国籍法第11条改正を求める運動を追う|シリーズ外国籍取得で日本国籍喪失

国籍法第11条改正を求める運動を追う|シリーズ外国籍取得で日本国籍喪失

日本国籍を維持するという選択の余地があってもよい時代ではないか?

 現在の日本の法律では、日本人の血統で生まれた日本人が自らの意思で外国籍を取得する際、自動的に日本国籍を失ってしまう。外国籍を取得する日本人にとって、ルーツは日本に変わりはない。祖国である日本から自動的に除籍されるのではなく、日本国籍を保持するかどうか選択できるようにするため、国籍法第11条改正を求める運動が行われている。

 日本人が海外を拠点として生活を送り、家族ができ、または国際結婚して家庭を持ったとしても、心は常に祖国である日本とともにある。この運動は日本における個人の位置づけを在外邦人らが選択する権利を求めるものだ。
 現在東京高等裁判所で行われているヨーロッパ在住8名の原告による国籍はく奪条項違憲訴訟は今年2月21日に判決が下されることになっている。

 また、昨年6月にはアリゾナ州の近藤ユリ弁護士が福岡地方裁判で国を相手取り訴訟を起こした。北米からの初めてのケースだが、今年3月13日に第3回期日が開かれる。今回は近藤ユリ弁護士が今回の国籍法11条1項に関する提訴に至った背景と経緯について紹介する。

「私自身のためだけではなく、多くの人のために制度を変えるべきだ」

 神奈川県鎌倉市生まれの近藤さんは1971年に大学院進学のため渡米し、アリゾナ州には1991年から在住、1997年からアリゾナ州弁護士として活動している。2004年に米国籍を取得したものの、日本の国籍法について長い間疑問に思ってきたという。

 日米を行き来しながら米アリゾナ州で弁護士をしている近藤さんは、同様の相談を多数の在外邦人から受けてきたとして「私自身のためだけではなく、多くの人のために制度を変えるべきだ」と訴えている。

国籍法11条1項に関する提訴に至った背景と経緯
本文=近藤ユリ・米国アリゾナ州弁護士

1. 1984年国籍法改正運動に関わった経験

 1984年に改正される以前の日本国国籍法は日本人父のみに日本国籍を子に伝える権利を付与していた父系血統主義を原則としていました。1980年代にこの旧国籍法を女性差別撤廃の観点から父母両系血統主義を原則とする国籍法に改正するための運動に参加した経験から、日本国憲法が両性の平等を謳っているにもかかわらず女性を差別する悪法であれば改正を要求することは、国民、女性としての当然の権利であり義務であると実感しました。そして多くの人々が参加した運動の成果、沖縄の無国籍児の問題を人権問題として取り扱ったマスコミの報道の成果、および日本政府に対して「女性差別撤廃条約」に加盟するようにという海外からの外圧などが連動し、改正直前まで悲観的とも見られていたにもかかわらず、1984年に国籍法改正を実現できたという原体験から、既存の法律が永遠に正しいわけではなく、時により悪法と思われる法律に直面した場合には、これを改正または撤廃すべく努力することが時代の変化に適応するそして社会をより良い方向に動かす力になると確信するに至りました。

 1984年に出生した娘は、この改正の恩恵を受け、翌年に同改正が施行されると5年間の特例経過措置を経て日本国籍を取得することができました。私自身も、この国籍法改正の恩恵を受けることができました。この改正がなければ日本国籍者である自分が生んだ子は父が日本国籍でないという理由で外国人としてしか認められず、日本において国民としての基本的権利を与えられないまま生活することになったはずでした。

 改正決定以前に国会などの議論でよく聞かれたのは、「女性は嫁したら夫の苗字となる」のと同様に、「外国人に嫁したら日本人としてではなく夫の国で暮らせばよいのでは」というような議論でした。また明治憲法下で採用されていた旧国籍法には、外国人に嫁した日本人女性の日本国籍を自己の意思に関係なく喪失させるという規定もありました。

 今回問題になっている国籍法11条1項の条文は「日本国民は自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」という規定です。この規定について考えれば考えるほど、時代錯誤的、当事者の国籍選択の自由(日本国籍を喪失しない権利を含む)を一方的に奪う悪法であるという結論に達し、これを改正または撤廃するために努力すべきと考え、国を相手取って提訴するに至りました。

