単調な坂道を登るだけの苦行だったが、やがて山頂に辿り着き下界の視界が開けた時、大きな達成感や満足感があったと書いてありました。“大海を知ったところで挑む気持ちまで失ってしまっては山頂からの景色は見えないぞ”、という檄だったのだと捉えています。

大学卒業時
大学卒業時
大学卒業時
大学卒業時

留年も経験するものの大輪の花を咲かせる

 そこから私の価値観は変わりました。ありきたりですが「ダメでも挑み続ける事に意味がある」と腹を決め、そこに美徳を見出すようになりました。何かに真剣に挑むというのは大変な事です。真剣であるほど「もう少し頑張れば出来た」という類の言い訳は吐けなくなり、努力をしても結果が出なかった時はまるで自分の存在を否定されたような気持ちになります。しかしそれでも続けていくとやがて状況を打開出来る時が来たりします。私も最初の二年間はからっきし、留年もしましたが、三年目にやっと花が開き、四年目で成績優秀者リストに入りました。その経験が自信に繋がったのは言うまでもありません。裏を返せば何事も最初に苦しい道のりを経ずして自信が持てるレベルには到達し得ないということだと思います。

いつも支えてくれている彼女に感謝
いつも支えてくれている彼女に感謝

辿り来て未だ山麓

 また、先程も挙げた親友を始めとする多くの学友たちには心から感謝しています。彼らが身の丈を教えてくれたおかげで、私は謙虚になれました。「留学して何が一番良かったか」と聞かれれば私は真っ先に「友人たちが挫折を教えてくれたこと」と答えます。祖父の手紙もそうですが、人として尊敬できる彼らとの出会いも私の人生のターニングポイントだったと思います。先述の富士山の話ではないですが、彼らを見ていると私が敬愛する将棋の名人・升田幸三氏の言葉を思い出します。「辿り来て未だ山麓」。上には上がいて、どれだけ道を進んでも未だ山の麓(ふもと)にいるという事です。そういう謙虚な気持ちになれるのもこういう出会いがあったおかげです。

■ いまの自分に点数をつけるとしたら?

40点 卒業後、燃え尽き気味になりそれ以降楽をしている部分があるので、自分への檄と期待を込めて厳しめに採点しました。

■ もし人生をやり直せるとしたら、いつ?

 この質問に答えるにはまだ若すぎると思いますが、中高時代はあまり周りに配慮出来る人間ではなかったので、そこは後悔しています。もっと皆に優しくしておけば良かったと今でも思います。一方で学業やその後のキャリアに関しては特にやり直したいとは思いません。全ての経験込みで今の自分があるので感謝こそあれ、後悔は少ないです。

■ 学生時代のエピソード

 昔から負の感情を燃料にするタイプでした。高校時代は優秀な成績を収めていたと話しましたが、中学までは勉強など二の次で野球のことばかり考えていました。それでも最終的に勉強も頑張ったのは、長らく片想いをしていた子に振られたことが大きいです。恥ずかしい話ですが、彼女は才色兼備で当時の私は全てにおいて負けていました。何か一つは勝ちたいと思い奮起した次第です。簡単に言うと劣等感と嫉妬に駆られていたわけです(笑)。

 また、小中高大とありとあらゆる部活動に従事してきました。野球、バドミントン、体操、バレー、ディベート、ボランティアと挙げだしたら切りがありません。好奇心旺盛と言えば聞こえは良いですが、実際は器用貧乏の極みです。何にでも興味を持ってしまうのでそこはもう仕方ないと半ば諦めています。

■ 人生で大切なことは?

 自分の心の声に従うこと。周りが良しとしているからではなく、自分の価値観の基軸を持つことです。80歳まで生きるとして、私の人生は残り四十万時間強しかありません。その大切な時間をやりたくない事や、他人ベースの価値観に合わせるのは非常に勿体無いと感じています。あとは基本的なことですが、周りには優しさと愛情をもって接することと、受けた恩は忘れないことです。

■ 将来の夢・ライフプラン

 模索中です。わがままで気まぐれなところがあるのでいつかは自営業をしたいと思います。また、子供が出来たら近くに寄り添い、あらゆる選択肢を与えてあげられる父親になることが目標です。

-座右の銘: 百折不撓。何度途中でダメになっても諦めないという意味です。
-好きな本:水滸伝(北方謙三)、ブラディドール・シリーズ(北方謙三)、白夜行(東野圭吾)
-尊敬する人:祖父母。家族。
-感謝している人と一言メッセージ: いつも隣で寄り添ってくれる家族や彼女。留学をさせてくれた父親。遠くにいても理解してくれる親友たち。皆がいなければ今の自分はありません。いつもありがとう!
-カナダの好きなところ: ワークライフバランスが取りやすいところ。人が親切で優しいところ。多様性を重んじ、差別や理不尽を良しとしないところ。