第34回東京国際映画祭 『空白』『BLUE/ブルー』『ヒメアノ~ル』吉田恵輔監督 インタビュー

第34回東京国際映画祭 『空白』『BLUE/ブルー』『ヒメアノ~ル』吉田恵輔監督 インタビュー


 今年の東京国際映画祭は、開催地が昨年までの六本木から日比谷・有楽町・銀座地区になりプログラムディレクターも変わるなど、大きく様変わりした。

 そんな中、今年の日本映画を代表する新作のセレクションを上映する部門として新設された「Nippon Cinema Now」では、「海外に紹介されるべき日本映画」という観点から作品が選考され、今最も注目される映画監督の特集が組まれた。この東京国際映画祭リニューアル後の第一弾となった監督特集で、「人間の心理をえぐる鬼才」と題して『ヒメアノ~ル』(16)、『BLUE/ブルー』(21)、『空白』(21)の3作品が上映された吉田恵輔監督に、お話を伺った。

(注)吉田監督の “よし”は土に口

映画『空白』について

ー『空白』では、学校の教員の対応やスーパーの従業員の人間模様に、とてもリアリティがあると感じました。脚本を書くに当たって取材はされたのでしょうか?

基本的に脚本を書く上で取材することは滅多にないですね。学校を取材してもあんな会話は出てこないでしょう(笑)。

ー実体験を盛り込んでおられるのでしょうか。

 自分が先生だったら、という感覚で書いたりはしています。学校だったら自分もさんざん行ってたから知ってるわけだけど、漁師とか専門的なものになると当てずっぽうで書いておいて、それから現場の漁師さんに話を聞いて、ちょっと台詞を変えたりします。ただ、最初に脚本を書く上で取材しなきゃいけないようなものは、ほとんどやってきてないですね。

ーいったん脚本を書いてから取材することはあるのでしょうか。

 基本的に、映画の製作が決まってスタッフが集まってきたら、そこは助監督がやる仕事なんですよ。例えば、前に作った作品に出てきた印刷会社の場合だと、助監督が印刷会社の何社かと仲良くなり、そこに撮影の前に俺が行って話を聞いて、脚本を読んでもらって少し変えたりはしました。

ー吉田監督の作品では、声高に主張できない人や言いたいことをうまく言えない人の姿がとても丁寧に描かれていると感じます。映画は、主張する側の人が作ることが多いと思うので、意外に感じます。そういう部分は意識的に描かれているのでしょうか。

 主張しない人を通すことによって、主張したいことが浮き彫りになる気はしますね。俺はこうなんだってことを台詞で言う人よりも、そう思っているのに言えないんだろうなと思う人のほうが、言いたいことのテーマとしては届くときが結構多いので。逆に、『空白』でいうと主人公の添田は自分の意見しか言わない人みたいな感じで、そういう人ももちろんいると思います。言いたいことはそれぞれだけど、伝え方の手法で結構タイプを選んでいるのかもしれないですね。

ー映画を観ていると、伝えられない人の比重がとても大きい印象を受けました。

 それは、自分で脚本を書いて撮っていても、あまり自覚はないですね。なんかそう言われると、今初めて「そうか」と思うくらいで。

ー監督ご自身にそういうところがあるわけではないのでしょうか。

 仕事の面に関しては、言いたいことをバンバン言うのが仕事なので主張はものすごくするけども、プライベートではあまり言わないですね。なんか言われたとしても、「そうだね」って飲みこんだりして。仕事は意見をぶつけ合うのが大事だけど、プライベートで感情的になったりするのが面倒臭いんですよね。だから気を遣っちゃいますよね。

ーそこは仕事だったら言っていく感じでしょうか。

 それを引いていくと、誰の映画かわからなくなっちゃうんで。結局、プロデューサーやら役者さんやらカメラマンやら、いろんな人の意見があるけれども、良い意見は採用して、違うところは「俺が良いって言ってるんだから良いんだよ」と進めていかないといけないんで。

ー監督としての立場上そうなっていくのでしょうか。

 まあそうですね。結局、監督って何かを選択する仕事だと思うんで。迷ってると周りの信頼を失うところがあるので、そこは明確なほうが周りはついて来やすいかなと思います。

映画祭で特集されることに対する思いや、世界の映画祭への進出について

©2021『空白』製作委員会
©2021『空白』製作委員会

ー今回、東京国際映画祭で特集が組まれたことについて、どのような心境ですか。

 こういうふうに選んでもらうことはありがたいんですけど、なんでしょうね、まだ今ひとつわかってないというか。今回、東京国際映画祭がリニューアルしたので、歴代こういう流れがあって、ついに俺が来たっていうのとも違うし。第一弾だっていうのも、前例がないからどのくらいのことなのかわからないままで。あと、やっぱりコロナの影響もある気はしますね。今回もまだ東京国際映画祭のために来日しづらいところがあるじゃないですか。だから海外のいろんな国の人に観てもらって親交を深める機会がないなと思います。リモートはちょっと違うよなって気もするので。

