【肺がん診療の歴史を変えた日本人医師】安福和弘さん(前編)|Hiroの部屋

【肺がん診療の歴史を変えた日本人医師】安福和弘さん(前編)|Hiroの部屋

福和弘医師は、オリンパスと共同で「超音波気管支鏡ガイド下針生検(EBUS-TBNA)」の開発を主導し、肺がん診断を大きく変えた世界的パイオニアだ。この技術は現在、世界3000以上の医療機関で導入され、肺がん診断の世界標準として広く用いられている。
​ 現在は、カナダ最大級の医療・研究機関である「University Health Network(UHN)」のToronto General Hospital呼吸器外科部門トップとして、世界屈指のチームを率いる一方、University of Toronto教授・Chairとして教育と研究の最前線にも立つ。NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』や、カナダCBCのドキュメンタリー『Doctor, Doctor』でも、その革新的な研究と医療哲学が密着取材され紹介されてきた。

TORJAが初めて安福医師を取材したのは2018年。それから8年、世界最高峰の呼吸器外科を率いるリーダーとなった今、何を考え、何を未来へ残そうとしているのか。

今回、対談相手を務めたのは、美容師として約20年にわたり安福医師の髪を担当し続けてきたヒロさん。診察室でも研究室でもない場所で、世界的外科医の素顔を見続けてきた数少ない存在だ。長年培われた深い信頼関係があるからこそ、世界最高峰の医療現場を率いるリーダーの覚悟にとどまらず、一人の人間としての人生観や家族への思いまで、温かく自然な言葉で引き出されている。

世界一を率いる、その一日

ヒロ: 「世界トップレベルの呼吸器外科を率いる」――そう聞いても、その日常を具体的に想像できる人は多くないと思います。先生は実際にどのような役割を担われているのでしょうか。

安福:仕事は、本当に幅広いですね。まず、一人の呼吸器外科医として診療をすることです。主に肺がんの診断と治療ですが、患者さんを診て、診断し、手術を行う。肺移植も担当していますから、常に良い治療成績を残していかなければなりません。

同時に、私は研究者でもあります。一般病院では手術だけを行う外科医も多いと思いますが、ここでは手術ができるだけではスタッフにはなれません。「アカデミックサージャン(研究者兼外科医)」として研究も続けることが求められます。研究にもいろいろありますが、私は研究室を持ち、動物実験なども含めた基礎研究を行っています。
日々の診療の中で「ここがまだ足りない」「もっと患者さんの負担を減らせないか」と感じたことを研究室へ持ち帰り、新しい技術を開発し、それを再び診療へ戻していく。そういう研究をしています。研究は時間もお金も非常にかかりますが、それも大切な仕事です。

ヒロ: 診療の現場で感じた課題が、そのまま研究につながっているんですね。

安福:そうです。さらに「教育」もあります。医学部生やレジデント、フェローの育成はもちろん、私の研究室には日本を含む世界中から優秀な研究者が集まっているので、大学院生やポスドクの指導も非常に重要な役割です。

​ つまり、「診療」「研究」「教育」――この3つが私の活動の基本になります。

そして現在は、呼吸器外科のチーフとして科全体のマネジメントも担っています。うちには10人の外科医がいますが、全員が最大限に力を発揮できる環境を整えなければなりません。そのためには病院側と交渉して手術時間を増やしたり、研究環境を整えたりすることも私の仕事です。

単にメンバーが楽しく働ければいいという話ではありません。世界をリードし続ける組織である以上、研究も診療も常に前進しなければいけない。そのためには、時には少し背中を押すことも必要になります。

さらに、内視鏡部門のメディカルディレクターとしての運営業務もあります。北米での管理職は肩書きだけではなく、圧倒的な実務と成果が求められるポジションです。病院全体からも「カズ(安福医師)はどんなリーダーなのか」と常に厳しく評価されるため、成果も出し続けなければなりません。

目の前の患者さんから、世界中の患者さんへ

ヒロ: 今年は、数年間の密着取材が行われていたCBCのドキュメンタリー『Doctor, Doctor』も放送されました。長年の研究が実を結び、ついに臨床へと届くまでの壮大な歩みが描かれていました。先生がそこまで情熱をもってイノベーションを追い続ける原動力は何なのでしょうか。

安福:一人の外科医として治療できる患者さんの数には限界があります。もちろん、目の前の患者さんを自分の手で治し、元気になって帰られる姿を見ることは何よりの喜びですし、本当にやりがいがあります。でも、それだけでは救える人数に限りがあります。

一方で、新しい技術を開発すれば、その恩恵は世界中の患者さんへ広がります。EBUSもそうでした。あの技術によって肺がん診断は大きく変わりました。一度そういう経験をすると、「どうすればもっと多くの患者さんの役に立てるか」という視点で考えることが当たり前になります。

『Doctor, Doctor』で紹介された研究も、こちらへ来た頃から始めて、臨床試験まで約16年かかりました。本当に気が遠くなるような時間です。でも、諦めずに続けなければ患者さんには届きません。だから、私は研究を続けるんです。