 このような規定を適正であり合法であると主張する議論の背後には、前述の「他家に嫁した女性…」「外国人に嫁した女性は日本国籍を喪失させる」という考え方の延長線上にある「外国に帰化するような日本人は日本国籍を喪失させてよい」という論理が存在するような気がしてなりません。日本国政府が該当すると考える「日本人」の枠にはまらない人々を排除し、日本国籍を奪い、最終的には棄民するという政策と思えてなりません。

2. 個人的な事情

 これまでの人生のほぼ半分を日本で過ごし、半分を外国、主として米国で過ごし、1997年から2022年まで25年にわたり米国アリゾナ州の弁護士として在米日本人および日本出身者または日本国内に在住する日本国民および外国人(主として米国人)に日米関係法律相談や弁護活動を行ってきた中で、国際化する家族関係(国際結婚および国際離婚、日米に関わる相続など)や日本国国籍法関連の相談を数多く受けてきました。

 個人的には自己の問題として長期間米国に滞在し米国籍を取得する必要が生じ、その後国籍法11条1項の規定から「日本国籍を喪失した」とみなされ日本国パスポートの発行を拒否されるに至ったという経緯があり、現在は日本に帰国し永住したいと望んでいますが困難に直面しています。

 現在、父方の先祖たちが長く暮らしてきた現福岡県久留米市の本籍地に近い福岡県糸島市に暮らしていますが、日本の近代国家の始まりである明治政府が成立する以前からこの本籍地周辺に暮らしてきた先祖たちから受け継いだ日本人としての誇り、文化を受け継いでいる日本人であるというアイデンティティを捨てたことはありません。

 このようなアイデンティティと日本人としての権利を国籍法11条1項の簡単な規定により本人の同意なく一方的に奪われるということには到底承服できず、これまで戸籍法上提出の義務がないとされる国外で暮らしていた間も日本国内に暮らしてきた間も「国籍喪失届」は提出しておりませんし、今後も提出しない決意です。このため、私の戸籍は抹消されず、そのまま存在しています。日本のパスポート更新を2017年12月に拒否された後、2018年1月に他に方法がなく出国手続きに使用した私の米国パスポートには、日本国羽田の入管の担当者が外務省と協議の上「今回は日本人として出国してもらいます」と私に伝えると同時に出国スタンプの下にボールペンで「重国籍者」と書き込んだ文字がそのまま残っており、いわばグレーゾーンに存在する日本人のような気がします。いずれにしても、私自身は、先祖から受け継いだ命を終える日まで日本人であることを止めるつもりはありません。

3. 国籍法11条1項が適用され、日本国籍を喪失した者は、この規定が存在するという理由のみをもって、喪失した本人が日本国籍を放棄・喪失を納得して外国の国籍を取得したという日本政府による実態とかけ離れた虚構(フィクション)に基づく正当化

 日本政府としては、国籍法11条1項が「日本国民は自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」と規定するので、そのような法律が存在する事実をもって、自己の意思で他国の国籍を取得した日本国民(帰化した者を含む)は当然すでに「日本の国籍を喪失すると納得した上で当該他国の国籍を選択した」いう事実とは異なる虚構(フィクション)を主張し、そのことをもって国籍法11条1項は合理的な目的をもって成立し適正に実施されている正当な法律であり同法を適用される日本国民の国籍選択の自由を侵害するものではないと主張していますが、私が相談を受けた数百人を下らない人々は、そのほとんどが、「私は×××国に帰化した二重国籍者ですが…」という文言を相談の「枕詞」のように述べます。つまり、その人たちが自己の意思で他国に帰化するという行為を行った時点でその行為が日本の国籍を(即時)喪失させるということを全く知らなかったということは明らかです。

 私自身も米国に留学した1971年の時点から米国の国籍を取得した時点(2004年)までを振り返ると、パスポート更新時などに国籍法11条1項についての説明や警告を受けたことは一切ありませんでした。その後も複数回日本への入・出国を繰り返してきましたがそのような国籍法11条1項についての説明・警告を受けたことはありません。2004年に米国籍を取得した後、日本のパスポートを更新した際には口頭で「他国の国籍があるか」という質問に対して「米国籍がある」と回答し、全く問題なく日本のパスポートは更新されました。同様に2017年に新橋のパスポート事務所に出向きパスポートの更新をしようとした時に初めて政府の広報として窓口に大きなポスターが貼られ、日本国籍を喪失した者がパスポート申請を行うことは違法である…云々と書かれていたことを記憶しています。

