第11回 継承日本語教育って難しい|カエデの多言語はぐくみ通信

 国際結婚や移住で海外に住み、子どもに継承語として日本語を教えることはほんとうに難しいです。日本からカナダに移り住んだ私は第1世代、子どもは第2世代ですが、カナダのグローブ・アンド・メール紙に、海外での継承語は、第2世代には40%、第3世代には10%しか受け継がれないという記事があります*。たった2世代先、私の孫にはもはや日本語は受け継がれないかもしれません。なぜ、親の言葉はそれほど受け継がれにくいのでしょうか。

日本語学習の意義を見いだせない

 戦争によって海外の日系コミュニティーは崩壊し、当時は日本からの移住も制限されました。その後もコミュニティーの縮小は続き、年月を追うごとに日本語を話せる日系人は減りました。他の大きなエスニックコミュニティーに比べると、日本ルーツの子どもたちは、日本語を習ってもそれを使う場所や機会があまりありません。

 幼児の間は親子の家庭会話でどうにか日本語をキープしても、学齢期で現地校に上がると一気に日本語が弱まり、家庭だけでは日本語保持が難しくなります。土曜日に日本語学校へ行かせても、成長するに従い子どもの世界もだんだん広がり、現地校の友だちは遊んでいるのに、自分だけが週末に勉強しなければいけないことに疑問を持ちます。

 大人でも勉強を続けるには動機付けが必要です。しかし、子どもには日本語を勉強する意義やその先にある未来像が見えません。そして、思春期に入ると親が説得しても聞き入れなくなり日本語学習を辞めていく子どもが増えます。

継承語教育は外国語教育ではない

 海外で日本語は、市民講座や大学などで外国語として習うにはとても人気があります。地域によっては日本語クラスのある高校もあります。しかし、そこで提供される日本語教育は外国語教育であり、日本ルーツの子どもたちが親から受け継いだ母語としての日本語力とは差があるので、彼らが同じ教室で勉強するにはかなり無理があります。

 また、世界中の補習校では、近年駐在家庭の子どもが減り、定住の子どもが増える傾向にあります。教室内に日本語力の違う子どもが混在し、その指導の難しさが大きな問題となっています。中には8割が定住の子どもという補習校もあるそうです。

 トロント補習校は、わが家の子どもたちが通い始めた15年ほど前には、定住家庭の子どもはあまりいませんでした。クラスに数人程度だったように思います。補習校の勉強はたいへんで、その頃は、着いていけなければ辞めるという選択肢しかありませんでした。しかし、今では低学年では定住の子どもが半数以上を占めるそうで、補習校でも継承語教育のための教授法が必要とされるのか判断が難しいところでしょう。

 海外定住の子どもには、外国語でもない、第1言語でもない日本語を、継承語として習う必要があります。海外の継承日本語学校は、保護者が必要に迫られて立ち上げた草の根的経営のものが多いのが特徴で、日本ルーツの子どもたちに日本語を受け継がせたいという熱意だけで細々と続けている学校がほとんどです。しかし、資金、人材、教材、トレーニング、教室のどれもが不足する中で、現在の日本語レベルも目標とする日本語力もまちまちの子どもたちを、同じ教室で教える難しさがここにもあります。

 海外に定住する子どもの継承日本語教育は、教授法や内容もバラバラで一定していません。日本政府も、継承日本語教育には特に関心がなくほぼ放置状態です。子どもそれぞれが必要とするぴったりとした日本語教育を、国や学校、教育者がうまく提供できない状態がずっと続いていてます。

モチベーション維持あの手この手

 このような難しい状況下で、親は子どもに日本語学習を続けさせるモチベーション維持に奮闘します。私が子どもたちに日本語教育をしていた時、特に注意したことは、次のようなものです。

 まず、子どもの日本語の間違いを絶対笑わないことです。これは、どうも日本語ネイティブの親がやってしまいがちなことのようで、つい話し方が可笑しいからと笑ってしまうと、怒って日本語を話してくれなくなり、取り返しがつかなくなります。

 また、特に意識したのは、日本語で楽しい経験をさせることでした。日本へ里帰りしたときはカナダではできない経験を重視しました。美味しい和食を堪能することはもちろん、日本は楽しい、日本人は親切、日本の文化は面白いと感じることができるようにと工夫しました。日本や日本語に対して良い思い出さえあれば、仮に日本語学習を中断することがあっても、成長後にまたやり始める可能性が残ります。

 そして、意外と難しいのが、日本語ができることで広がる将来性を子どもたちに示すことでした。日本での英語教育なら、外国人とコミュニケーションができることで活躍できる未来像を子どもに見せることが容易ですが、日本語にはなかなか活躍の場がないのです。カナダで考えられる日本語を使う職業は、外交官、政府関係者、日本語教師、通訳、または医療関係や警察などの公共サービスに従事する仕事でしょうか。製造業等で日系企業が進出している都市ならば日本語の需要があるかもしれませんが、日本経済の良し悪しに大きく影響を受けるでしょう。

 他には、日本人コミュニティー内で、国際結婚をしている日本人のお母さん方とも直接話すように促したりして、子どもが日本語で話せる知人を作るようにしました。日本好きな娘は、成長してからはワーホリや留学で日本から来た若者と交流したり、オンラインで日本の子どもに英語を教えながら日本との関わりを保っています。

 このように、どうにかモチベーションを維持しながら、子どもの日本語学習を続けさせるしか道はないようです。

*参考: ‘Immigrant languages thrive amongst first-generation Canadians’, Toronto Star, June 8, 2011