ー今回、登壇されているのがリモートでも配信されているのでしょうか。

 インタビューは配信されているのかもしれないけど、映画自体は観ている人がいるんだろうか?インタビューだけ見てもしょうがなくない?って思っちゃいますね(笑)。一応ベルリン国際映画祭のプログラマーが来て観てくれているそうだけど。登壇してしゃべっていると、外国人らしき人より仲のいい友達が目の前にいることが多いので、いつもと変わらないと思ってしまって。

ーこういう特集が組まれているから世界へ出ていくという実感もないのでしょうか。

 まったくないですよ。通訳が入るから話しづらいなと思っているくらいで(笑)。だから今ひとつ実感がないというか。俺が勉強不足なんですけど、ちょっと今ひとつわかりきっていないのに登壇している感じです。

映画『BLUE/ブルー』上映後の質疑応答に登壇した吉田恵輔監督
映画『BLUE/ブルー』上映後の質疑応答に登壇した吉田恵輔監督

ーこれまで長編のデビュー作から十数年撮って来られて、あまり世界の映画祭に出ていかれる印象がないなと思っていたのですが、その辺りはプロデューサーの意向でしょうか。

 そうじゃないですかね。特に俺の作品はコメディが多いので、映画祭っぽい作品でもないし、映画祭に出たところで興行収入的に変わらなくない?というところがあります。あと、映画祭に行くには宣伝費を使うので、メリットで考えたとき、ただお金儲けを考えたら映画祭ってあまり意味がない感覚です。特に劇場公開が終わった後の映画祭は、まったく意味がないじゃないですか。だから、映画祭に出していきたいプロデューサーと、ビジネスとして映画をやっていきたいプロデューサーと、結構分かれるなと思います。俺が関わってきたのは映画祭なんか出さないものが多かったですね。

ー今まで組んできたプロデューサーが映画祭に向いておらず、国内のビジネスに注力していたのでしょうか。映画祭に出て世界的に注目を浴びたら、逆輸入みたいに日本でも注目される効果があると思いますが。

 そうですね。でも、そのときに劇場公開が終わっていたら意味がないですからね。俺の株が上がったところで、そのプロデューサーは次に俺と組む約束をしているわけではないので、その作品の興行を考えたら意味がないですから。1本の映画を作って、それを映画祭で世界の多くの人に見てもらうという感覚のプロデューサーだと、そうする感じはあります。ただ、やっぱり国内のマーケットでこじんまりとやっているのが多い気はしますね。それは寂しいですし、海外に行っている他の人の話を聞いていると、なんかずるいなとか羨ましいなとか思ったりしていましたけどね。

ーそのあたりは、吉田監督のほうから行きましょうよ、と言うことはないのでしょうか。

 言うときもありますけど、なんかそれって、ちょっとしたわがままに聞こえるというか。世界の三大映画祭くらいのものに行くならまだしも、どこかの国の映画祭に行ったからって、それで興行的にどう変わるんだよ、みたいな感じで。そこに役者もついていった日には、メイクさんやマネージャーさん全員の飛行機代を用意すると考えると、そういうことを言うのはわがままに思えて。俺が言い出して、主役も「ああ行きたいですね」とか言い出しちゃうとザワザワするじゃないですか。だからちょっと言い出しにくい空気はありますよね。

ー映画祭ってそういう側面もあるんですね。

 そうですね。俺は監督だから、言い方は悪いけど思い出作りをしたい気持ちはあるんですよね(笑)。その映画祭に出たから興行やDVDの売り上げが上がるわけではないにしても、せっかく作ったんだからいろいろ行きたいなとは思います。コロナ禍でみんな一気に熱量が下がってる感じはしますが。『BLUE/ブルー』もいくつか映画祭に行ってるけど、自分の部屋で綺麗な服を着て、自分で「テイク2」とかやりながらコメントだけリモートで撮って送って、それで海外の映画祭って言われても、これ何の時間だろう?と思ってしまって(笑)。

