トロント国際映画祭で『37 Seconds』を上映 HIKARI監督インタビュー|カナダを訪れた著名人

©Jeong Park
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世界三大映画祭のベルリン映画祭、そしてアカデミー賞前哨戦と言われるトロント国際映画祭にて『37 Seconds』を上映

2019年2月に第69回ベルリン映画祭のパノラマ部門に出品された『37 Seconds』が、同部門の観客賞、アートハウス系の映画を支援するCICAEアートシネマ賞を同時受賞し、映画界で新鋭監督として注目を集め始めたHIKARI監督。日本ではタブー視されやすい「障害」という重いテーマに深く切り込みつつ、観客をドラマに惹きつけるストーリー構成と演出が絶妙なバランスで展開されていく。

 同作はトロント国際映画祭にも出品され舞台登壇などを精力的にこなしたHIKARI監督に、映画祭の感想と、初の長編デビュー作品となった自身の作品『37 Seconds』に込めた想いについてお話を伺った。

言葉が違っていてもハッとなる部分はみんな同じ。それが映画のパワー

ートロント国際映画祭には初参加と伺いました。

 初めてですね!ただ、トロントに来るのは2回目です。実は今回の脚本を書くきっかけになった旅行の行き先の一つが偶然にもトロントでした。

 「クマさん」という劇中に登場する脳性まひの男性がいるのですが、彼はもともと取材した方の一人で、その方から、ハンディキャップを持った人でも行けるセックスショップが海外にもあるので、そこへ行くための通訳兼レコーディング担当として同行してほしいという依頼が来ました。それで最初に行ったのがサンフランシスコでした。セックスセラピストの先生とお会いして、その方から「下半身不随の女性がセックスを一度経験していたり、エクスタシーの感覚を脳が覚えていれば、快楽を思い出すことが出来る。子供も自然分娩で出産することが出来る場合もある」と聞いたのです。それらがきっかけとなり、障害を持つ人の性を描こうと考えたことが始まりです。

 映画に出てくる「トシくん」という、その時クマさんの介護をしていた男性も、もともとは障害者の方向けのデリヘル嬢のドライバーで、劇中での名前も彼らの名前を付けました。

〝心のバリアフリーが全く間に合っていない〟

ー日本では障害者の性はあまり語られない傾向がありますが、海外と比べてどう感じますか?

 全く違いますね。日本、特に東京は本当に住みにくい国だと思います。エレベーターだったりスロープだったり、ハードの面のバリアフリーは進めようとはしていますが、心の面のバリアフリーが全然間に合っていないと思います。
 
 今回映画の製作にあたって、経験のために大阪と東京で車いすに乗って街に出たのですが、大阪だと多くの人が助けてくれたんですよね。つまづいた瞬間に「大丈夫お姉ちゃん!?」みたいな(笑)。それが東京はゼロ。多分みんな自分の人生を生きるのに必死なんでしょうし、その気持ちもすごく分かります。

 それらの経験からこうなったらもう障害者の映画を作るしかないと思いました。海外には「おもてなし」なんていう形でアピールしているけれど、日本人が日本人に優しくできない事実があるのは、本当に悲しいことだと思います。

©Stephen Blahut
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ー世界三大映画祭であるベルリン映画祭そしてトロント国際映画祭と海外の著名映画祭に出品が決まってどうでしたか?

 裸踊りしていいならしたいぐらい嬉しかったですね(笑)。まずベルリン映画祭での上映が決まったことにはとにかく驚きましたね。サンダンスの映画祭にも出品応募をしていたのですが、そちらはダメだったので、より一層びっくりしましたね。

©knockonwoodinc
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〝映画は人の考えを変えることができる〟

ー上映後、映画を鑑賞した人の反応はいかがでしたか?

 多くの人が号泣していましたね。私が最初に作ったショートフィルムが、1950年代の戦後レズビアンを描いたもので、南カリフォルニア大学(USC)の卒業制作でした。世界中100くらいの映画祭で上映し、50くらい受賞することができました。最初は戦後のレズビアンの映画を誰が見てくれるのかと思っていたのですが、いざ海外で上映されると、言葉が違っていても皆ハッとなる部分は同じだと気がつきました。それが映画の持つパワーだと思いましたし、突き詰めていけば冗談抜きで映画は人の考えを変えることが出来るなと実感しました。

 映画には、理屈では表せない部分があると思っています。もちろん考える部分はきちんとあるのですが、私の場合は基本閃いたら脚本を書くように、感覚も大切にして作っている部分があります。

〝母と娘がどう交流していくのかという点を意識して描いた〟

ー『37 Seconds』には主人公だけでなく、娘と向き合う母親の姿も描かれていますね。母親の姿・考え方をどのように表現しようと考えましたか?

