第7回 バイリンガル児の 『ルー語』って大丈夫なの?|「子育て&教育」カエデのトライリンガル子育てコラム

第7回   バイリンガル児の 『ルー語』って大丈夫なの?|「子育て&教育」カエデのトライリンガル子育てコラム

 前編では、カナダの教育熱心な親に圧倒的人気の、英仏語バイリンガル教育システムであるフレンチイマージョンができた背景について触れました。今では入学希望者が殺到し、登録時には徹夜で並ぶ親がいるほどです。今回は、外国語を使って教科を学習するカナダ発祥のイマージョン方式が、ほんとうに効果的なのかについて検証したいと思います。

聴解力と読解力は母語話者相当

 まず、フレンチイマージョンで得られるフランス語力を説明しましょう。フレンチイマージョンには開始学年や授業時間数の違うさまざまなプログラムがあります。幼稚園年長から始める早期イマージョンでは、聴解力や読解力はフランス語の母語話者相当まで伸び、会話力も小学6年生あたりでだいたいネイティブスピーカーに追い着きます。その後、中学高校とフランス語学習を続けるとさらにフランス語力が強化されます。

 早期イマージョンと7年生から始める後期イマージョンを比べると、聴解力と会話力では早期イマージョンが有利ですが、後期イマージョンは学習時間の少なさにもかかわらず読解力の伸びが速いそうです。これは、後期イマージョンの子どもは母語である英語での読解力がすでに着いており、その認知力をフランス語に転移して応用していることを意味します。英語とフランス語は似ているので言語表現そのものの共有部分が大きいですが、この認知力の転移は、日本語と英語のような遠い言語間でも起こります。その場合は主に言葉の概念や言語習得ストラテジー等が転移します。

 また、バイリンガルであることの有利性として、バイリンガルはモノリンガルの子どもと比べても学力に遜色がなく、母語の読解力ではモノリンガルより優れる傾向があります。そして、バイリンガルの子どもは想像力が豊かで思考に柔軟性があり、新たに第3言語を学ぶ場合、言葉のルールを応用する術を知っているので習得が速いという長所があります。

文法の正確さや丁寧さに欠ける

 しかし、フレンチイマージョン方式でも補いきれないものもあります。これだけフランス語との接触量があっても完璧なフランス語が身に着くとまではいきません。文法の正確さや表現の丁寧さなどは、母語話者と比べるとやはり足りないところがあります。

 カナダのフレンチイマージョンは、教室内ではフランス語の正確さよりも学習内容に重点が置かれ、教師は生徒のフランス語の間違いをあまり訂正しません。これはわが家の子どもたちが在学中に私が感じていたことです。フランス語の先生はフランス語を訂正してくれても、理科の先生はフランス語の間違いを直してくれません。そして、授業中は一方的に聞くだけでフランス語での発話が少なく、教室の外では友達との会話は英語が主流で、話すフランス語も英語を混ぜた安易な話し方になる傾向があります。また、フランス文化に関する授業もほとんどなく、フランス語母語話者との交流が欠けているため、フランス語の文化面の知識や経験が不足します。

 運営面の問題としては、フレンチイマージョンに子どもを入れたいと希望する親が増え、反対に英語プログラムの生徒が減り過ぎて、英語プログラム存続の危機に見舞われている学校がたくさん出てきています。英語プログラムが廃止されると子どもは転校せざるを得なくなります。また、教師の質の問題もあります。フレンチイマージョン増設に伴い教師不足が深刻で、今ではフランス語が少し話せるだけでフレンチイマージョンの先生になれるらしいのです。私の通っているフランス語学校に、フレンチイマージョンの現役教師数人が習いに来ているそうで、「私にフランス語を教えられる生徒がかわいそう」と言っていたという話を聞きました。

 さらに、フランス語を続ける難しさがあります。やはり、やってみたけれど外国語は苦手と考える生徒が多く、親が登録のためにせっかく徹夜までして入学しても、小学校を卒業するまでに半数が英語オンリーのプログラムに変更していくというデータが出ています。

わが家の子どもたちのフランス語力は?

 外国語学習の特徴として、受動的な「聞く・読む」の力のほうが、能動的な「話す・書く」力より速く伸びます。私の子どもたちは、フランス語を聞くことと読むことに問題はなく、フランス語の映画を観たり、小説を読んだりして楽しめます。言語好きの娘は高度にフランス語も習得し、「話す・書く」ことにも問題ありませんが、自分のフランス語文法の弱さは自覚していたので、大学でフランス語学習を続け強化を図りました。息子のほうは話すことや書くことにはあまり自信がないようですが、力が落ちないように学習を続けてほしいと思っています。

 以上のように、イマージョン方式は、その言葉が話されている国に住まなくても、自国にいながら高度に外国語を身につけられるシステムと言えます。しかし、ほんとうに使えるバイリンガルレベルにするには、やはり本人の努力次第となるようです。長年フレンチイマージョンの学校に在籍しても、フランス語力が劣る生徒はたくさんいます。また、せっかく習っても卒業後は使う場が少ないことも、フランス語力を保持するには難しいことのようです。

 長所や短所もありますが、公立学校でも有効性のあるバイリンガル教育を受けられるカナダのフレンチイマージョンは、やはり素晴らしい外国語教育システムと言えます。

【参考】The Globe and Mail、The Star、中島和子「マルチリンガル教育への招待」