第5回 危機を生き抜くバイリンガル力!|「子育て&教育」カエデのトライリンガル子育てコラム

Photo by Markus Winkler on Unsplash
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 全世界を揺るがすコロナウイルス感染拡大により多くの国が緊急事態体制となり数か月が経ちました。当初、一足早くパンデミックを経験した海外在住日本人が、日本ののんびりムードにヤキモキしている投稿がSNS上を賑わせていました。

同じ病気なのに、国どころか州や県が違っても対応がまるで違うことに私もたいへん驚かされました。しかし、このような危機的状況の時こそ、複数言語で情報にアクセスし、比べ、実態を把握して的確な行動に移すためには、バイリンガルやマルチリンガルの力が必要ではないでしょうか。

モノリンガルでは情報が不足

 今回のコロナ禍で情報が交錯する中、日本語と英語のニュースを読み比べていると、日本語のニュースだけでは明らかに情報量が少ないと感じます。世界の英語話者はネイティブレベルは3・85億人ですが、第2言語として使えるレベルの英語話者も入れると17・5億人もいるそうです。日本語話者はほぼ日本人である1.2億人と考えると約15倍の差があります。17・5億人に向けた英語での情報発信量は日本語に比べると桁違いに膨大ですし、世界の重大ニュースや科学的発見はまず英語で発信されるのが現実です。

 もちろん現代では海外ニュースもいち早く日本のメディアに翻訳されていますし、本誌TORJAのような日本語情報誌もカナダ在住者に有益情報を提供しています。しかし、やはり日本語メディアだけに頼るのはとても危ういのではないかというのが私の考えです。

 コロナウイルスに関して日本のメディアが取り上げている海外ニュースをたくさん読みましたが、要約したダイジェスト版という感じがして、なかなか危機感が伝わりにくいと感じました。翻訳に頼ると、そこに題材選びと伝え方に幾重もの他者の意図が入ります。翻訳を通すと、現場の記者が伝えようとする危機感が読者にダイレクトに伝わりにくいのです。

複数言語リテラシーと会話力は必須

 今後ますますグローバル化は加速し、日本人が海外に滞在する状況が普通になっていくでしょう。そして、海外在住者や旅行者は、危機時では刻一刻と変わる状況に対応するため、外国語で状況を理解し、スタッフと電話で交渉するなど迅速な行動を取ることが必要になります。次のフライトはいつか、病気になったらどこに連絡するのか、どのように身を守れば良いのか、もし警官に止められたら事情を説明できるのか等、あらゆる事態に一度に対応する能力が問われます。

 日本国内にいる人も、現代ではインターネットを通して、日本政府の対応を待つより早く、英語またはその他の言語で、諸外国政府の対策方法や地元市民の危機状況の実態を知ることができます。今回のコロナウイルス感染対策として、日本に先駆けて感染拡大を経験した海外では、「Stay Home(おうちにいましょう)」や「Social Distance(社会的距離)」などは日本より早く実施していました。もし複数言語で海外の情報を読めたら、危機時に他国の対策を知り、自分も取り入れ素早く対応することで、自分と家族の命を守ることができます。

 また、情報が洪水のように押し寄せる中、海外のフェイクニュースがたくさん混じっていることはゆがめません。それとは気づかない日本人SNSユーザーによってもたくさん拡散されています。しかし、その元情報に辿りつき、複数言語でファクトチェック(事実確認)をして嘘だと気付くにも、外国語力とメディアリテラシーが必要となります。

子どもにバイリンガル力をつける

 私はマルチリンガル子育てについて発信している身なので、この危機的状況をバイリンガル教育に結び付けて考えてみます。子どもがバイリンガルやマルチリンガルに育つことは、複数言語でのメディアリテラシーが育つだけでなく、高度の異文化理解が可能になり、社会的態度にも柔軟性を持ち、他の文化や民族グループに対しても寛容になるというメリットがあります。これは、言い換えれば、外国のことでも自分のこととして柔軟に捉えることができ、自分の取るべき行動に繋げられる能力を指します。

 わが家はカナダ国内のことだけでなく、日本はもちろん、お隣の大国アメリカやヨーロッパ、世界の紛争地域、移民問題等について頻繁に親子で意見を交わします。現在成人となった子どもたちは、それらの情報を英語や日本語、フランス語で入手することができ、同時にどの言葉ででも発言できます。特にカナダと日本の両文化を母文化として育ったので、両国に関しては一層親近感を持って問題点を考え、的確に自分の意見を持つことができます。

 子どもにバイリンガルの力を着けることは、成長後、世界を身近に感じ、不確実な世界を生き抜き、危機を乗り越えるためには必須ではないかと感じます。また、外国語を身に着けるだけでなく、異文化に寛容になるにも年齢が関係します。外国を意識し出すのは10歳頃なので、それまでに海外に連れ出すなどすると、外国人や外国文化に違和感を持ちにくくなり、異文化に対して偏見を持たない大人に育つでしょう。

 「外国語はできたらいいな」ではなく、「外国語ができなければ生き残れない」と親が考えるべき時代になったのではないでしょうか。

【参考】中島和子「完全改訂版 バイリンガル教育の方法」(2016年、アルク)、Harvard Business Review ‘Global Business Speaks English’ by Tsedal Neeley, May 2012