日本の水際(対策)を泳ぐ|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第57回

 成田空港到着後の状況が把握できないままコロナのワクチン接種証明と陰性のテスト結果をバッグに入れトロントを発った。成田空港内はおびただしい数の椅子が並べられていてそこに座らせられる。これから5つの関門を通る。誓約書に名前やメールアドレスを記入、3つのアプリ(居場所確認、健康状況、30秒の顔動画)をスマホにインストール(2週間必須)。作動状況をスタッフが確認、係員がメールアドレスを書き直し読み仮名(!)を付ける。A4で26ページのアプリ使用書が渡される。カナダの接種証明は無視。最後はコロナ抗体検査―唾液か鼻液。唾液が出ないので結局鼻の奥に棒をぐいぐい入れられた。待合室で呼ばれたら陰性のステッカーをもらって2時間後に荷物と再会。乗客38人だったので私の2時間は早い方。のちの4万人のオリンピック関係者をどうさばいたのか。

成田空港到着後、関門その1―誓約書
成田空港到着後、関門その1―誓約書

スマホに3つのアプリを強制インストール①②④
スマホに3つのアプリを強制インストール①②④

 空港からの公共交通機関(バス、電車、タクシー)は基本NG。前日予約なら上野まで電車は可、バスもホテル予約者のみ可。家に帰るにはレンタカー、ハイヤー、自家用車だけ。コンパッションに欠ける日本の顔がここで暴露した。アプリは通信異常発生で不安定だった。

Tokyo 2020オリンピックの影

 閉会式二日前の8月6日、広島原爆記念式典がささやかに行われた。大会でも黙祷を入れて欲しいとの依頼があったが国際オリンピック委員会会長のバッハ氏はそれを断った。本人は大会前、広島を訪問して個人的アピールを果たす。「復興五輪」と謳われていたのに福島へは行かない彼、スピーチで日本を中国と言い間違えたのは有名な話。一泊300万円のホテルに泊まり、あり得ない「安全安心」の確約をし、大会後は成功を讃え菅首相と小池都知事に特例の金章(Olympic Order)を授与した。7千億円の大会予算は1兆6千億円超に膨れた。大会招致時の契約で資金不足になった場合は東京都が補填すると誓約している。しかし、予想外のパンデミック下の開催なのだから大会委員会と交渉すべきこと。だがそんな才気が日本にあると思えないのが悔しい。それとも日本はリッチだと世界に知らしめたいのかも。大会成功を報道する海外記者が多い中で、「呪われた五輪」と言い切ったスポーツ評論家もいた。

エア・カナダの機内食は箱で来た
エア・カナダの機内食は箱で来た
ハイヤーは13社とも電話がつながらなかった
ハイヤーは13社とも電話がつながらなかった

「安全安心」のなかみ

新宿で普通に信号を渡る人々
新宿で普通に信号を渡る人々

 連日の金メダルのニュースに街は盛り上がり、東京の感染者はデルタ株を主に5千人を超えた。なぜ大会前にワクチンを確保しなかったのか。緊急宣言を発信しても国民の行動につながっていない。

 閉店しているのに増える感染者数に悔しさを訴える店も多い一方で、死ぬか生きるかの瀬戸際の飲食店が宣言を無視して大会のテレビ実況で客引きをする。罰金は課されない。また、委託業者はワクチン接種の保証もないまま炎天下の長時間労働。語学不足でルールを守らない外国人を見て見ぬふりをせざるを得ない。大会関係者の感染は400人超に上り、その殆どがそんな委託従事者だ。海外の来訪者は抜け穴を利用してレストランや買い物へ。五輪タクシーの運転手も「便宜を図るように」言われているので断われない。加えて夏の大会は危険すぎる。

 57年前の東京大会は10月だったのに、カネに物を言わせた米国のおかげで夏になった。米国はオリンピック委員会の収入源である放映権料を既に10大会分支払済みだからだ。マラソンは札幌で行われたが湿度80%の蒸し暑さに男子106人中30人が棄権した。もうすぐパラリンピック。2万人以上の関係者が日本にやってくる。コロナ禍の異常気象、「安全安心」の綺麗事を言っている場合か。

街ではみなマスクをして普段通りに歩いていた
街ではみなマスクをして普段通りに歩いていた

金メダルって凄いけど

 米国(39)中国(38)に続いて世界第3位の金メダル国(27)になった日本。総合では5位(58)だ。カナダのそれは金、総合共に11位。決勝戦は誰でも応援せずにはいられなくなるのが人情だがメダルの数が国力を示唆するようで私は手放しで喜べない。閉会後、台風9号と連日の全国的豪雨が猛威をふるい土砂崩れ・川の氾濫が毎分報道される。そんな中、各スポーツ協会や関連団体は金メダル選手に高額金を出すケースも。選手にとっては長年の努力の結晶なのはわかるが、自主的に医療関係や救済に一部寄付することを考える肝っ玉も欲しい。

(8月現在、特別の事情をのぞき、カナダ・米国は日本への〝上陸拒否国〟に入っている。)