ー私はそれを見る側の立場で、オンラインの映画祭で監督のコメント映像を見ますけど、そうして話が聞けるのは良いなと思いますよ。

 受け手は良いんだけど、こっち側からしたら何の実感もないんですよね。だって、部屋着から上半身だけシャツに着替えてしゃべって、それで海外の映画祭気分ゼロですから(笑)。やっぱり自分が行って実感しないと面白くはないですよね。

ー今後、コロナが収束して映画祭がリアル開催できるようになって、海外に行く機会があれば、いかがですか。

 そうですね。行きたいけど、場所によりますね。トロントなんか行きたいですけどね。

吉田監督インタビュー中の様子
吉田監督インタビュー中の様子

ー三池崇史監督など、トロント国際映画祭で夜中に上映されるファンタスティック映画祭みたいなMidnight Madness部門で現地の人にすごく人気で、吉田監督の作品もそういう感じになりそうなのにと思います。

 そうですね。ただ、今回の『空白』なんかもそうですけど、大きい映画祭を狙いすぎると、他の映画祭に出してくれと言われても出さないでおいて、狙いどころに落ちたら結局どこも出さずに終わって、結局何もしてないなと思うことがあります。あと、俺は英語をしゃべれないから、海外に一人ぼっちで飛ばされるのに不安がありますね。

ー日本人の監督さんは、そんなに英語をしゃべらなくても海外の映画祭に行っておられるから、良いのかなと思いますけど。

 まあ場所によりますよね。ひどいところだと、俺一人ぼっちで行って迎えの人も約束の時間に来ないし、「Mr. Yoshida」って掲げて待ってると聞いてたのに、待ってる人が誰もいないし、顔もわかんないしで、ものすごく不安な映画祭もあります。

ーここはぜひトロントの人に吉田監督の作品を観てもらいたいところですが、ご自身の作品でトロントの観客にこれは観てもらいたいとか、ありますか?

 ちょっとわかんないけど、なんかトロントって、エロとかグロとかが苦手なイメージを勝手に持ってました。だから、R15の『ヒメアノ~ル』とか、『空白』みたいに15歳の女の子をトラックでミンチみたいにしちゃうのは受け入れられなさそうという気がして。なんかトロントの人には上品なイメージがあって、俺の作品で見せられるものって限られてくる気がします。

ー全然そんなことはないと思います。トロントはすごく多様で、それこそエロ・グロ系のものでもMidnight Madness部門がとても盛り上がっていたりしますし。

 あとなんかこう、例えばセックスシーンひとつ取っても、俺の作品に出てくる女の子たちは『ヒメアノ~ル』だと25歳くらいなのに、外国人から見たらルックスが中学生くらいに見えちゃうじゃないですか。だから児童ポルノっぽく嫌悪感を持つ人が結構いるんじゃないかなと思います。でも30歳手前で結構いい歳なんですよ、とか言いたいけど(笑)。

©2021『空白』製作委員会
©2021『空白』製作委員会

ーそこはあまり気にされなくても、トロントは寛容で観客の目も肥えていて、幅広く受け入れられると思うので、ぜひ今後は行っていただきたいと思います。最後に、トロントの読者にメッセージをお願いします。

 トロントに行きたいです。とても行きたいです。とても行きたいけど、出品していないのか選んでくれないのか、なぜか行けてないけど俺は猛烈に行きたがっているので、何とか闇の力で俺を呼んでもらえると嬉しいです(笑)。次回作はもう完成していて、ブラックコメディなので映画祭向きじゃない気がするんだけど。

ーそれはMidnight Madness部門で上映されるのを期待しています。

吉田恵輔監督プロフィール

 1975年、埼玉県生まれ。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作し、塚本晋也監督作品の照明を担当。『なま夏』(06)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞。2008年に小説「純喫茶磯辺」を発表し自ら映画化。その他の監督作に『机のなかみ』(07)『さんかく』(10)『馬車馬さんとビッグマウス』(13)『麦子さんと』(13)『銀の匙 Silver Spoon』(14)『ヒメアノ~ル』(16)『犬猿』(18)『愛しのアイリーン』(18)『BLUE/ブルー』(21)『空白』(21)など。

©2021『空白』製作委員会
©2021『空白』製作委員会

『空白』(英題:『Intolerance』)

 中学生の少女がスーパーで万引きしようとしたところを店長に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれて亡くなる。娘の無実を信じる父親は、真実を知ろうとスーパーの店長や娘の学校の教員に執拗に詰め寄っていく。少女の死に関係した者は、贖罪の思いを抱えながらも少女の父親や世間の風当たりに、次第に追い詰められていく。

監督・脚本: 吉田恵輔
出演: 古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶ
配給:スターサンズ/KADOKAWA
©2021『空白』製作委員会