 私の母親が秘密の多い人でした。元々私は、父親は死んだと言われて育ってきたのですが、後から普通に生きているということが分かって。小さいときは、娘を置いて別れるなんておかしいと思っていたのですが、大人になってみたら、母親も父親も親である前に一人の人間ですし、言いたくないこともあるよなと思うようになりました。親であっても一人の人間としてリスペクトすることが必要なんだろうと感じます。

©knockonwoodinc
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 私の中にそういったルーツがあるので、映画の中でも母の行き詰っている部分をしっかりと表現しながら、最終的に母と娘がどう交流をしていくのかという点を意識して描きました。

 この映画は、障害をもつ人はもちろん、いろいろな立場や年代の人にテストで見てもらったのですが、それぞれ見る人によって得られる感覚が違いました。そういった映画になれたのはとても嬉しいですね。

ー主人公の抱く「性」や「外の世界への欲求と感情」は、どのように演出されたのでしょうか?

 主人公を演じてくれた明ちゃんは、今まで演技をしたことが無くて、それが私にとっては一番気に入ったポイントでした。中途半端に演技をした経験があると、みんなそれに引きずられて変な演技をしてしまう傾向があるので。ただ彼女の場合は全くゼロの状態からスタートしたので、少しずつ話をしながら進めていった感じですね。もちろん疲れてくると注意力が散漫になってしまうので、長時間撮影させないことを念頭に置いていました。

 また、演技の糸口が掴めていないとき、例えば喧嘩のシーンなんかは私が怒鳴り散らしていましたね。ナチュラルな芝居を引き出すためには誰かがやってあげないといけない作業ですから。

 真起子さんや神野さんなども明ちゃんを支えてくれていたと思いますし、彼女自身も周りの役者の方から学ぶことも多かったと思います。お母さん役の神野さんは、親子で詰め寄るシーンでは本当に明ちゃんを引っぱたくなど感情が入り込んでいましたね。

〝演出家として、彼女のリアルさを見せるなら、限界まで主人公を彼女自身と同じ境遇にしていいんじゃないかと思った〟

ー物語の中盤以降大きくストーリーが展開していきますが、これはどのようにして生まれたのでしょうか?

 元々は「下半身不随の女の子」をモチーフにした話でした。下半身不随って触られても腰から下は何も感じない現実があるんです。そんな状態の20代の女の子が、セックスも知らないまま生きている自分はいったい何なのかという、「女」としての存在意義に疑問を持つというストーリーがありました。

 ただ実際、明ちゃんは下半身不随ではなかったので、脚本を書き直しました。それにあたって色々な方にインタビューを行いましたが、明ちゃんと明ちゃんのお母さんにも話を聞いて、その時、彼女には双子のお姉さんがいると知りました。お姉さんは健常者だそうなんですが、それを話している明ちゃん自身に少し複雑な様子が見えたんですよね。最後の撮影までそのことについてはずっと話をしましたし、明ちゃん自身も日々その苦しさと闘っていると言っていました。双子だからこそ、一番身近な存在だからこそ、比べてしまうんだと。もし私が先に生まれていたら…と考えずにはいられなかったそうです。

 彼女の話を聞きながら隣にいて、演出家として本当の彼女のリアルさを見せるなら、限界まで主人公を彼女自身と同じ境遇にしていいのではないだろうかと思いました。

『37 Seconds』

監督: HIKARI
主演: 佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、板谷由夏
 脳性まひを持つ女性が、家族への責務と漫画家として成功するという自身の夢との間で板挟みになる成長物語。今年2月のベルリン国際映画祭でパノラマ部門の観客賞を受賞。

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【あらすじ】
 出生時に37秒間酸素の供給が止まったことで仮死状態となり、脳性まひを抱えた貴田夢馬(ユマ)(佳山明)。異常なまでに過保護な母親(神野三鈴)や、ユマの作品を自分のものとして発表するブロガーのサヤカ(萩原みのり)に囲まれ、苦難に苛まれながらも、素晴らしい才能を秘めたマンガ家であるユマは、鮮烈なイマジネーションで空想の世界に浸っていた。

ある時アダルト漫画の編集者に感化され、障がい者専門の娼婦である舞(渡辺真起子)に出会い、ユマは戸惑いながらも東京のアンダーグラウンドへと足を踏み入れていく。彼女は経験したことのない世界や人間の在り方について知るが、それを知ったユマの母親が激怒してしまい…。

この作品では、主人公と同様に出生時に数秒間呼吸が止まったことによって脳性まひを抱えた佳山明が、オーディションを経て主演に抜てき。

HIKARI監督

プロフィール
 大阪市出身の脚本家、映画監督、撮影監督、プロデューサー。卒業制作映画 『Tsuyako』(2011)で監督デビューし、DGA・米国監督協会で最優秀女学生監督賞を含む、合計47賞を受賞。現在はロサンゼルスと東京を拠点に活動し、『37 Seconds』が今回トロント国際映画祭とベルリン映画祭にて上映。