「神の手」は存在しない

 

ヒロ: NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、「神の手はない」と仰っていたのが、非常に印象的でした。

安福:「神の手」なんてないと思います。神業のように見える技術はあるかもしれません。でも、その裏にあるのは徹底的な「積み重ね」だけです。毎回、「次はこうしよう」「ここは改善しよう」と振り返りながら経験を重ねる。その繰り返しで、手術の完成度は高くなっていくんです。

「良い手術」とは、手術だけではありません。適切な患者さんを選び、適切な術式を選択し、手術をきちんと行い、術後までしっかり診る。そのすべてがそろって初めて良い結果につながります。

私たちの科では毎月すべての合併症をレビューしています。誰にどんな合併症があったのかを客観的なデータで確認し、改善を続けています。だから「神の手」ではなく、積み重ねなんです。器用な人も、不器用な人もいます。でも努力をやめれば、そこで成長は止まります。逆に、才能があっても「どうすればもっと良くなるか」と考え続ける人は、さらに伸びていく。結局、その姿勢こそが一番大切なんだと思います。

ヒロ: それは医療に限らず、どんな仕事にも通じる真理ですね。美容の世界はもちろん、この『Hiroの部屋』にご出演いただいた各界のプロの方々にも共通することです。才能だけで第一線を張り続けられる人はおらず、努力を重ねられる人だけが残っていく。先生のお話を聞いて、改めてそれを実感しました。

安福:そう思います。私は努力すること自体が苦ではありません。本当に仕事が好きなんです。難しい手術を前にして、「もうこれは誰かに任せよう」「もう十分頑張った」と思うようになった時が、自分が辞める時だと思っています。まだ、そういう気持ちにはなっていません。体もどこも悪くありませんし、「もっと良くしたい」という思いの方が、今はずっと強いですね。

「自分が頑張る」から「組織を強くする」へ

ヒロ: 2018年にはTORJAにも安福先生のインタビューが掲載されました。当時先生は、「世界で一番の呼吸器外科であり続けたい」と仰っていました。それから8年。今、ご自身はどのような場所に立っていると感じていますか。

安福:2018年はまだチーフになる前で、「自分たちの科を世界一にしたい」という思いで仕事をしていました。2021年にチーフになってからは立場が変わりました。自分が頑張るだけではなく、組織全体をどう成長させるか、人材を集め、力を発揮できる環境を整え、世界一であり続けることが求められます。引き継いだ時に一番思ったのは、「カズになってから駄目になった」と言われたくないということでした。だから5年、10年先を見据え、足りない部分を改善し続けています。2018年は自分自身の責任でしたが、今は組織全体の責任を負っています。そこが一番大きな違いですね。

ヒロ: 優れた外科医であることと、世界トップレベルの組織を率いることでは、求められる能力は違いますか。

安福:求める能力の質は違いますが、どちらか一方ではなく両方が不可欠だと思います。医師は技術者ではなく、人を診る仕事です。手術が上手いだけでは名医とは言えません。患者さん全体を見る姿勢があってこそ、自然とチームをまとめる力も身に付くと思います。一方で、技術や実績が伴わなければ、リーダーとして人はついてきません。技術とリーダーシップ、その両方が必要です。

世界一の組織を率いるリーダーの条件

ヒロ: 先生がリーダーとして最も大切にしていることは何でしょうか

安福:まず、自分よりチームを優先することです。どうすれば組織が成功するかを考え、時間を守り、仕事をきちんとする。そして陰で人の悪口を言わない。私はカリスマ型ではありません。人の話をよく聞き、年齢や立場に関係なく公平に接することを大切にしています。フェアであること、そして透明性を保つこと。それが組織には欠かせないと思っています。

ヒロ: 組織運営の面でも、北米ならではのシステムがあるのでしょうか。

安福:ちらではリーダーにも任期があります。5年で1期、最長10年です。任期の節目には、アメリカとカナダの呼吸器外科のリーダーが病院を訪れ、スタッフや看護師、研修医などへの聞き取りと、私たちが提出する5年間のレポートを基に外部評価を行います。その結果によって、次の5年を任されるかどうかが決まります。

ヒロ:第三者が組織全体を評価する仕組みなんですね。

安福:そうです。非常に良いシステムだと思います。日本にも、こうした客観的な評価の仕組みがあってもいいのではないでしょうか。

(聞き手・文章構成TORJA編集部)

安福和弘(やすふく・かずひろ)さん

呼吸器外科医。University Health Network(UHN)Toronto General Hospital呼吸器外科部門長(Division Head)、University of Toronto胸部外科教授・Chair。オリンパスと共同で肺がん診断を大きく変えた「超音波気管支鏡ガイド下針生検(EBUS-TBNA)」の開発を主導し、現在では世界3,000以上の医療機関で導入される世界標準技術となった。臨床・研究・教育の第一線で世界最高峰の呼吸器外科チームを率いる。