【第10回】ハーグ条約を知ろう 2 親権と日本への移住|カナダの国際結婚・エキスパート弁護士に聞く弁護士の選び方

【第10回】ハーグ条約を知ろう 2 親権と日本への移住|カナダの国際結婚・エキスパート弁護士に聞く弁護士の選び方

 前回、子どもと一緒に海外旅行するときに所持したいトラベルコンセント(渡航同意書)について紹介しました。今回は、日本への一時帰国ではなく、離婚後の日本への移住(リロケーション)について考えてみましょう。

 それにはまず、ハーグ条約についてしっかり理解することが必要です。ハーグ条約とは、両親の離別に伴う子供についての決め事を子が両親と暮らしていた国の法律に従って決めると定めた国際条約です。日本人がカナダで子どもと暮らしていたなら親権をはじめとする様々な問題は、カナダの法律にそって解決することになります。

 そこで、カナダの親権や面会交流の現状や親権と移住の関連性についてエキスパート弁護士、ケン・ネイソンズに聞いてみました。

親権と監護権

 親権とは、子に関する重要な事を決める親の権利です。一方監護権とは、子を監督し保護する親の責任です。つまり親権が文字通り「親の権利」であるのに対し、監護権とは、親の保護を受ける「子の権利」なのです。

 カナダをはじめとする欧米で一般的な共同親権では、離婚した後も父親と母親が子に関する重要な事を決める権利を与えられます。したがって、父親に親権を与えるべきではないと判決が下されない限り、カナダで母親が単独親権を得ることはむずかしいのです。

単独親権は可能?

 
 もちろん、父親が同意さえすれば、母親は単独親権を得ることが出来ます。しかしカナダ生まれの父親が、母親の単独親権に容易に同意するとは考えにくいのが現実です。

 また、裁判所が母親の単独親権命令を下すこともあります。父親の精神状態や生活態度、経済的背景などの総合的見地から、父親に共同親権を与えるのがふさわしくないと判断された場合です。

 ですから、母親が単独親権を求める場合には、「母親が親権者として父親より適している」と主張するのではなく「父親は親権者として全く適していない」ことを証明しなければならないのです。

面会交流は子の権利

 しかし、単独親権が得られたからといって、母子の日本へのリロケーションが許されたわけではありません。先に述べた子の権利である監護権があるからです。

 監護権とは、日本の面会交流に当たるもので、カナダではアクセスと呼ばれます。日本の面会交流が、親権を持つ親の許可によって実現するオプションであるのに対し、カナダのアクセスは、親権を持たない親と交流する子の権利なのです。

 そして「双方の親と深く関わりながら成長することが子にとって有益である」と見なすカナダの裁判所は、親権を持たない親が子と交流することを奨励します。ですから、日本でしばしば耳にする「離婚で親権を失い、我が子と会うことができない」というケースは、カナダではたいへん稀なのです。

離婚後のリロケーション

 したがって、母親が離婚後、子と共に日本(面会交流が困難になる遠方)にリロケーションを希望する場合には、子にとって「父親との交流より母親と日本に移住した方が比較にならないほど有益である」という証拠を提出しなければなりません。

 例えば、父親が就職せず飲酒やギャンブルに明け暮れ、子に対する暴力も認められる状況で、母親に日本で高年収の役職が決まれば、それは子供にとって経済的にも生活環境的にも比較にならないほど有益であるという具体的な証拠となるでしょう。このような場合には、裁判所が日本へのリロケーションを認める可能性が高くなります。

 しかし、父親に精神的、経済的、社会的に大きな問題が認められない状況において、母親の言い分が「日本に帰れば仕事ができる」「家族がいるので子育ての環境がよい」では、説得力に欠けます。

 日本に移住することで利益を得るのは、あくまでも子供であって、母親ではないのです。また、何が子供の利益であるは、親が決めるものではなく裁判所が決めるものです。

 裁判の世界では、裁判官の判断がすべてです。そして裁判官を動かすのは証拠しかありません。リロケーションが子の最大の利益であると証明出来れば、離婚後の日本への帰国は実現可能なのです。

【ハーグ条約や渡航同意書に関する過去のVanja記事】

ハーグ条約と夏休み:https://vanja.jp/choosing-lawyer-04/
ハーグ条約のおさらい:https://vanja.jp/marry-abroad-17/
ハーグ条約 トラベルコンセント(渡航同意書):https://torja.ca/choosing-lawyer-09/

ケン・ネイソンズ: B.C.L, LL.B, LL.M(Family Law)

 日本人の国際離婚を多く手掛ける。ていねいに話を聞く姿勢は 移住者女性に好評。ネイソンズ・シーガルLLP設立パートナー。趣味はモデルカー収集。

野口洋美: B.A. M.A.

 ヨーク大学で国際離婚とハーグ条約に関する研究に携わる。国際結婚に関する執筆多数。ネイソンズ・シーガルLLP所属。趣味は日本語ドラマ鑑賞。