 このような状況の中で、自己の志望で他国の国籍を取得した日本国民が日本国籍を喪失させられることに同意したと主張する日本政府は、少なくともその広報活動において極めて怠慢であったとしか言いようもなく、自らは広く日本国民に国籍法11条1項の規定について広報する義務を果たすことなくまた、現実に外国の国籍を取得した日本人たちが実際に同法について知識を持った上で納得して行動したのかということを調査することもなく一方的に「自己の意思ですでに国籍を喪失することを選択した」と主張するのは、当人たちの意思を勝手にその権利がないにもかかわらず代弁する無責任かつナンセンスとしか言いようもないものです。国は国籍の喪失という重大な国民の権利の喪失に際して権利の擁護という観点は完全に欠如したまま、重大な事柄であるという意識も人権の侵害に当たるという意識も皆無と見られます。日本政府の前述のような主張は、到底受け入れることはできません。 

4. 国籍法11条1項が悪法であるという理解

 以上のような私個人の経験と状況また相談を受けた多くの方々の困難と苦しみを知った結果から、日本国国籍法11条1項は、日本国の出身者であり、日本人・日本国民であることを止めたという意識を待たない数多くの人々を「重国籍をできるだけ減らす」という一見合理的であるように見える目的をはるかに超えて、自分の生まれた国へ帰る権利という基本的な人権を本人の意図を確かめることなく奪い極めて重大な権利の侵害の被害者を数多く生み出しつつあるということから、改正または廃止されるべき悪法であると考え、日本国を相手取って提訴することが日本国に生まれた者の義務であると考えました。

5. 私個人の困難と弁護士としての活動の中で相談を受けた数多くの人々の苦しみと困難

 長年にわたり、数百人を下らない、主として米国に帰化した日本人たちとその他の国の国籍を取得した世界中に住む日本人、または近い将来帰化しようと考えている日本人たちから相談を受け、国籍法11条1項が当初の目的であった「重国籍者をできる限り少なくする」という目的を達成することを超えて、11条1項が適用される者ばかりでなく、それらの人々の日本に残っている家族、また子や孫の世代にまで大きな苦しみを与えるという悪影響が出ているという社会にまだ広く知られていない事実を知るに至りました。つまり、法の規定の当初の目的である「重国籍者をできるだけ減らす」という一見合理的な理由では、到底正当化できないほど重大な意図されなかったかもしれない結果・悪影響(人権侵害など)が生じるに至っており、法としてバランスを欠く状況をもたらし、数多くの人々が困難に直面しています。

 今回日本国政府を相手取って提訴するにあたり、自己の権利を主張するだけでなく、こうした国籍法11条1項の規定のために苦しみに直面した人々の声を代弁する意味も重要と考えています。そのような声の中には、今回のCOVID-19(コロナ)の状況の中で、日本パスポートを所持する者だけが日本に帰国できるという状況が長期にわたり続いたために、「親の死に目に会えなかった」「日本のパスポートが取得できず、帰国できない」「日本で親族を訪問したいのでVISAを交付してくれるように領事館に依頼したら、国籍喪失届を提出しない限りVISAは出せないと脅迫された」「他国に帰化したが、日本のパスポートも所持している、これは犯罪に当たると脅された、私は逮捕されるのですか。心配で夜も眠れない」…などといった苦痛と苦悩がたくさん生じている状況を知るに至りました。ご当人も困難に直面していますが、そのような方々を日本で待っている親御さんや兄弟姉妹たち、子供に会えず永遠に旅立ってしまった方々も数多くいるようです。その方々の苦痛を考える時、国籍法11条1項が「自己の志望により他国の国籍を取得した者」に該当する当事者のみでなく、その近親者たち、つまり日本に居住する日本国民の基本的人権も同時に侵害しているという悪影響がすでに出ているという事実にも目を向けるべきです。

 「重国籍者をできるだけ減らす」という当初の国籍法11条1項の目的は、到底このような極めて重大な人権の侵害を正当化できるものではないと考え、この法律の廃止または国籍の自動喪失ではなく真の意味での各個人の自由意思による国籍選択の権利を保証する法律への改正を強く望み、今回の訴訟を進めて行く覚悟です。